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サファイアガラス  作者: 望月 明依子
第2章「夕陽の教室」
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第2話「穏やかな日々」


とうとう言った。自分の思いを。

後悔は全くない。一歩、関係を進めることができた。絵里が嫌がっていなければ。


絵里とのメールやメッセージの間隔が、今までよりずいぶん短くなった気がする。

もちろん、学校のこと、その他もろもろ、全て片付けての上でのことだ。そちらにばかり気を取られてしまっては、いろいろな人に迷惑をかけてしまう。もちろん、自分と付き合うことで迷惑になるんじゃないかと思っているかもしれない絵里にも。


後期の試験も終わり、長い春休みに入る。授業と銘打って絵里に会うことができなくなる。

来年はまた新しい時間割。その途中には、1ヶ月の教育実習期間がある。時間割次第では、全く絵里に会えなくなる。

それまでに、もっと絵里に会っておきたい。

週末ならきっと、あの時のように、時間が取れるはずだ。絵里に話をしてみよう。




ほんの二、三ヶ月前の自分には信じられないことが続いている。見ているだけだったあの本郷くんと今、付き合っているなんて。話があまりにもうまく進みすぎている気がする。

とはいえ、あの純哉の表情に自分を騙そうとしたりする意図があるようには私には思えなかった。

いわゆる元カレ、奴はかなり余裕たっぷりだったから、今思えば自分が付いていくだけでいっぱいいっぱいだった。まあ、今はどうしているかわからない人間のことを思い出しても仕方がない。

純哉のことを思えば思うほど、考えれば考えるほど、彼に会いたくなる。そんな時だった。

「!」

最初に会った時に交換していたが、今まで一度もかかってくることがなかった、純哉の電話番号からの着信。

自分の手が震えているのがわかる。留守電に切り替わる前に、ドキドキを抑えて出なきゃ。

「もしもし」

少し自分の声がうわずっている気がする。そういえば、電話で話すのは初めてだ。

「もしもし、絵里?」

「うん、そうだよ。純哉、だよね?」

「ああ。……今週末、空いてるか?」

「うん、大丈夫だよ」

「今度はどこか、ドライブに行かないか? 車出すよ」

「いいの?」

「ちょっと広いところがいいな。まだ免許とってそんなならないし、大事な人を乗せるなら危ない運転はできないから」

「無理しなくていいんだよ」

「いや、たまには大学以外で会うのもいいかなって」

「じゃあ、買い物とか映画とか好き? ショッピングモールなら、車停めやすいだろうし、道の広いところにすれば運転もしやすいんじゃないかな?」

「それならそうしよう。道が広くて、映画館があってっていうと……」

「あのショッピングモールだね」

その条件を満たすものはなかなか少ない。

「そこなら何度か練習ついでに行ったことがある。大丈夫だ」

「じゃあ、今週の日曜10時に」

「学校だと遠いよね」

「駅は?」

「駅なら、歩いていけるよ」

「じゃあ、駅前で待ってる」

「よろしくお願いします。楽しみにしてるね」

「ああ、俺も楽しみだ」

こうして、また一つ楽しみが増えた。


日曜のデートは、思った以上に楽しかった。

私はそんなに映画が好きというわけでもないし、詳しくもない。しかし純哉は幅広く映画を見てきたようでどんな映画でも大丈夫、と言っていた。二人で見れるようないわゆる無難な映画を選び、ショッピングモール内のカフェでお茶をする。何だか、ずっと前から一緒にいた、そんな気になれた。

