エピローグ「貴史」
あれから数年後。
絵里は男の子を抱いている。
名前は「貴史」。「たかし」だ。
彼の名前は、ボス、三原先生から頂いた。
三原先生の名前は「貴史」と書いて「たかふみ」と読む。だから、漢字をそのまま頂き、名前の読みを変えた。
男の子とわかった後にこの名前を考えて、まずは絵里に伝えた。
「名前もらったら、この子もボスみたいになるかな?」
「いいんじゃない。ボスは大人になっても子ども心を忘れない、魅力のある人だと思う」
「本郷 貴史か。なんだかいい響きだな」
そして俺たちは、子どもに「貴史」と名前をつけた。
ボスにはメールで子どもが生まれたこと、名前を頂いたことを伝えた。
返事は早かった。
「奥さんが落ち着いたら、3人揃って顔を見せに来られてください。私の名前をつけた、貴史くんにお会いしたいものです」
貴史が生まれて半年ぐらい過ぎた頃。
私と純哉は貴史をつれてボスの研究室を訪れた。ここに来るのは、何年ぶりだろうか。
「待ってたよ、本郷くん、絵里さん、そして貴史くん」
あいにく貴史は眠っている。
「すみません、来てる間に寝ちゃったみたいで」
「いや、子どもの寝顔はいいものだね。うちの娘の小さい頃を思い出すよ」
そうだ、ボスには娘さんがいた。私が大学生の頃、高校生だったはずだから、もしかしたらもうご結婚されているかもしれない。一人娘だったと思う。
「何かあったらまた連絡待ってるからな、純哉パパ」
「ありがとうございます」
パパと言われて純哉が赤くなっているのが分かる。
結局、貴史は最後まで眠ったままだった。
「貴史、健太おじさんと直哉おじさんが遊びにきたぞー」
「英才教育だ、小さい時から男の遊びをしっかりと叩き込むぞ」
あれからうちのお兄ちゃんと純哉のお兄さんは相変わらず仲良くしている。よくうちに2人で遊びに来て、貴史とよく遊んでくれる。
「子どもって、いいなあ」
「お前はまず彼女探しからだろ」
「うるさい、お前に言われたくないわ。お前も彼女無しだろ?」
「俺にはちゃんと彼女いるぞ。まだ付き合い始めだけど」
「ちくしょー、俺だけかよー」
うちのお兄ちゃんの悔しげな声が響く。
それに驚いた貴史が泣き出す。
「おお、ごめん貴史。びっくりしたな、よしよし」
しばらく泣き続けていたが、しばらくするとまた眠ってしまったようだ。
「よく寝るな、貴史」
「手をつけられないくらい泣く時もあるよ」
「頑張れパパ、ママ」
あの後本当にすぐ、お姉ちゃんも結婚して家を出た。お兄ちゃんは子どもに憧れているみたいだけど、相手がなかなかいないらしい。
「貴史が俺の希望の星だ」
また泣き出した貴史をあやしながら、お兄ちゃんは言う。
きっとお兄ちゃんが結婚して、子どもができたら、その子にもメロメロだろう。
2人が帰り、貴史もよく寝ている。
「うちの兄貴も、絵里のお兄さんも、本当によく遊んでくれるな」
「まあ、純哉のことも大歓迎だったし、可愛い弟の子どもだから、その子も可愛いんじゃないかな」
「いつの間にか俺の兄貴ともしっかり仲良くしてるし」
「楽しそうだね、2人とも」
「貴史が大きくなったら、いろいろな所に遊びに連れて行きそうだな」
「まあ、貴史にもたくさんの人に遊んでもらう方がきっと為になるよな、いろいろと」
お兄ちゃんたちだけではない。おじさん、おばさんもいろいろと私たちのことを気にかけてくれてくれている。
私たちも、貴史も、いろいろな人に助けられている。
「絵里」
「何?」
「絵里があの日声をかけてくれなかったら、今の俺らはないよな」
「ずいぶん昔の話だね」
「俺、怖かった。あまりよく知らない人と2人きりで会うなんて、今までなかったし」
「それも美由紀ちゃんと有香のおかげだから」
有香とは修了式で見て以来会っていない。どうしているんだろう。
美由紀ちゃんとは実家に帰ったときによく会う。山中くんと本当に彼の修了後すぐに結婚して、男の子が2人いる。
みんな結婚したり、仕事したりと忙しいながらも充実しているようだ。
「絵里に会えて、一緒にいられて、本当に良かった」
「改めて言われると、恥ずかしい……」
「本当のことだし、たまにはいいだろ、こういうのも」
「ありがとう、純哉」
「こちらこそ、ありがとうな、絵里」
3人の部屋に春の日が差し込む。まだ春というには早いかもしれないが、少しずつ暖かくなっている。
「明日、どうしようか」
「そうだな、貴史もいるし、絵里に無理はさせられないな。よし、俺が何か作るよ」
「やった、純哉の料理美味しいんだよね」
3月23日。明日は私たちの何度目かの誕生日。
2人で誕生日を祝うことができるのが、何度誕生日を一緒に過ごしても嬉しい。
「また一年、いやこれからもずっと、よろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
あなたにめぐり逢えて本当によかった 一人でもいい 心からそう言ってくれる人があれば(相田みつを)
『サファイアガラス』最後までお読みいただきありがとうございました。
甘々展開かつなかなかぶっ飛んだ設定を書いている本人が楽しませていただきました。
また次回作で皆様にお会いできますのを楽しみにいたしております。
望月 明依子 拝