第3話「見つめる未来」
いよいよ来た、3月24日。
俺は指輪を持ち、大学の正門で絵里を待つ。
時間まで、もう少し。
絵里は現れる……はずだ。昨日時間まで決めたのだから。
その時だ。絵里が現れた。
「待たせちゃったね」
「大丈夫、俺が早く来過ぎただけだ」
そして、俺は指輪の箱を渡す。
「わあ!」
キラキラと光る指輪。サイズが分からないから、後で直せるやつにした。
「ありがとう……本当にありがとう」
「あっちに、本当に来てくれるか?」
「はい」
その日、両家の顔合わせも予定していた俺たちはそのまま会場まで向かうことにした。
「絵里を、よろしくお願い申し上げます」
「こちらこそ、純哉をよろしくお願いします。よろしくね、絵里ちゃん」
「はい」
和やかなうちに、両家の顔合わせは終わった。安心した。
あとは、絵里をこちらに迎えるだけだ。
あれから、数日。
正式におじさんの元で仕事をさせてもらうことになり、残る仕事と引っ越しの準備に追われている。
純哉と考えて、まず籍を入れて、式はしばらく先にしようかという話になっている。
一人暮らしの経験もないのに、ここを離れて、仕事もしながら生活できるのかな。
少し不安になるが、会いたくて仕方がなかった純哉とまた一緒にいることができる。それが嬉しい。
「お手伝いできることがあったら、なんでも言ってね」
「絵里、おめでとう。これでまた3人で遊びに行けるな」
おじさんとおばさん、それにお兄ちゃんもあっちにいる。近くに知り合いがいるのは少し心強い。
「仕事は絵里ちゃんが落ち着いたらでいいからね。うちはいつでも歓迎だから」
おじさんが言ってくれたが、できるだけ早く仕事できるようにしないと。
これから忙しくなりそうだ。いや、もうけっこう忙しいけど。
俺も、絵里が引っ越してくるために家を準備していた。1人で2Kの部屋にいるが、好きなように使っていたから、2人で生活するには整理しておかないと。
だんだん送られてくる絵里の荷物。ああ、ここに絵里が来るんだ、2人で暮らすんだという実感が湧く。
1人でこちらに来る絵里を不安がらせないように、俺ももっとがんばろう。
絵里の荷物を運びながら、俺は改めてそう思った。
いよいよ、ここを離れる日。長年住んだ家とも、しばらくはお別れだ。
「お父さん、お母さん、お姉ちゃん、いままでありがとうございました」
「絵里が大きくなったなって、改めて感じるよ」
「そうね、あんなに小さかったのにね」
「純哉くんに、迷惑かけないようにね」
「うん」
最後は言葉にならなかった。
絵里がこちらに来てだいたい1ヶ月。
絵里はこちらの生活に慣れていきながら仕事にも行っている。
時間があれば、2人で買い物に行ったり、できることを手伝う。
いきなり忙しくなって、絵里も大変だろう。
でも、笑顔でいてくれる絵里がいるだけで、俺は嬉しい。
「籍、いつ入れようか?」
「早めがいいよね」
「職場にも報告しないといけないしな」
「私も……かな」
真中だろうと、本郷だろうと、「絵里先生」と呼ばれている今は関係なさそうだが、報告だけはしないといけないだろう。
「大安がいいか?」
「そうだね」
「1番早いのは……」
「6月1日か」
実家にいるうちに婚姻届はもらい、証人としてお父さんとお母さんのサインをもらっている。
「じゃあ、6月1日にするか」
「特になんていう日でもないけど」
「今から、記念日にする。そういうものだろう?」
「そうだね」
そうして、籍を入れる日が決まった。
籍を入れて、絵里は晴れて正式に「本郷絵里」になった。
本当は入籍を3月24日にしたかったが、絵里の立場が1年近く「同居人」という立場もなんだか居心地が悪いような気がする。
だったら、式を3月24日にできないだろうか。2人に縁のある、3月24日に。
俺は絵里に話してみることにした。2人とも仕事が休みの日に、俺は絵里に切り出した。
「絵里」
「何?」
「式の日のことだけど」
「いつがいいかって?」
「俺、3月24日がいいと思ったんだ」
絵里がにこりと笑う。
「私も、そう思ってた。2人に縁がある日だもん、それがいいと考えてたんだ」
偶然の一致か、やはり絵里とは感性が似ているのか。
「じゃあ、決まりだな」
「まず、ボスに連絡しないとね」
「そうだな、あんなこと言ってたんだし」
「みんなも呼ぶ?」
「せっかくだし、呼びないな」
「ずっと応援してくれてたし」
結婚式の関連雑誌を買いに行き、3月24日をメインにして今から何をすればいいかを出し合った。
「一度ボスのところにも行ったがいいな」
「スピーチお願いするしね」
招待客を絞りこんだり、式場や衣装を考えたり、やることはなかなかたくさんある。
「3月24日まで、まだ時間はある。焦っても仕方ないし、一つ一つやっていこう」
「そうだね」
式場を決めたら、そこのウェディングプランナーさんがいろいろと手配してくれてずいぶん楽になった。一番良かったのは招待状を一括して送ってくれることだった。
かえって来たハガキをもとに席を決めたり、ドレスやタキシードを合わせる。だんだんと、式の雰囲気が高まる。
ボスからも「おめでとう。スピーチ、喜んでさせてもらいます」との返事が届いた。
俺たちは、改めてボスのところへ挨拶に行くことにした。
「いや、この日を待っていたよ。今か今かと待っていた」
「ご挨拶が遅くなりました」
「ああ、待ちくたびれたよ。でも、2人の晴れ姿を見られるのは、素直に嬉しい。本郷くんは6年、真中……さんじゃないな、もう」
「真中で構いません」
「真中さんも……6年か。1年のころから授業受けてたからな。そんな2人がこうして挨拶に来てくれるのが嬉しくて仕方ない。スピーチの準備はがっつりしているからな」
ボスのスピーチか……今は考えないでおこう。
年を越すと、いよいよ緊張感がでてくる。俺の実家にも絵里の実家にも挨拶に行ったが、「2人の晴れ姿、楽しみ」「絵里ちゃんのドレス姿、きっと綺麗よ」と式を楽しみにしてくれていた。
そして、3月24日を迎える。
俺たちに縁の深い、3月24日を。