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サファイアガラス  作者: 望月 明依子
第2章「夕陽の教室」
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第5話「頬に当たるマフラー」



俺たちはどんどん忙しくなってきた。

教育実習が終われば時間ができると思っていたら、さらに輪をかけて忙しくなったのだった。

みんな本格的に教員採用試験対策を始め、授業やそれ以外の時間もそういった話題が増えてきた。

思いつめた絵里の気持ちが何となくわかるような気がした。

確かに周りがそういう風に話をしだすと、何となく自分が追い詰められているような、そういう気分になるのはわからないでもない。でも自分もそこに向かって頑張るのだ。負けていられない。

そうしているうちに中学校での実習の時期がやってきた。忙しくなることを覚悟していたが、せめて週1ぐらいは絵里にメールぐらい入れようと思っていた。




二週間に一度、保健管理センターのドクターに話を聞いてもらっている生活が続いている。それ以外は今までと変わっていない。

純哉はかつて「実習が終わったら時間できるから」と言っていたが、全く逆のようだ。

まあ、大学3年生のこの時期に余裕というのは誰にもないのかもしれない。

だから、あの時きちんと付き合いだしてよかった……のかな?

純哉は私のそばにいてくれるけど、後悔してないのかな?

そうやって、さらにもやもやを心の中に貯めてしまっていた。



空気がすっかり冷たくなり、大通りの木の葉がすっかり落ちてしまった頃。

私たちはあの公園にまた来ていた。

「俺たち、来週から三週間実習なんだ。今度は全く連絡できないってことにはしない。せめて、週1ぐらいは連絡するから」

「うん……分かってる。でも、なんだか不安になって……」

「大丈夫だ。絵里のこともちゃんと気にかけてるから。改めて口に出すのは恥ずかしいけど、絵里のこと大切に思ってないと、あんなことできないと思う」

「あんなことって?」

「夏頃に、あの公園で絵里の肩をちょっと強すぎたけど掴んだこととか」

言い出しこそ照れていたが、だんだん真剣になって行く純哉の口調。

「絵里のことを好きになって、心から大事に思えるようになった。好きって思えたり、大事だって思えないと、行動には移せない」

「なんか……いろいろ心配かけちゃってて、ごめん」

「ここじゃ誰か見てるかもしれないけど……」

純哉がしているマフラーの感覚が頬に当たる。次の瞬間、純哉の手が私の背中に回る。私はきつく純哉に抱き締められていた。

「恥ずかしい……」

「でも、こうしたかった……」

海から吹き付ける冷たい風も構わず、私たちはしばらくそのままでいた。



冬。

実習を終え、来年夏の試験に向けて勉強に励む時期だ。

絵里はその前に高校での実習を控えている。

結局絵里は、親からの圧力に屈した形で不本意ながら地元の教員採用試験を受けることにしたらしい。

俺は、地元だけでなく可能性を求めて東京や大阪あたりにも試験を受けに行くことにした。大都市の小学校ならば、採用数が増えている。日程がずれているところを攻めていけば、どこかに引っかかるかもしれない。

早く教壇に立ちたいという考えとは裏腹に、俺は別の道も考えていた。

三原先生の研究室に残って、もう少し今の研究を続けてみようか。

正直、みんなが言うほど三原先生は悪い人ではないと思う。怖いといえば怖いけど。

どっちかというと隣の研究室の吉野先生の方がよっぽど俺にとっては恐ろしいし、穏やかそうな表情の下で何を考えているか分かったものではない。

もちろん、大学院進学をメインにしているわけではないが、それもいい気がしていた。さすがに研究者になるつもりまではない。いつかは教壇へという目標に変わりはない。

今は夏の試験に向けて頑張るだけだ。




この大学で見る、4度目の桜。

桜が散る頃には私も高校に実習に行かなくてはいけない。

正直、全く自信がない。一度顔見せをして、自分が目標としていた先生がまだいらっしゃったことはわかった。先生と同じ科目で実習をお願いしているので、実習の担当教官になる確率は高いのではないか。全く顔も何も知らない先生よりかは、少しでも顔なじみの先生の方がやりやすいのかな、という考えもあった。


しかし、いざ実習に行ってみると、顔なじみも何もあったものではない。

1日が長い。へとへと、くたくただった。

確かにこれでは、誰にも連絡を取りたくなくなるという純哉の気持ちもわからなくもなかった。

もう家に帰って寝るだけ。ちょっと手直しが必要なところがあれば帰宅がどんどん遅くなったり、家に帰っての作業がいるので寝る時間がどんどん遅くなる。

私はどんどん自信をなくしていった。なかなか自分の担当するクラスの生徒の名前と顔も覚えられない。自分のペースをつかむことができないまま、50分の授業という戦いに一方的に負けて帰ってくる。そういう日々だった。

敗北感とともに、二週間の実習は終了した。

確かに、この期間は誰にも連絡する気も起きなかった。


頃合いを見計らったかのように、一本の電話。純哉からだった。

「実習終わった?」

「うん……」

「やられてるな」

「かなり」

「俺も、最初授業やった後はすごく落ち込んだ。全然上手く出来なくて。そして後でああしたらよかったとか、こうしたらよかったとかアドバイスされて、それも凹んだ。でも、出来ないながらも、少し慣れてきた頃から1回の授業で受けたアドバイスを1つはできるように頑張った。自分の中で何か小さな課題を持って、それをクリアすることだけを考えてたら、前よりは少しだけできるようになった気がした。もしかしたら俺だけかもしれない。参考に……ならないか」

「たぶんもうこういう形で授業するってことはないと思うけど……ありがとう」

それくらいの短い会話だった。でも、なんだか安心できた。

実習から解放されたからなのか、純哉の声を聞いたからなのか、アドバイスを受けたからなのか。



そして、大学生活最後の夏、お互いの試験がやってくる。



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