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サファイアガラス  作者: 望月 明依子
第2章「夕陽の教室」
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第1話「夕陽の教室」

あの夢のような夕方から数日。

まさに、私の世界がガラリと変わった気がする。

そうはいっても、もちろん私たちの関係はお友達。でも、遠くで見ているだけよりは、大幅に近づいた。

あの後、直接美由紀の連絡先を知らない私は結局有香経由で美由紀に経緯を報告することになった。

二人に喜んでもらいながら、美由紀からは「やっぱり私の見立ては間違ってなかった。ちょっと自分に自信が持てたかな。大丈夫、本郷くんは素直な人だから、お友達を脱するのも時間の問題だよ」とメールが届いた。あ、これが美由紀のアドレスか。また何か聞きたい時のためにとっておこう。

やっぱり他の人から見ても、彼はまっすぐに見えているんだろう。本当に、お友達を脱することができるのかだけは唯一の不安要素だが、今はとにかく友達から始めよう。


お友達としての付き合いが始まって数日。もちろん、こちらから会いたいとは一度も言っていない。

同じ授業があれば、あまり人数か多くない時であれば彼は声をかけてくれた。すごくドキドキしたけれど。

こっちからメールを送ったり、メッセージを送ったりしてみたら、頻繁にではないが返事が届く。彼からも夜など時間が取れる時などにメールが届いたりしている時がある。それからしばらくメッセージのやり取りをして、次の日に備えて寝る、といった感じだ。

もうそれだけでお腹いっぱいだった。見ているだけだった大好きな人と、いまやメッセージやメールをするようになった。それもこれも、有香と美由紀の取り計らいのおかげだ。


週末金曜日の夜。次の日は授業がないが、予定がある。

大学に入って2年も経つと、だんだん周りがざわつき始める。自分はどういう進路をとるのか、そのためにどういう対策を取るべきなのか。もちろん、実際に動けるのはまだまだ先なのだが、そのための準備期間が長くなっているということだ。

大学側もそのための対策講座やガイダンスを準備をしてはいる。それ以外に個人でダブルスクールしている人間もたくさんいる。

私は毎日の生活でいっぱいいっぱいだった。なかなか先のことを考えきれなかった。ただ、とりあえずといった形で大学で開講しているガイダンスや講座には参加しておくことにした。それが翌日に予定されていた。

純哉に聞いてみると、毎週土曜日に教職科目の試験対策が行われているらしい。もちろん、それには参加せずに土日を使って大手予備校の対策講座に参加している人もいるんだそうだ。

「俺は土日を全部使い果たして、平日の授業とか実習がおろそかになるんじゃ意味がないし、経済的な面で親に迷惑はかけられないと思ったんだ。だから土曜くらいは頑張ってみようと思ってる」

そう、彼らには明確な目標があるのだ。だから、頑張れるのだ。

自分はこうやって教職課程を取っているが、本当に先生になりたいのだろうか?他になりたい何かがあるのではないか?

こうして私は、出口のない迷路に緩やかに迷い込んでいく。


ガイダンスの帰り道。

一緒にガイダンスを受けた友達と別れて、一人で帰ろうとしていた時。

「絵里」

突然声をかけられた。

「純哉……」

周りには人はいないようだ。

「今から時間ある?」

今日はバイトもない。特に断らなくてはいけない用事はない。

「うん、あるよ」

「どっか行かないか?」

初めての二人っきりでのデート、だ。

「……どこか行くより、一緒にゆっくり話がしたいな」

「じゃあ、いいところがある。ついてきて」

純哉は歩き出した。私はついていく。

着いたのは教育学部の建物。

2階に上がり、一番突き当たりの部屋に案内された。

「ここが、俺たち学部生の控え室なんだ。平日は結構みんなのたまり場になるけど、今の時期の土日はほとんど人来ないから。俺も家で集中できない時とかにここでレポート書いたりしてる。ここでいいなら」

