こうして私は旅に出た
気がつけば、見知らぬ場所に立っていた。
家と家に挟まれた狭い裏路地。周りに人気はなくただゴミが転がっている。見渡しても古びた家しか目に入らずなんの面白みもない。そもそもなぜ私はこんなところにいるのだろうか。いやむしろ、私は誰なんだ。わからない。
とりあえず、自分の姿を確認してみた。
手はついている。足もあるくびれもあって胸もある。
「よし、女だな。」
少し高めの声が入り組んだ路地に響く。
想像していたより若いようだ。服はボロいがなんとか着ている。薄汚れて茶色くなったもと白かったであろうワンピースだ。
「とりあえず歩くか。」
私は自分の声が結構気に入った。自分の声であるとは思えないが、なかなか澄んでいて綺麗な声だ。
路地はまだまだ続いている。薄暗い道だが慣れてしまえばなかなかいい雰囲気だ。
「ふふふ〜ふふふ〜ふふふ〜ふ〜ふ〜ふふふ〜」
だんだん楽しくなってきた。考えなくてはならないことは多くあるが、別にあとでもいいだろう。鼻歌に合わせてスキップも出てきた。なんだか頭がふわふわする。この靄がかかっている感じが気持ちいい。
『お嬢さん。 お嬢さん。』
頭に響くような声が聞こえた。思わず足が止まる。
「だれ?」
『可哀想に、身寄りも記憶も失って。』
「わたし、可哀想なの?」
『あぁ可哀想じゃ。記憶を失うということは、人格を失うということ、それにお嬢さんは罪を償うまであの場所には戻れない。』
「あの、場所?いいところなの?」
『まぁわしにはあまりいいところには思えなかったがの。わしはここのほうが好きじゃからなぁ、あまり参考にはなるまいて。』
「ふーん。」
『おや、興味がないか。まぁ良いわしは可哀想なおぬしに居場所を与えてやろうと思ったまでよ。』
「ねぇ私は誰か。あなたは知ってるの?」
『知っておるぞ。教えぬがな。』
背後から、含んだ様な笑い声が聞こえた。振り向くと、ゆったりとしたローブをはおり、大きなフードを頭からすっぽりとかぶったおじいさんが、ボロボロの椅子に座っていた。
『ここから北西に行くとよい。そこには大きな森があっての。暖かく、美しい森じゃ。その森の真ん中に一軒の木の家がある。そこはわしが昔住んでおったからの。生活に必要なものはだいたい揃っておるぞ。そこをおぬしにやろう。そこをおぬしの居場所とするが良い。』
警戒心は不思議とわかなかった。おじいさんの手からふわふわと古びた紙が飛んできた。地図だ。左上の端の方に、赤い印がしてあるここが家のある場所だろう。
『鍵は、おぬしの中にある。おぬしがいさえすれば、家は開くことだろう。』
「ありがとう、おじいさん。行ってくる!」
『あぁ道中気おつけてな』
おじいさんがすけて消えた。後ろを見ると、先程まで続いていた裏路地が消えている。開いた出口から光が差し込んでいる。
私は出口へとゆっくり歩いた。