「今日は付き合ってくれてありがとう。自分で言っておいてなんだけど、遠くまでドライブするにはちょっとまだ自信なくって」

「免許取りたてって気がしなかったけど。安心して乗ってられたよ」

「絵里は免許取らないのか?」

「そろそろ自動車学校に行こうと思ってるところ。でも大学までそんなに遠くないし、免許取ってもペーパーかな」

「家の車とか運転させてもらえないの?」

「それくらいかな。親が大学生のうちは車は買ってやらないっていう主義なの。お姉ちゃんにもお兄ちゃんにもそうだったから」

「絵里、兄弟いるんだ」

「うん。3人兄弟の末っ子」

「そういえば、末っ子っぽいかも。でも、一人っ子みたいにも見えるかな」

「純哉は?」

「俺は兄ちゃんがいる。末っ子ってところは一緒だな」

「そういえば、うちのお姉ちゃん、純哉の先輩になるよ」

「マジ? 先生やってるの?」

「うん、なんだかんだでうちは教員の家系みたいだから」

「小学校の先生?」

「最初はそのつもりだったみたい。でも、途中で国語の研究が楽しくなったって言って、今は中学校の国語の先生」

「へえ、そういう人もいるんだな。絵里のお兄さんも?」

「ううん、教員免許は取ったみたいだけど、今は会社員してる」

「で、その流れで絵里も教員免許を取ろうと?」

「うん、そうだね」

「教育学部に来ようと思わなかった?」

「ピアノが弾けない。少し習ったけど、全然楽しくなくって、すぐやめちゃった。親も嫌がってる私をこれ以上無理にピアノ教室に行かせるつもりもなかったみたい。純哉はピアノ弾ける?」

「兄貴も俺も、ピアノを習わせられて。兄貴は嫌で嫌で仕方なかったみたいですぐやめたみたいなんだけど、俺はそんなに嫌じゃなくて、高校受験とか大学受験の息抜きにレッスンに行ってた。まあ、大学受験の頃には教育学部に行きたいと思ってたから親に無理言って続けさせてもらってたってところが大きいけど」

「へえー、目標があるとそうやって前々から準備ができるよね。そういえば、純哉のお兄さんっていくつ?」

「今年大学卒業して、院に進学予定だから、22……かな」

「どこ大?」

「うちの大学の、理系の学部。絵里のお姉さん、俺の先輩ってことは、もしかしてうちの教育学部卒?」

「うん、そう」

「わあ、本当に俺らの先輩だ」

そんな他愛のない話を続けながら、ゆるやかな時間が流れていく。


帰りは駅ではなく、家の近くまで送ってもらった。

「そこが絵里の家なんだね」

「うん、そう」

「今日は楽しかった。会えてよかった。また、一緒にどこか行こうな」

「私も。また、会いたいな。どこででもいいから」




家から大学以上の距離の運転、それも彼女を乗せてというのはなかなか緊張するが、運転自体は嫌いではない。

とは言え、いきなり遠出となると話題が持つかどうかも心配だし、万が一のことがあるとと思うと不安だ。

だから、行きやすいショッピングモールのような場を絵里が提案してくれたのはすごくホッとした。

同じ映画を見ていれば、その映画をで話題ができる。店をぶらぶらしながら何かを見つければ、それについて話題ができる。大丈夫だ、と思った。

でも、実際に絵里に会って、いつもの感じで一緒にいるだけで、話題が途切れる心配というものは吹っ飛んだ。絵里の話を聞いて、自分の話をして、それだけで時間が過ぎていく。いつもの友達とつるんでいるような、それとは少し違う緊張感があるけれど、楽しかった。

もっとこういう時間を過ごせたらいい、そう思う。


俺たちは週に一度のペースで、こうやって会うことにした。

場所はいろいろだ。いつもいつもどこかに行くというわけにもいかないし、教育学部の控室にもいつも誰もいないとは限らない。

気恥ずかしいけれど絶対に他人に知られたくない関係というわけではないので、一番よく使ったのは学生食堂だった。

大食堂、中食堂、ホール、中庭とある主に文系向けの学生食堂。

そこでご飯を食べたり、食べなくてもその場所を借りて週に一度の二人だけの時間を過ごした。



「本郷くん」

「はい」

三原先生だ。年度が変わって新三年生の新しいゼミが決まり、二年の後期で仮決定だった俺は三原先生のゼミに正式に入ることが決まった。

その新入生歓迎の飲み会でのことだ。

「彼女がいるんだろ?」

「……」

すぐには答えられなかった。

「あの、他学部から来てる子だね」

図星を突かれて、何も言えない。

「私は、そういうことについては何も言わないよ。プライベートだからね。むしろ、そういうことは今のうちにどんどん経験しておくほうがいい。ただ、何に関しても中途半端な気持ちでいるのはいけない。向き合うなら、真剣に向き合いなさい」

