慌ただしい転生
パステルカラーを基調にした謁見の間。
その奥の立派な椅子にスメーラ神は座っていた。彼女の前には、一人の小さな人ーーパル プレインがひれ伏している。
「そうですか」
(そちらまで成長する可能性は76.24%でしたからね)
誰かの話の報告を、スメーラはパルから聞いていた。パルは顔を上げて、少し困ったように言葉を続ける。
「しかし、五千年前の肉体に戻ると……多少問題が生じるかと、存じます」
スメーラは落ち着いた声で、
「そちらも、あの者にとっては、良い心の成長となるでしょう」
(本人も覚悟は出来ています)
転生の輪は、きちんと本人の了承を得て、生まれ変わっている。パルは新たな問題を提示しようとして、
「それから……」
(そちらよりも、重要な問題が浮上してるかと存じます)
スメーラは心配させないように、にっこり微笑んで見せた。
「知っていますよ」
(そちらの可能性は99.78%ですからね。
五千年前から、予測はしていました)
パルは、今この部屋にいない、スメーラの部下の名を口にする。
「覚師様は?」
(ご存知なのでしょうか?
何もおっしゃっていませんでしたが)
「知ってはいますが、そちらの問題から生じる全ての可能性は、把握していないようですよ」
(今の彼女にとって、あの者の感性は、未知の領域かも知れません)
予測不可能な人が、今回は全面的に参加する。そのため、いつ何がどこで、進路変更してしまうかわからない状態に。
ここでいう、『あの者』は、摩訶不思議な呪文を唱える、ふんわり天使のこと。複雑な思考回路の上、性格に二面性があり、混在する時も。しかも、無意識下でやってくる。神でも完璧な予測が難しい人物。
スメーラの部下、覚師は可能性全部を把握できないままで、時は再び動き出す状態に。スメーラの中では、『あの者』に対する予測はできている。
神を前にして、パルはただただうなずいた。
「さようでございますか」
(スメーラ様は、すべてご存知の上で、何もおっしゃらないのでございますね)
全ての長である、スメーラは静かに、
「こちらで、今はよいのです」
(自ら気づかなければ、心は成長しません。
そちらは人でも、神でも同じです)
神の世界にも、組織というものは存在する。上司が部下の成長を見守るのも、ひとつの愛の形。
「はい。己を磨くということは、そういうことだと私めも存じております」
うなずいたパルに、スメーラは急に真剣な顔つきになり、
「あちらが狙ってくる可能性が、こちらの世界には十分あります。おそらく、あの者たちも何か手を下すでしょう」
「あの者とは……!? アメシスの……者たちでございましょうか?」
パルは珍しく驚いた。スメーラは一度うなずき、
「えぇ」
「…………」
事実を突きつけられたパルは、言葉を失くした。そこへ、一旦言葉を切った、スメーラの声が慎重に、
「総攻撃を受ける可能性があります。30.56%ですが……」
「さようですか……」
パルは力なくうなずいた。
総攻撃。シリーズ1〜3とは比べ物にならないことが起きるということだ。このチームは異能力者が大勢いる、そのため、相手も本気で打って出てくる可能性大。
いつ、どのタイミングで仕掛けてくるかは、スメーラはだいたい予測はできている。避けることは簡単だ、神の力ならば、しかし、それはしない。
この世界だけではないのだ、守らなくてはいけない場所は。一時どこかに、攻撃を集中させないと、世界が成り立たない。そのため、シリーズ1〜3も狙われてきた。非常に複雑な世界観が、神の元には広がっている。
スメーラは優しく微笑んで、
「あの者のことを頼みましたよ」
(あなたにとっても、よい心の成長になるでしょう)
「かしこまりました」
(どのような状況になろうと、自分のすべきことを果たすのみでございます)
パルは深々と頭を下げ、謁見の間から出て行った。
スメーラは一人、遠くを見つめ、
(あの者を、最初に襲うのは、苦痛、困難、孤独。
しかし、それに動じず、喜びに変えてしまうのが、あの者の強さ、個性なのです)
人それぞれ違う。ここでいう、『あの者』も、非常に個性的な強さを持っている。
しばらくすると、淡い緑色の髪をした部下ーー覚師が入ってきた。スメーラは落ち着いた様子で、
「どうしましたか?」
(彼らが来る可能性は、97.87%を超えていましたからね)
なぜ、部下が訪れたのか、スメーラは知っているようだ。覚師が資料を両手で抱えながら、
「あの者たちも、是非ということなのですが、いかがなさいましょうか?」
「幾つになりましたか?」
スメーラは転生させる条件を満たしているかどうかを問うた。
「48と49です」
「では、行かせましょう」
(そちらならば、問題ありません。
あの者たちも、心がずいぶん成長したのですね)
スメーラは即答。覚師は少し戸惑い気味に、
「一週間前、話したポジションで、転生ということでよろしいでしょうか?」
「えぇ。ですから、急いでください」
(時間がありません)
「わかりました」
(これで、あとはあの者の……)
覚師の脳裏には、ふんわり天使が浮かんでいた。
バタンと閉まった扉を見つめて、スメーラは少し微笑む。
(覚師さんは、あの者に対して、どのような対応をするのでしょうか?)
