第4話「つなぎあう、手」
結婚式は、人生で一番幸せな日と言うけど、幸せをかみしめるなんて余裕がない。
会場に着いたらすぐ着替えが始まり、式が始まる。
よくテレビとかで見る、あの光景。お父さんと一緒に歩くというバージンロードや、指輪の交換、ベールを上げて誓いのキスをする、そしてブーケを投げる。夢見てはいたが、実際にやるとなかなか大変だった。
私の投げたブーケは、驚いたことにお姉ちゃんの手にあった。
「次は私の番ね」
姉はにこりと笑った。
披露宴に入ると、もう泣いている人がいた。
ボスだった。
まだ泣くのは早い気がするが、それを止めることはできない。
披露宴も進み、涙が止まらないボスのスピーチ。式場の人たちも心配するほどだ。
「本郷くん、真中さん。結婚、おめでとう。2人が大学時代から付き合っていることは知ってたけど、大学院で2人揃って私のゼミに来たのには正直驚いた。それも、2人いわく偶然だったようですが、いまだに私は口裏合わせがあったんじゃないかと思っています。
まあそれは冗談ですが、2人とも、頑張る子たちです。私の頼んだ手伝いも、自分たちの日々の課題も、研究も、精一杯努力しているところを私はしっかり覚えています。
こんな頑張り屋の2人だから、きっとうまくいく、私はそう考えています。
しっかりスピーチ準備すると言ったけど、泣きすぎたからかほとんど忘れてしまいました。
これからの2人の幸せを心から願って、私のスピーチを終わります」
ボスにはスピーチしながらも泣くのをやめない。もらい泣きがあちこちから聞こえてくる。
結局、ボスは披露宴中泣き通しだった。今まで泣いている姿なんて見たことなかったから、新鮮と言えば新鮮だ。
気がついたら、ボスを中心に大きな輪ができている。マスターのみんなだ。そして、美由紀ちゃんも。
「飲んでも泣くことなんてなかったのにね」
「三原先生、ほとんど飲んでないよ、泣くのに精一杯で」
「それでこれなの?」
「思わぬ一面をみた」
みんな目が腫れているようだ。
「純哉、絵里!おめでとう!」
「良かったな、本郷!」
口々に祝福の言葉をもらう。
今日一番幸せだったのは、この瞬間だったかもしれない。
純哉の職場の人たち中心の二次会に顔を出したあと、私たちは両家の二次会に参加した。
「来た来た、今日の主役」
「待ってたわよ」
みんな待っている間にいろいろ飲み食べしていたようで、すでに出来上がっている人が……2人いた。
「飲もうぜ、直哉」
「おう、今日はめでたい人だからな」
うちの兄と、純哉のお兄さんだ。どうも顔合わせの時に意気投合したらしい。よく連絡を取って遊びに行っているようだ。
「今度純哉たちの新居に遊びにいこうぜ」
「ああ、俺らも幸せオーラとかいうやつをもらおう」
2人が仲良くしてくれるのは構わないが、さすがに出来上がった酔っ払いに周りも多少呆れ気味だ。
両家の二次会は、この2人を中心に進んでいった。
ようやく式のバタバタから解放された頃。
「絵里、どこか行きたいところある?」
「そうだね……」
純哉が教えてくれたあの海は、行こうと思えばいつでも行けるところになった。
「海が見たいな」
「海か、どこの海がいいだろうな」
「国内がいいな。海外の海もいいけど、なんとなく」
「じゃあ、沖縄あたりは?」
「あ、いいね。ゴーヤーチャンプル食べたい」
「海を見に行くんじゃなかったのか?」
「海も見るけど、美味しいものも食べたいな」
「絵里、本当に食べるの好きだな」
「好きな人と一緒なら、なんでも美味しいから」
俺はそんな絵里を抱きしめた。
こういう絵里が、やっぱり愛おしい。
「やっと2人で遠くまでいけるね」
「長かったな、こうなるまで」
「いろいろあったし」
「でも、こうして一緒にいられるのが、一番幸せだ」
俺たちは、互いに手を取り、助け合いながらここまで来れた。嬉しいとき、辛いとき、どんなときも。
これからも、繋いだ手を離さないように、2人でいこう。どこまでも。