「先生」

「何だい」

絵里の考えていた疑問をぶつけてみる。三原先生はどう考えるのだろうか。

「教師になるって、生徒の人生に責任を持つっていうことなんでしょうか」

「全てが全てそうとは言えないし、全くそうでないとも言えないな。自分の決定、周囲の環境、そして親や学校、塾の先生の影響という複雑な影響を受けて、子どもたちの人生は決まっていくと思っているよ。

先生のせいで俺の人生は真っ暗だなんて、なんかおかしいだろう? もちろん、真っ暗だっていうのも、見方捉え方によっては全く変わる。人生真っ暗だって言ってる子どもたちに対して、灯りを探す手伝いをする。そういう意味では、子どもたちの人生になかなか大きな影響を与えるかもしれないな、教師っていうのは」

「彼女が、色々考え込んで、いろいろ自信をなくしているようにも思えて。これからどうしたらいいのかとか」

「あなたたちのように必ず免許を取得しないと卒業できない学部と違って、他学部から教職課程を受けに来てる子たちは、言葉は悪いが片手間で免許が取れると考えている子も少なからずいるからな。

ただ、彼女はたった一人で、ここまで2年間頑張ってきてると思うよ。そういう子が今の時期に、自分の学部の子たちを目の前にして、どういう道をとるべきか悩むというのも分からなくはない。

私なら……そうだね、今の学部の勉強と、教職課程と、どちらが楽しいか、そしてどちらを突き詰めていきたいか、と聞いてみるかな。これからの人生でどちらを選ぶか、もしくはどちらも選ばないか……彼女次第だ」

新入生歓迎の飲み会ではちょっと重すぎる話題だっただろうか。

「本郷くん、君の彼女を思う気持ちはわかった。彼女のこと、大事にするんだよ。もちろん自分の勉強も忘れないように」

もちろんそのつもりだ。それを犠牲にしてはここにいる意味がない。




3年に入ると、学部の専門の授業も増え、教職科目は必修から選択に変わっていく。

友達と時間割を見比べると倍以上の授業が入っている。

仲のいい友達とも専攻が分かれると、一緒に受けることのできる授業は少なくなっていく。

少し寂しくはなったが、一人で授業を受けるのにはある程度慣れていた。

授業を受けたり、ゼミ発表の準備に追われたり、文献探しや読み込みをしているとあっという間に1日は過ぎていく。

そんな日々の救いだったのが、純哉との日々のメールや電話、メッセージのやり取り、そして週に一度会えることだった。

今純哉と一緒の授業は週に1つか2つ。

聞いてみたら、純哉の学部でも私と同じ中学校と高校の免許が取れるとのことだ。

「絵里に影響されたわけじゃないよ。俺、歴史が好きなんだ。だから、歴史を教えられる先生になりたくて」

「私も歴史は嫌いじゃない。日本史とか好きだな。でも、どっちかというと現社が好きだった。親がニュースばっかり見て、小さい時に他のテレビを見せてくれなくて。だから、ニュース見る癖がついちゃって。中学校で初めて公民やって、ああ、ニュースで見てる話だ、って思うと楽しくなった」

「じゃあ中学校で実習するの?」

「うーん、高校で実習しようかなって思ってる」

「なんで? 中学校で実習すれば高校の免許も取れるぞ?」

「中学校……あんまりいい思い出なくて。それと、自分の高校に、理想の先生がいる。こんな先生になれたらいいなっていう。今は異動してるかもしれないけど」

「そっか。高校で実習した後、また中学校でも実習するのか?」

「中学校の免許は、いいかなって。やっぱり、いい印象がないからかな」


咲き誇っていた桜の花はあっという間に散り、葉桜になり、その葉がすっかり生い茂って大学の大通りに影を作る頃。教育実習が始まる。

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