強い霊力
煌彩高校、本校舎の二階の廊下。
金髪のふんわり天使は、暮れ始めた空を眺めている。
ホームルームが終了して、二十分も経っていないのに、学校は不思議なほど静まり返っていた。まるで、他の誰かが入ってこないように。未来が変わらないように。
2ーCの教室には、亮が一人、席に座ったまま、ぼんやりしていた。彼女は小さい頃から見ている、自分が死んでく夢を今日も見た。だが、今日のはいつもと違って、呪いの解き方を教える声が聞こえてきたのだ。
長い廊下に一人たたずむルーは、流れてゆく雲をサファイアブルーの瞳に映し、
(Is it still?(まだかな?)
亮ちゃんは、教室にいるけど……ずっとthinking(考えてる)。
ボクは、waiting(待ってる)。
Distant(遠くの)声が聞こえて、close(近く)に誰かが……あ、appeared(来た)
生まれてきて、今日始めた会った人の気配。それなのに、前から知ってるような慣れ感じで、ルーは春風のように微笑んだ。
(お帰りなさいさん♪)
ルーにしか聞こえない声が、ため息まじりに文句。
『もう、今日一日で、一生分働いたって感じ〜』
何かを一生懸命やってきた様子だった、相手は。ルーは純粋無垢な瞳で、
(Thank you)
『あと、で・ん・ご・ん♡』
ねっとりと言って、なぜかルーと内緒話を始めた。話が終わったところで、ルーは可愛く小首を傾げ、
(ふふふっ、楽しみさん。
she show &day she〜〜♪)
摩訶不思議な呪文を唱えたミラクル天使。ここで、見えない気配が気だるそうにツッコミ。
『それは、師匠と弟子ね。もう、ルーちゃんったら〜。それに、あんた、喜ぶところじゃないわよぉ〜』
ルーは全然気にせずに、教室の中へ静かに入っていく。
(キミと彼のcontact(接点)は、他の人よりも少ない。
五年間、会ってなかったって、this morning聞いたよ。
その上、彼とはラピスラズリで、しばらく会えない可能性がhigh.
だから、today,meetした方がいいとボクたちは思ったんだ)
亮はカバンを机の上に置いたまま、頬杖をついていた。ルーが近寄ってきていることとも知らず。
(んー……わからないなぁ。
どういう意味?)
そこで、ふと、今日の五時間目、数学の授業を思い返して、
(八神先生に叱られちゃったね、今日は。
授業中に考え事は、いけなかったね)
叱られたのではなく、優雅な策略家に、罠を仕掛けられたと気づいていない、ボケ少女。珍しくため息をついて、手元を見つめ、
(でも、どうして、今日だけ声が聞こえてきたのかな?
何でだろう?)
亮はもう一度、言葉を思い出してみた。
『なんてことでしょう。……とは、私は許せません。……。自ら、この呪いを解く意思があるのなら、その機会と方法を与えましょう。今から五千年後に出会うでしょう。彼の者ともう一度、真実の愛をはぐくみ、十八の誕生日までに、その心を持って……』
(『真実の愛をはぐくみ』……?
『十八の誕生日までに』……何なんだろう?
誰かに聞いてみようかな?)
亮はキョロキョロとあたりを見渡そうとして、ミラクル天使が背後から降臨。
「亮ちゃん?」
(会いにいって欲しいさん♪)
純粋さいっぱいの声に、亮は振り返って、
「あっ、ルー」
ルーは可愛く首を傾げ、
「考えごとさん?」
(彼は、今、家を出たよ。
商店街の天照庵に向かうらしい)
また、混在している、ミラクル天使の性格が。表面上はふんわりだが、心は皇帝のようになっている。
イギリス国籍の整った顔立ちを見上げ、亮は、
「うん。ルーは、どうしたの?」
(まだ残ってたんだ)
ルーはサファイアブルーの瞳に、呪いのかけられた姫を映して、
「ボクは、大事なA promiseさんなの」
(五千年前からの、A promise)
「約束?」
(誰かと、待ち合わせなのかな?)
亮は不思議そうな顔をした。ルーは独特の雰囲気があり、それに人は惑わされてしまう。それが起きないような言い方を、ルーはしているのだが、ボケ少女には難しすぎなのかもしれない。
ルーは可愛くうなずいた。
「うん、ずっと前から、A promiseさん♪」
(ボクが、キミたちを助ける役目なんだ、ここでは)
これが、スメーラの部下、覚師の危惧していたことなのだ。守護する者がルーなのだ、シリーズ4は。
「そうなんだ」
亮は何も気にせず、うなずいた。ルーは純粋という宇宙が広がる瞳で、くりっとしたブラウンの瞳をのぞき込み、
「どうしたの?」
(呪いの解き方を、look for(悩んで)るさん?)
気になって仕方がない亮は一瞬、躊躇して、
「あぁ……」
(ルーに聞いてみた方がいいのかな?)
おっと、このままでは違う人に聞いてしまうことになる。シリーズ始まって以来、呪いの解き方の話は、守護される人ーー呪いを解ける人にしか、亮はしてこなかった。当然、ルーは強引に、亮の心を変更させる。サファイアブルーの瞳を、亮の右隣へちらっとやられ、
「何?」
ボケ少女に話を続けながら、
『彼に聞かせた方が、ボクはいいと思うけど……。キミはどうだい?』
ルーにしか聞こえない声が、
『そうなるようにするわよ〜』
ここが腕の見せ所と言うように応えた。亮はルーたちのやり取りには気づかず、言葉を続けようとして、
「夢で声を聞いたんだけど……」
彼女の魂、潜在意識に、誰かの声が響いた。
【愛 追憶】
すると、亮の感覚は急に鋭くなり、
(あれ?
あの夢の人、どこかで会ったことあるような……?