「うん、ありがとう。お邪魔します」

「どうぞ」

長机とパイプ椅子ぐらいしかない、殺風景な部屋だが、不思議と落ち着く気がした。

「何もないけど。で、初めてのデートがこんなところで、本当に良かったの?」

「うん、もっと純哉と話がしたいなと思ってたから」

「それだったら、何か美味しいものでも買ってきたら良かったな」

「大丈夫だよ」

まだ教室に差し込む日の光は高い。これならゆっくり純哉と話すことができそうだ。

私は純哉に聞いてみたかったことを聞いてみる。

「純哉」

「何?」

「やっぱり、純哉は先生になりたいの?」

「まあ、な。ここまでそれを目指してきたんだし、それは変わらないな。俺も、絵里に聞いてみたかった。絵里は、何になりたいんだ?」

「そう聞かれると、難しいな……少し前までは、迷わずに先生って答えたんだけど」

「今はそうじゃないのか?」

「一クラス40人みんなの、将来に責任を持てるかなって考えると、自分には荷が重いなと最近思うようになって……ちょっとね」

「子どもの人生は、親とか、学校や塾の先生とかが責任持つものじゃないと思う。周りはアドバイスはしても、最後にどうするか決めるのは子ども自身だから。だから、そこまで強く何とかしないとって気負わなくてもいいんじゃないかな。まあ、全くの無責任で仕事はできないだろうけど」

純哉のアドバイスに、驚きつつも納得させられる。

「まだ俺も先生でも何でもないのに、偉そうなこと言って。でも、絵里の話聞いて素直にそう思った。傷ついたんだったら、ごめん」

「ううん。少し考え方を変えることができそうな気がした。ありがとう」

部屋に差し込む太陽の光が、だんだんオレンジ色に変わっていく。

「絵里」

突然改まって純哉から名前を呼ばれ、私はハッとする。

「何?」

「こんな時に、改めてだけど、俺と付き合ってください」

「……もちろん、純哉からそう言われたら、私ははいとしか言わないけど、改めてどうして?」

純哉の顔が赤くなっていくのがわかる。私より色白な純哉。その白い顔が、だんだん朱に染まっていく。

「改めて絵里には伝えようと思ってた。だから、あの時声をかけた。

最初に会った日、俺はまだ余裕がないからまずは友達からって言ったと思う。でも、俺はあの時から絵里が生活の一部になった。よく女子って、彼氏ができたらかわいくなるとか、恋をしたら綺麗になるとか言うけど、俺は絵里と友達になるって話をしたあの日から、毎日に色がついた気がした。日々に退屈してるとか、そんなつもりは一切なかったんだけど、ガラリと変わったって感じだな。

周りの奴らもすぐに分かった。『女できただろ』って。ああ、女子の言う恋すると綺麗になるってこんな感じなんだって、初めて感じた。だから、俺は改めて、絵里に『友達』から『恋人』になって欲しいって話をしたかった」

純哉の話がひと段落ついたようなので、私も口を開く。

「ロマンチストだね、純哉」

「恥ずかしいんだけどな、こういう話するの」

「美由紀ちゃん、言ってた。お友達からステップアップするのも時間の問題だよって。本当にそうだった」

「武川さんはいろいろお見通しだな。彼女らしい」

「でも、嬉しい。つい数週間前まで遠くから見てるだけだった憧れの人と、付き合うことになるなんて。お友達になって、メールとか、メッセージのやり取りとか、もしかして純哉は本当は迷惑してるんじゃないかって思ってた。でも、そんなに思ってもらってたなんて」

私の顔も赤くなっている感じがする。

「じゃあ、今日から改めて、俺らは正式に付き合うってことで……」

「うん、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

その一瞬だった。

「えっ……」

唇に何か柔らかいものが触れた気がした。それが、純哉のものであると理解するのに数秒かかった。

「あ……」

「実は初めてなんだ。恥ずかしい……」

「私もだよ……ちょっとビックリしたけど」

「嫌だった……?」

恐る恐る純哉が聞く。

「ううん、ビックリはしたけど、全然嫌じゃない」

二人がいる部屋に差し込む夕日がずいぶん傾き、窓枠の影を長く落としている。

「そろそろ帰ろうか」

「うん」

「送ろうか?」

「ううん、自転車で来てるし、大丈夫だよ」

「じゃあ、そこまで一緒に」

二人の並ぶ影が、だんだん暗くなってなくなっていくまで私たちは結局立ち話をしていた。

「また、メールするよ」

「うん、待ってる」


私たちは、こうしてまた一歩歩みを進めていった。


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