第1話「ブーケの行方」
私たちが卒業、いや修了して3カ月。
みんなそれぞれの道で、頑張っているようだ。
私も、毎日全力で仕事している。
職場は以前と同じ場所だから、自宅から通勤している。
夕食を食べ、ほっとした瞬間。
ああ、ちょっと前まではみんなでいたのにな、と思ってしまう。
やはり近くに純哉がいないのは、辛かった。
純哉とは主にメールやメッセージのやりとり、そして前より電話で話すことも増えた。
でも、次の日のことを考えると、長く話す時間はない。
ああ、やっぱり直接会いたい。
そう考えていた頃。
「佳奈ちゃん、結婚するって」
「そうなの?」
「招待状きてるわよ、あなたたちみんな分」
「みんな? お母さんだけじゃなくて?」
「ええ、由里にも、健太にも、もちろん絵里にも」
「わあ!」
佳奈ちゃんは、私より一つ下のいとこ。おばあちゃんの家でよく4人で遊んだ。
今年社会人2年目かな。確か、去年就職祝いを送ったから。社会人2年目で結婚するんだ。
「で、相手は?」
「職場の同僚の人だって」
「へえー」
「佳奈ちゃん、東京で一人暮らしだったから聡子も心配してたけど、一緒にいてくれる人ができて安心したみたい」
「みんなって、お兄ちゃんも行くの?」
「お兄ちゃんは、近くなんだから。問題は由里と絵里よ。二人とも仕事だし、あっちにいられる時間なかなか取れないんじゃないかしら」
ん?東京?
私の心中はとっくにお母さんに見抜かれていたようだ。
「短い時間かもしれないけど、会ってきたら。純哉くんに」
「!」
読まれていた。結婚式に出るついでに、純哉に会おうとしていたことを。
「うん、行くよ。佳奈ちゃんの結婚式にも、純哉に会いにも」
式は2カ月後の、3連休の中日。
3連休なら、きっと純哉にも少しは会えるはず。
純哉に真っ先にいとこの結婚式で東京に行くという話をした。
「東京来るのか? どれくらいいられそうなんだ?」
「結婚式が連休の真ん中にあるから、その前の日から、結婚式の次の日までかな」
「半日ぐらいなら、東京案内できるぞ。って言っても、俺都民じゃないからざっとしか分からないけどな」
東京で働く人はみんな東京都に住んでいると思っていたら、そうじゃないことを教えてくれたのは純哉だった。
「都内なんて、家賃が高すぎて住めないよ。ちょっと大変だけど、車なくても電車でなんとか通えるし」
「都会って、大変なんだね」
「少し慣れたら電車もいろいろ楽しいし、俺は嫌いじゃない、と思う。でもやっぱり、朝の満員電車は参るけどな」
テレビでよく見る光景。それに純哉も混ざっているのか。
「大丈夫だ。その時間にできることもたくさんある」
絵里とはしばらく会えないと思っていた。本当に、来年の3月24日まで。
だから絵里の「純哉に、会いにこれることになった!」という言葉に驚く。
話を聞くと親戚の結婚式ついでらしいが、会える時間があるのが嬉しい。
どこに行こうか。約半日で、絵里の家族が泊まっているホテルまで帰れるような場所は。
俺は、ある場所を思いついた。
少しホテルから離れるかもしれないが、二人でいくならここだと思う場所。
大荷物を抱えてようやく着いた、東京。
飛行機のある程度の時間を教えていたら、なんと純哉が空港まで来てくれていた。
びっくりしたが、こんなに早く会えると思わなかった。
4人で泊まるホテルまで向かう。式場の近くの、豪華なホテル。
「絵里、行っておいで。純哉くん、待たせてるでしょ」
「うん、行ってくるね」
重い荷物だけ置いて、私は部屋を飛び出した。
「どこ行くの?」
「まあ、行けばわかる」
都会の電車は難しい。沢山の色の電車が走っている。
「はぐれるなよ、このあたりではぐれたら大変だ」
純哉が手を握ってくれた。ああ、あのあたたかさだ。
電車は海の方へ向かう。電車を降りてさらに海の方へしばらく歩く。
「わあ!」
「あの海に似てるだろう」
「うん、そっくり」
「時間のあるときにこの海を見て、絵里のことを思い出してた」
「一人で?」
「最初に職場の人が連れてきてくれた時以外は一人で」
「女の人?」
「いや、男の人。その人がこの海が好きで、彼女にフラれた後とか、いろいろ煮詰まった時にここに来てぶらぶらするって」
「でも、あの公園から見える海そっくり」
「だから、ここに連れてきたかった」
夕日が傾きだす。
「ホテルまで送るよ。絵里1人だと、戻れないだろうし」
「うん、1人では無理」
私たちは海辺を後にし、来た時とと逆方向の電車に乗って帰った。
佳奈ちゃんの式はたくさんの人が参加していた。綺麗なドレスを着た佳奈ちゃんが輝いて見える。写真もたくさん撮った。
そして、お約束のブーケトス。佳奈ちゃんは全員に向けてブーケを投げ上げた。
その瞬間、私の記憶は飛んだ。
そして、気がついたその時。自分の右手はしっかりブーケを掴んでいた。
歓声が起きる。自分でも何があったのか、覚えていない。
「絵里……」
「お兄ちゃん?」
「お前はバスケ部かなんかか?」
「えっ?」
「まるでリバウンドを取るみたいだった。大きくジャンプして、がっつりブーケを掴んでたぞ。あんなに必死に何かを掴もうとする奴は、高校の試合ぶりだよ」
中学高校とバスケ部だったお兄ちゃんに言われて、その時のことを思い出そうとする。でも佳奈ちゃんが投げ上げた後から私が掴むまでの瞬間は、やはり思い出せない。
「絵里、また純哉連れてこいよ。そうだ、明日お前らが帰るまで、一緒に遊ぼうぜ。純哉に会ったんだろ?」
「うん、まあ」
「明日飛行機が出るまで、3人で遊ぼう。純哉にも伝えてくれよ」
いきなりの話、純哉、大丈夫かな……。
その日の夜は、久しぶりにおじいちゃん、おばあちゃんに親戚が顔を合わせた。主役の佳奈ちゃんたちはもう一つの二次会に出席していて不在だった。
「由里ちゃんは中学の先生だったかしら?」
「はい、おかげさまで毎日がんばっています」
「健太くんは、会社にお勤め?」
「はい、まだまだ未熟者のサラリーマンです」
「絵里ちゃんは、大学院に行って、研究者になるのよね?」
「いえ、そういう訳にはいかないで……」
「せっかくたくさん勉強しただろうに、もったいないわね」
「絵里は結局大学からのバイトを続けてまして」
「だったら絵里ちゃん、うちに来ない? たくさん勉強して、色々な経験をしてるんだから、ぜひうちの生徒たちに話を聞かせてあげて」
そう言い出したのは、定年退職して東京のちょっと奥まったあたりで自宅で小さな塾を開いているというおじさんだった。
「うちにも色々な道を目指している子たちがいる。絵里ちゃんの話が、子どもたちの進路を考える一環になってくれたらな、と思うよ。絵里ちゃんさえよければ、どうかな」
「ありがとうございます。改めて後日お返事してもよろしいですか?」
「ああ、絵里ちゃんの仕事の都合もあるだろうし、いつでも連絡していいからね」
「いろいろあるだろうし、おじさんに失礼のない返事をしなさいね」
翌日。
荷物をまとめて、コインロッカーに預ける。
純哉と、お兄ちゃんと遊びに行くために。