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夢の国に平穏のあらん事を。  作者: 海底ひらめ
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第一章-第一話:今日も今日とて、少年は家を出る

初めまして!稚拙な文章ですが、お楽しみ頂けたらなによりです。

 階段を下りて行く。

 長い長い階段だ。

 下には何があるのか、下がそもそもあるのか、そんなものは分からない。

 だけど下りなければいけないのだ。

 かつてそうしたように。

 それだけははっきりと分かっている。

 燃える炎のように明るい洞窟を潜り抜け、

魔物が犇めき合っている森を通り抜け、

明るく広がる草原を走り抜け―――


―――嘗て夢に見たあの街へ。

 あの街に辿り着くには下りるしかないのだ。

 下に見える果てしない暗闇にも、きっと果てがあるのだ・・・


****

 

 ヂリリリリリリ!!

 目覚まし時計がけたたましく鳴り響き、(あきら)は目を覚ました。

 時計の頭を引っ叩きスヌーズに設定する。目頭を押さえながら、思わず呻ってしまう。

――最悪の寝起きだ・・・。珍しく早寝したというのに全然疲れが取れていない。むしろ昨晩よりも疲れてないか?

 布団の中で起き上がり、ため息をつきながら枕元のスマホを取り上げる。充電100%、新着メッセージは無し。

 一年間付き合った彼女と別れて既に半年経つが、未だに寝起きのスマホ確認の癖は抜けない。友人たちとはどうせ学校で会うので宿題を聞く以外にメッセージを送り合うこともない。親に電話掛けることも無いので、今手に持っているこの便利な機械はもはや電話という本来の役割は果たすこともなく、昭に動画サイトや掲示板へアクセスを可能にするだけの道具へとなりさがっていた。充電ケーブルを抜き、動画サイトから音楽を流し始めたところでスヌーズになっていた目覚まし時計が再び鳴る。イラっとはするが、時計に当たっても仕方が無い。1回目よりも少し強めに時計を掌で叩いた後、目覚ましのスイッチを切る。時間は木曜日の午前7時。遅くとも8時に家を出れば学校には間に合う。昭は再び横になり、音楽を聴きながらボーっと考える。

――それにしてもどんな夢を見ていたっけ。なんだか懐かしい夢だった気がするけど。階段を下りていたのは覚えているが、何故下りていたのかは分からない。馬鹿げた夢だな。一体何が懐かしいんだか。小学生の頃の階段掃除でも思い出したのか?

 曲が終わると、昭は布団を畳み、制服をクローゼットの中から取り出し始めた。ネクタイも締め、靴下を履こうと椅子に座るのとほとんど同時に自室のドアが開かれ、誰かが昭の部屋に入ってきた。

「ねぇ、昭、今日は弁当要らないんだよね?」

 母の成子(せいこ)である。

「要らん。今日は半日だから。ってか前の晩に聞けよ。もし必要だったら今から作っても間に合わんで

しょ。あと、いい加減ノックしてくれよ。これでも俺、年頃なんだぜ?」

「夜はともかく朝はいいでしょ。こんな朝っぱらに、それも学校行く前からお盛んな息子は持ちたくない

わ」

 と、昭の弁当に関する文句は完全にスルーし、成子は出て行った。

「夜でもノックしねぇだろ・・・」

 だれも居ない戸口に向かって昭はボソッと呟く。

「学校行きたくねぇなぁ・・・」

 半日なのがせめてもの救いか。彼女と別れて以来、昭はイマイチ物事に関してやる気が出ずにいる。別に引きずっているつもりはない。むしろ二月ほど前から気になる異性(ひと)すらいる。しかし、学校にも、勉強にも、部活にも、果てには恋にも、精を出せずにいるのだ。授業は真面目に受けているし、勉強も最低限はしている。部活も欠かさず行っている。積極的なアプローチを掛けられずにはいるが、好きな人ともちょくちょく話すようになった。だがしかし、何かが足りない。それがなんであるのかは全く以って判らない。判らないからどうしようもない。ただただ虚しい気分がここ半年続いている。

 鞄を拾い上げ、一階のリビングへと向かう。テーブルには今年で14になる妹が既に座っており、フレンチトーストに蜂蜜を掛けて食べている。これまで毎日してきたように、一応声を掛ける。と言っても、これまで毎日されてきたように、罵倒されるだけだろうが。

「お母さん、頂きます。(あや)、おはよう」

「だまれ」

 二年ほど前からこの妹は昭と父親である平次(へいじ)に対して常にこういう態度を取っている。以前の可愛いお兄ちゃんっ子は見る影も無い。昭はため息をつきながら自分の定位置である綾の右斜め前に座り、オレンジジュースをコップに注ぐ。

「綾、だまれじゃないでしょ。アキに謝れ」

 ドスの利いた声で台所から出てきたのは今年で大学生活二年目を迎える姉である。『根無弥生(ねむやよい)』21歳、独身。勉強は真面目でそつなくこなす上に今ひとつ情熱があり過ぎる女。それが姉である。そんな弥生にだけは綾は比較的心を開いているようである。綾の恋愛相談などは専らこの弥生が引き受けている。らしい。昭は詳しくは知らない。ちなみに、昭のことを「アキ」と呼ぶのは彼女だけである。

