第12話「3月24日」
そして迎えた3月24日。
二人の誕生日、そして卒業式。
正しく着るのに苦労したが、7人は揃ってガウン姿で卒業式に現れた。
袴やスーツ姿の中に、ガウンはやはり目立つ。
一人か二人なら恥ずかしくて仕方なかっただろうが、7人一緒なら怖くない。
卒業式、いや修了式と言ってもメインは大多数を占める学部の卒業生。私たち院生は一番奥に座っているだけだ。
この教育学研究科からも誰か主席として修了証書を受け取る人がいるはず。
その時。「有香だ……!」
壇上にいたのは、院の入学式で再会した有香の姿だった。
有香、頑張ったんだな。
「せっかくだし、この角帽投げてみる?」
「7人でひっそりとなら、いいかもな」
「やってみたかったんだ、角帽を投げるの」
「卒業式らしいもんね」
「汚れないかな?」
「室内でやれば大丈夫だろ」
私たちは、せーので角帽を投げあげることにする。
「せーの!」
7つの角帽が、卒業式の会場で舞った。
「純哉と絵里の誕生会しようよ」
「もうしばらくこうやって会えることないからね、盛大にお祝いしようよ」
「純哉、いつ頃あっちに行くの?」
「あと2、3日後にはここを出ないといけないな」
「長いような、短かった2年間だったね」
卒業式当日はみんな都合が悪かったが、翌日なら7人が集まれるそうだ。
翌日。
7人がこの控え室に揃うのは本当に久しぶりだ。
「純哉、絵里、誕生日おめでとう!」
そこでもらったのは、お揃いの茶碗に箸、湯飲みのセット。
「遠からず、必要になると思ってさ」
みんなの視線が私たちに向かう。
「ありがとう。いつになるかはまだ決められないけど、大事に使うよ」
「本当に、決めてないの?」
純哉が答える。
「ああ……でも、なるべく早く決めたいと思ってはいるよ」
「この二人を見るのももう最後かな?」
「結婚式、呼んでよねー」
「ところで、山中」
「なんだ?」
「武川さんの実家の近くに引っ越すんだろ?」
「おかげさまで、そういうことになった」
「結婚するのか?」
「式はまだあげる余裕がないけど、籍だけ入れようと思ってる」
「おめでとう!」
「いろいろとがんばってたもんな、山中。本当に、よかった」
「武川さんにもおめでとうって伝えてくれよ」
「美由紀も、純哉たちのことは心配してる。ずっとそばにいたのに、突然遠距離になって大丈夫かなって」
「ああ、俺たちは大丈夫だって、伝えてくれ」
その日はボスゼミの追いコンが夕方から予定されていた。
昼間の誕生会が終わったあと、俺たちは追いコン会場へと向かった。
「本郷くんたちは、結局どうするんだ?」
「もしかして、もう結婚しちゃうんですか?」
相変わらずみんなのツッコミは鋭い。
「俺が落ち着いたら……と考えています」
「本郷くん、そう思うなら一定の期間を決めたほうがいいぞ。例えば半年とか、1年とか、3年とか。待っている真中さんも、不安になるだろう」
「そう……ですね」
「なんなら、今ここで決めたらどうだ」
みんなの期待の目が二人に向けられる。
「3年は……長すぎると思います。2年……いや、1年で、彼女を迎えに来ます」
どこからともなく、口笛や歓声が上がる。
「男だろうと女だろうと、決めたことは守るのが人間ってものだ。まあ、もう修了してしまうとこちらがどうこういうこともできなくなるんだがな」
1年後か……。長いようで、きっとあっという間だろう。
追いコンも無事に終わり、解散になる。今日は飲む予定だったから電車で帰る予定だったが、案の定終電を逃してしまった。
「純哉、送っていこうか?」
「絵里が?」
彼女もしっかり飲んでいる。
「ううん、今日は親が迎えに来てくれるし、お母さんがなんだったら純哉くんも送っていくって」
「じゃあ、お言葉に甘えて、そうさせてもらおうか……な」
「もう家族にも紹介してるのか」
「はい」
二人の声がハモり、お互い顔を見合わせる。
「なんだ、もうずいぶん話が進んでるんだな。安心したぞ」
2日後。
私はここを出る純哉を見送りに駅にいた。
しばらく会えなくなる。そう思うと寂しいが、それぞれの道だ。
「絵里」
「ん、何?」
「来年の、3月24日に……」
次の言葉を待つ。
「あの場所で、待っててくれないか」
「あの場所って?」
「流石に部外者が大学の建物内は無理か。じゃあ……」
「大学の正門」
「そうだな、そこで待っててくれないか?」
「……うん、分かった」
「約束、な。俺も、また絵里に会えるの楽しみにしてるから」
そうして純哉は東京に向かって旅立っていった。
そして、新生活が始まる。
メールやメッセージでやり取りをする限り、純哉は純哉で頑張っているようだ。
私も、来年の3月24日に胸を張って純哉に会えるように、頑張ろう。
春の風が駆け抜けてゆく。
「よし」
気持ちを新たに、仕事へと向かった。
第三章「3月24日」ーー完ーー