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サファイアガラス  作者: 望月 明依子
第1章 「待ち合わせの教室」
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第3話「2月15日」



先週の木曜日、俺は突然、同級生の武川さんからある意味指令とも取れるようなお願いをされた。

「へ?」

「だから、来週の5限終わったら、教育1番教室に行くの。そこで待ってて」

「なんでだ?」

「会わせたい人がいるの。実は、私も会ったことがないんだけど」


なんだか無茶苦茶な話だが、とりあえず5限終わったら1番教室に行けばいいんだな。

武川さんが会わせたい人って、果たして誰なのか、それが全くつかめない。しかも彼女自身会ったこともない人だとか。


俺は本郷純哉、二十歳。

小学校の先生を目指して、日々授業や課題に追われている。

大学に入ったらサークルだ、とか思っていたが、そんな余裕が全くない。

実家から通っているのもあるため、学校に行くだけで片道1時間半ぐらいかかってしまう。

ようやく運転免許が取れたため、これからは車での通学になるが、果たしてどれくらい通学時間が短くなるのか。


学科の中は一つのクラスのようで、みんなで力を合わせていろいろな授業や課題をこなしていく。

その中で恋人同士になったり、サークルに所属している子はサークル内でカップルになったりしているようだが、俺にはどうも縁がないようだった。

別に興味がないというより、とにかく日々に追われてそんな余裕がなかったと言ったほうが正しいか。

ようやく少し周りを見ることができるようになった頃、周りはすでにカップルだらけだった。羨ましかったし、悔しくもあった。

彼女らしい子といえば、高校生の頃に仲が良かった女の子がいたはいた。でも特に付き合うという感じでもなく、何もなく卒業してしまい、その子には彼氏ができたとかいう話を最近聞いたような気がする。

言ってしまえば俺は年齢イコール彼女なしだ。


いつも一緒にいる奴らを先に帰し、俺は1番教室に入った。

武川さんが会わせたい人って、果たして誰なのか。

彼女自身も知らないというあたり、謎に包まれている。

このまま待ち続けていいのだろうか。不安がよぎる。


その時だった。

恐る恐る、教室のドアが開く。

入ってきたのは、名前は知らないが、見たことはある女の子。

ええと……あ、そうだ、教職課程の必修の授業にいる子だ!

他学部であることと、教職課程を取っていることしかわからない。

その子が俺に何の用なのか。


しばらく待つが、武川さんが来る様子はないようだ。一対一だ。

彼女が口を開く。

「突然呼び出してごめんなさい。私、真中絵里っていいます。教職課程で一緒で、ずっと見てました。あの、もしよかったら、ご迷惑でなければ、お友達になっていただけませんか?」

突然の展開に、俺はまだついて行けてない。

「ちょ、ちょっと待って。ところで、武川さんは?」

「たぶん、来ない……と思う」

俺は落ち着くために、深呼吸した。

「よかったら、ええと、真中さん、かな、ここまでの話を聞かせてもらえる?」

「実は……」

ほんの少し、二人の間に音がなくなる。

意を決したように、真中さんが口を開いた。

「私、ずっと前から本郷くんのことが気になってて。それで、何とかして仲良くなるきっかけが欲しかった。で、教育学部の友達に聞いてみたら、武川さんを紹介してくれて、武川さん経由でこの場をセッティングしてもらった……じゃ、ダメですか?」

「うーん、ってことは……真中さんと、俺の間に二人、真中さんの友達と武川さんが入ってるってこと?」

「うん、まあ、そう」

「じゃあ、なんでその二人は来ないんだ?」

「私にも詳しくはわからないんだけど……。もう二十歳なんだし、場所と時間をセッティングしとくから、うまくやりなさいって感じの話を聞いた」

確かに、彼女の性格ならやりかねない。一から十まで世話を焼くよりも、ある程度のところまで用意して、あとは相手の自主性に任せるようなやり方が好きな人間だ。もしかしたら、先生として向いているのかもしれないな、と思っていた。

そういう彼女が一枚も二枚も噛んでいそうならば、武川さんはきっとここには現れることはないだろう。武川さんの今やるべき事はすでに終わっている。彼女からの報告を待っているだろう。あとは、俺ら次第だ。


この数分、と言っても待ち始めてから15分ぐらいだろうか。この15分の間に劇的な展開、いわゆる愛の告白と言ったものを受けた俺は、それに対して真剣に返さなくてはいけないと考えた。

「真中さん」

「はい」

「俺、これから半年くらい、今以上にすごく忙しくなりそうなんだ。でも」

彼女の顔から色がなくなっていくのが見て取れる。でも、彼女の打てる手を尽くして俺に思いを伝えてくれた気持ちを安易に打ち砕くつもりはない。周りがカップルだらけとか、そういった打算的なものは抜きにして。