「嫌だ。こいついつもおはようとかそういうのしつけンだよ」

 が、そんな弥生にすら綾は反発するので家族はとても手を焼いている。

――それにしても、いつからこいつはこんなしゃべりかたになったんだろう。

 兄としての愛情や不安が妹にやっと伝わるのは、当分先のことになりそうである。

「いいよ姉ちゃん、ありがとう。それよりこれ、美味いよ。お母さんが作ったんかと思ったよ」

「ありがとう。タッパー入れて学校持ってく?」

「うーん、昼は多分絢武(あやむ)たちとそこ等辺で飯食べてくるからいいよ」

 絢武とは昭が普段から一緒に遊びに行ったり勉強したりする友人である。

「そう」

 とだけ返事し、弥生は台所へと引っ込んで行った。

「お兄ちゃん」

 不意に綾が話しかけてくる。どうせ自分勝手な頼みごとなのだろう。お兄ちゃんと言うときは常にそうである。それでも久しぶりのお兄ちゃん呼びに昭は少々喜んでいた。

「ん?なによ」

 しかし、敢えてそっけなく返す。内心の喜びを露にするのは兄としてのプライドが許さなかったためである。

「明日生物のテストあるから勉強手伝って。今日早めに帰ってね」

 頼みごとではなく、命令であった。昭は本日数度目のため息をつく。今朝だけでどれほどの幸せが逃げていったのだろうか。

「いいよ。俺、3時頃に帰るからその後ね」

 無視することで了解の意を示した綾はそのままそそくさと鞄を拾い上げ、行ってきますも言わず家を出た。

「いつになったら落ち着くかねぇ?」

 誰へともなく昭は呟く。

「綾の反抗期?私は13くらいで終わったからなんとも言えんわ。そろそろじゃあないの?」

 首を後ろに向けて妹を見送っていた昭が視線をテーブルに戻すと、いつの間にか弥生が正面に座っていた。弥生はよくこうやって誰も気づかないうちに移動している。このあふれ出る存在感をどうやって消しているのかは17年間一緒に暮らしてきた昭にも一切わからない。

――遅刻した時の対策にぜひ秘訣をご口授願いたいものだ。ん、遅刻といえば・・・

 昭が時計を確認すると長針は既に7時50分を回ろうとしていた。少し早めに出るのも悪くはないと思い、昭は年不相応の「よっこらせ」の掛け声と共に立ち上がり、鞄を背負った。

「もう行くの~?」

 弥生がスマホを弄りながら尋ねる。

「ああ。お父さんとミニディーは庭?」

「ん~。ママもね」

 弥生は二十歳を過ぎた今でもまだ両親のことをママ、パパと呼ぶ。恥ずかしくないのだろうかと昭はいつも思う。普段から人前でも笑顔でパパ!ママ!というもんだから昭の方が恥ずかしがってばかりいる。ネットだかメールだかの世界へと旅立ってしまった姉に「行ってきます」と言い、昭は靴を履いて玄関を出た。

 庭には洗濯物を干す成子と、平次を追いかける子犬の姿があった。昭が外に出るや否やミニチュア・ダックスフンドは標的を変更し、昭目掛けて一直線に駆けてきた。

「おはようミニディー。おはようお父さん」

 昭はしゃがみこんで犬の頭や首筋を撫でながら言う。ミニディーと昭に名づけられている一歳半の子犬はペロペロと昭の膝を舐めながら気持ちよさそうにしている。

「お、もうそんな時間か。パパもそろそろ行かなきゃな」

 平次が腰に手を当て思いっきり反り返るとボキボキと背骨の間接が鳴る気持ちの良い音が響いた。

「まだ55分くらいだからちょっとは余裕あるよ。俺がちょっと早めに出たいだけ」

「んーそうか。まぁ、俺も特にやること無いしもう出るよ。ママ、ビッグディーを頼むよ」

 平次はミニディーのことをいつも「こんなに元気な犬がミニな訳があるか」とビッグディーと子犬のことを呼ぶ。考えてみれば、弥生が未だに両親をパパ、ママと呼ぶのは父の影響なのか。一人合点した昭は自転車のかごに鞄を投げ込み、チェーンロックを外した。そして振り返り、一昨日の朝も言い、昨日の朝も言い、そして明日の朝も言うであろう決まり文句を、昭はいつものように左手を少し持ち上げ繰り返す。

「それじゃ俺はもう行くよ。また後でね。行ってきます」

 両親の返事を背に受けて、昭はまだ冬の寒さが若干残る朝の中へと漕ぎ出した。


****


 この物語の主人公の名は根無昭(ねむあきら)である。今はまだ、どこにでもいる普通の高校三年生だ。代わり映えはしないものの静かで平和な日常を過ごし、成績が思うように伸びないことにあくせくし、将来はどうでもよくなる小さなことで日夜悩み、そして、多少人生を悟った気になっている、本当にただの高校三年生だ。しかし、人生の転機というものがいつ訪れるのかは誰にも判らない。判らないからこそ「機会が転ずる」と書いて「転機」なのだろう。彼の場合、今日この日こそが人生最大の転機となる。正確に言うならば、転機は2016年4月14日の午後9時26分に訪れる。

 この物語の主人公の名は根無昭である。この時の彼はまだ、熊本県熊本市に住んでいるだけの、どこにでもいる普通の高校三年生であった。

 こんにちは!海底ひらめと申します。この度は私の初投稿作品、「夢の国に平和があらんことを。」の第一話を読んで下さり有難うございました。以前からずっとやりたかったクトゥルフ神話やドリームランド、そして異世界転移を題材とした作品です。これからも最低週に一度は最新話を更新したいと考えております。読者の皆様のご意見やご感想、レビュー一つ一つを糧に自分の執筆の技量を上げていきたい所存です。どうぞ、バンバン送ってください! 

 それでは、第二話でまたお会いしましょう!

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