覚師にとっては、ふんわり天使はかなり予測しづらく、対処法を今でも練っていた。
その後、スメーラはいくつかの仕事をこなした。
ほっと一息つくと、別の人がやってきた。その人は、背丈が二メーター近くあり、髪はふんわりした金色ーーミラクル天使だ。慣れた感じで、
「そろそろ、ボクの番?」
「えぇ」
にっこり微笑んだスメーラに、背の高い人は、ある人のことを質問。
「彼はどう?」
(しばらく、会ってないけど)
スメーラはゆっくり首を横に振った。
「心配いりませんよ」
(対処法はかなり学んだようですよ)
「そう」
(大丈夫みたいだね)
ふんわり天使は、春風のように微笑んだ。スメーラはひとつ忠告。
「計画を変更する時は、必ずレイト ザキレイを通して連絡するようにしてください。どちらの世界でも、話すことは出来ますよ。よろしいですね?」
「うん、わかった」
背の高い人は微笑んで、扉へくるっと向き直り、スキップし始めた。
(ボクはみ〜んなとは少し違〜うさん♪
だから、誰かが困った時は〜助けるさん。ふふふっ)
誰もいなくなった謁見の間で、スメーラははるか遠くーーまるで別の宇宙を見るかのように、急に真剣な顔で、
(神の力を持つ者。
あの者が、彼の者たちを狙ってくる可能性は97.83%でしょう)
彼女は目線を戻して、きりっとした瞳に変わる。
(すべての者たちのために、あの者の攻撃をも利用します)
シリーズ通して、世界は敵に常に狙われている。1では、カーバンクルの元老院に手を貸している。2では、セリルが直接殺されかけている。3では、ヒューの家族親族が犠牲になった上に、さらに何度か危機に陥れられた。
スメーラ神はひとつでも負けることが許されていない。そのため、わざと、攻撃を見逃すことも戦略のひとつ。
背の高い人が謁見の間を出て、廊下を歩き始めると、隣に、突如、紫色の髪をした人が現れた。月のように透き通った美しい肌。紫の髪は眉の上で、ぱつんと切られていて、腰のあたりまでの、サラサラのストレート。きちんとブラッシングされているようで、天使の輪が頭上に輝いている。
ロングブーツに、細身の剣を腰に、細いパンツとフリフリの白いブラウス。いわゆる王子服。
背の高い人は立ち止まって、親しみのこもった様子で、
「ボク、もう行くの」
「あら、そう〜」
紫の髪の人は、気のない返事を返した。背の高い人は、嬉しそうな顔で、
「お話さん、出来るって♪」
(キミと話するの、大好きさんなの)
紫の髪の人は、うんざり顔で、
「あの子の十七の誕生日まで、会えないわよ」
(あんたと話すと、頭の中がお花畑になるのよねぇ〜)
この人物も、シリーズ1からきちんと転生している。だが、ある事情があって、亮の十七歳の誕生日まで、彼らのそばに来れない。
「楽しみさん♪ ふふふっ」
(みんな、仲良しさん♪)
背の高い人はスキップしながら、去っていった。紫の髪の人は、その後ろ姿を胸キュンで、見送りつつ、
(変わらないわね、本当に。
五千年経っても。
子供みたいで、か・わ・い・い〜♡
でもぉ〜……、196cmの身長で、スキップするの、やめなさいよ。
お笑い担当になってるから。
他の子にやらせなさいよ、あんたの可愛さが半減しちゃうわよぉ〜)
悩ましくため息をついて、紫の髪の人は、廊下を美しく歩き出した。