「真中さんが、どのくらいのペースで会いたいとか、そういうのにもしかして頻繁には応えられないかもしれない。あと、半年くらいかな。教育実習が終わった頃なら、少し余裕が出てくると思う。だから、今は本当にお友達、という形で、きちんと付き合うって形を取れなくてもいいかな。ごめん、俺に全然余裕がなくて。他の奴らは要領よく彼女とか作ってるんだけど……」

彼女の顔に色が戻り、さらに赤くなっているのが暗くなっている教室からでもはっきりわかる。

「ありがとう。ぜんぜん、友達からでいいよ。こうやって、今、憧れの本郷くんと話せただけで嬉しいし、幸せ!」

俺は、きっとこの時に真中さんに心を奪われたのだろう。友達と言ったつもりが、心の中では完全に真中さんは彼女になっていた。


俺は、恥ずかしいが、意を決して口に出してみる。

「絵里」

「わっ、びっくりした!……いきなり呼ばれて、ビックリした。しかも、名前で」

「名前で呼んでも……いいか? もちろん、他人に迷惑にならないところで」

「うん、いいよ。私も、名前で呼んでいい?」

「いいさ、お互い友達なんだから」

「純哉」

「絵里」

「うわ、すっごい恥ずかしい」

「そのうち慣れるよ、たぶん。ところで、なんで俺を好きになったのって聞いたら、絵里は困る?」

「うん……」

本当に絵里は困ってしまった。また、二人の間に無音の時間が流れる。

「困るなら」

「あのね」

二人同時に口を開く。俺は絵里に言葉を譲った。

「私、あの学部から一人で教職課程の授業受けに来てるから、教育学部の人たちがみんなで集まって楽しそうにしてるのがすごく羨ましかった。で、その中心にいるのが、純哉だったから。ああ、毎日楽しいんだろうな、って思って見てた。あとは……前期試験の時、どの試験でも時間いっぱいまで教室に残って、ギリギリまでテスト用紙を埋めようとしてるのを見たんだ。ああ、この人すごく頑張り屋さんなんだ、って思うとなんだかもっと興味が湧いちゃって」

「なんだかんだで俺、イジられキャラっぽいから、みんなの中心にいるように見えたのかもしれない。

あと、試験は絶対最後の1分まで粘るっていうのが俺の主義なんだ。どんなに訳の分からない問題でも、なんか書けば点くれるかなっていう、悪あがき」

「私もそう。一人でこの授業受けるから、あんまり印象ないかもしれないけど」

「あ、そういえば、俺のゼミの先生、って言っても来年からだけど、他学部から授業受けに来てる女の子、一人でよく頑張ってるな、って言ってた。他学部から教職課程受けに来る学生にものすごく厳しくて、なかなか単位を出さない先生なんだよ。俺らですらあの講義の単位、必修なのに落とされることだってあるから、ヘタすると留年だぜ」

「何先生?」

「三原先生って、授業受けてるだろ? 学生の人数が多いから、もしかしたら他学部向けにも授業をやってるかも」

「うん、受けてる。あの先生、確かに厳しそうだけど、そんなにバンバン落とすんだ……」

「俺ら、あの授業取らないと卒業できない。何年も上の先輩がゴロゴロしてるよ」

「き、厳しい……。でも、なんでそのゼミにしたの?」

「俺のやりたいことをやってるのがその先生だったから。あと、なんていうのかな、厳しいんだけど、その奥に優しさがあるっていうのを感じたからかな」

「そうなんだ……純哉」

「何?」

「今更だけど……彼女とか、いなかったの?」

「ああ、正直、きちんとした彼女がいた時期ってないんだ……って、そんなことまで言う必要ないよな、俺」

「そうなんだ。なんとなく勝手に思ってたけど、やっぱりまっすぐな人なんだね、純哉って」

俺までなんだか恥ずかしくなってしまう。


「もう真っ暗だな。絵里、家どこ?」

「そんなに近くないけど、そう遠くもないよ。自転車で20分くらい」

「一人暮らし?」

「ううん、実家から」

「一緒だな」

「そうなの? 学校には車で来てるの?」

「今駐車場の許可申請してるから、もうすぐ。それまでは電車の乗り継ぎ」

「大変だね」

「2年もこうなら慣れたもんだよ」


そうして、別れ際に連絡先を交換し、俺たちはとりあえず「友達」という形で付き合いを始めることにした。

そしてその関係は、後にここでは考えもつかない方向に発展していく。

俺も絵里も、まだそういう発想に至っていない。


第1章「待ち合わせの教室」ーー完ーー


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