どこでだったかな?)
ルーは知らない振りをして、彼女の言葉を待った。
(ボクも見たよ、今日初めて。
彼は死んだキミを抱きしめて、珍しく泣いてたよ)
まだ、動かない亮の魂に、彼女自身には聞こえない声が響き、
【彼の者 巡り合う】
亮は窓の外に目を向け、
「えっと……」
(何だか、あっちが気になるなぁ)
こうやって、シリーズ通して、みんなは操られていた。ルーは不自然にならないように、窓へ視線を向けて、
「どうしたの?」
(わかるんだね。
その方向には、今、キミのloved(大切な)人がいる。
『彼の者』は、heだからね)
見えない存在、さらに頑張って、亮の魂に呼びかけ。
【呪い解きし者】
「んー……?」
(あっちに何かあるのかな?)
暮れ始めた街の建物が、亮のくりっとしたブラウンの瞳いっぱいに広がっていた。菓子屋の御曹司、ルーは、高級腕時計を見て、
「亮ちゃん。そろそろ帰らないと、遅くなるさん」
(時間がずれて、未来が変わっちゃうの)
もう、勝負は始まっている。緻密に計画は決まっているが、選ぶ選択肢で未来は変わる。今日、会わないと大変なことになってしまう。燈輝と亮は五年も会っていなかった上に、今日の夜、ラピスラズリに移動してしまうのだから。
スタートが出遅れれば、巻き返すのが難しくなる。
【呪い解かれし者】
亮ははっと我に返って、腕時計を見て、大声を上げた。
「あっ、本当だ!」
(五時、過ぎてる!
六時に、櫻井さん来るから、あんまりのんびりは出来ないよ)
ルーはあらかじめまとめてあった荷物を左手に持って、亮に右手を差し出し、
「一緒に帰るさん、ふふふっ」
(大丈夫、カータ ソフィアンスキーが来るまでに、家には着くよ)
いつも通りの、ミラクル天使の幼稚園生ごっこに、亮は何のためらいもなく、ルーの手を握った。
「あ、うん」
そして、ふたりは教室から、廊下へ歩き出した。
夕暮れに染まる校庭に出て、手をつなぎながら、ルーと亮は正門へ向かう。ルーは自分たちの後ろからついて来る誰かに、心の中で、
(仲良しさんは、ふたりきりじゃないとね。だから、ボクは今日は、彼に会わない)
『あたしは会うからぁ、危険なラブトライアングルに突入ねぇ〜♡』
ふたりの恋を邪魔しそうなことを言う人物が登場。ルーは気にせずに、ふんわりと、
(楽しそう、ふふふっ)
『だから、喜ぶところじゃないでしょ。三角関係になって、どうすんのよぉ〜』
見えない人がルーに突っ込んだ時、亮たちは人気のない正門に着いた。ルーは立ち止まって、自分の両手で、呪いをかけられし姫の左手を優しく包み込み、
「亮ちゃん、いいこと教えてあげるさん」
(仲良しさんになる方法)
夕日をバックに立っているルーの、サファイアブルーの瞳を見つめながら、亮は不思議そうに、
「いいこと?」
ルーはふんわりうなずいた。
「うん」
純粋という名の宇宙が広がる瞳の奥を、亮はじっと見つめ、
「何?」
(何だか、ルーが、いつもと違う気がする)
ルーは春風のように微笑みながら、
「亮ちゃんがさっき、ボクに話そうとしたこと、これから帰るまでに会う人に話すといいよ」
(彼は、必ず、キミの居場所を突き止めてくる)
五千年前のことをやり直そうと生まれ変わったのだ、みんな。しかも、『彼』は修業バカだ、絶対見つけてくる。異能力者が多いチームなので、直感だけの亮には、かなり強引な話。そのため、ボケ少女は、目が点に。
「えっ?」
(帰るまでに、会う人?)
ルーは手を離して、小首を可愛く傾げて、
「Shopping districtを必ず、歩いて帰って。バイバイさん♪」
(今から行けば、すぐ側を通るはずだから)
ルーは亮の返事を待たずに、背中を向けて、金髪天使は歩き出した。学校近くに待たせてあったリムジンまで、歩きながら、暮れゆく夏空を仰ぎ見て、
(また明日、ラピスラズリで)
『じゃあねぇ〜♡』
誰かが応えて、気配がルーから遠ざかっていった。ルーは背中で、明日に再び人魚姫になる、亮を感じる。
(リエラちゃん、早く彼のこと愛してるって、気づいてね。
それが、ボクの心からの願い。
そして、キミとみんなの願いでもある)
そこで、サファイアブルーの瞳は、全ての人々をひれ伏させるような威圧感のあるものに豹変。
(そのために、ボクは何でもする。
キミのことを、愛しているボクがいるから)
ルーは特殊な存在で、シリーズ1から、亮を愛している自分がいると知っている。それなのに、他の人の手助けをずっとしてきた。シリーズ3で、八神が可能性から導き出し、ルーはそれにイエスと応えている。だが、同時に否定もしている。矛盾しているが、世界の仕組みを知っていれば、筋が通っている。
亮は去っていく、180cmもあるルーの後ろ姿を見送りつつ、
(Shopping district?
商店街に何かあるのかな?)
さっきから気になっている、その方向へ顔を向けて、
(パーティまでには、少し時間があるし、本屋さんにでもよって、呪いのこと調べてみようかな?
どうしようかな?
気になるは、気になるんだよね。
んー……?)
早く行かないといけないのに、いつまでも、ぼんやり立ち尽くしている彼女の魂に、誰かの声が、
【時は満ちた】
(何だか、わからないけど……重要な気がする)
亮はそう思って、ルーに言われた通り商店街へ向かって、先走り少女は走り出した。