第11話「ガウンと角帽」
ようやく、本当にようやく、ボスに修士論文の最終稿を提出した。
とりあえず、提出した原稿を受け取ってもらえたのだから、後は口頭試問だ。
同じゼミでも、当然純哉と私の研究内容は違う。
研究内容に関係する科目の先生が口頭試問の試験官になるという話は、先輩から聞いていた。
「先輩も、当日まではどの先生が試験官になるかは分からなかったって。予想は出来ても、やっぱり当日の試験本番まで確定はできないって言ってた」
「やっぱり、そうなんだ」
それぞれ進路を決めた八重会の4人で、自分の研究内容からこの先生が試験官になるんじゃないかという予想大会はしていたが、試験当日まではわからないんだ。緊張する。
「純哉、東京いくんでしょ?」
このまま大学に残ると言うなっちゃんに聞かれる。
「ああ、そうだな」
「遠距離恋愛?」
「……そうなる」
「絵里は、不安じゃないの?」
地元の企業から内定をもらえたという八重が畳み掛けるように聞く。
「不安は、やっぱり不安だよ」
「そりゃそうだよ。今までずっとそばにいたんだから、離れるの辛いよね」
「でも、付き合い続けるんだよね?」
「うん……」
「お互い思い続ければ、距離なんて関係ない、と思うけど」
「そうだね、私も気持ちを強く持たなきゃ」
準備をしてはきたが、やはり口頭試問当日はいやというほど緊張する。
試験時間は一人一人時間をずらしてあるようだ。ガチガチで控え室へ向かう。
名前が呼ばれるのを待つ。その部屋に入ってきたのは、純哉だった。
「やっぱり、自分の予想してた先生が試験官だった。だから、絵里の試験官も、予想どおりだと思う」
そして、自分の名前が呼ばれる。
緊張したが、自分の精一杯のことはできたんじゃないかな……と感じた。
純哉の言う通り、本当に予想どおりの先生が試験官だった。もちろんボスや最初に研究室に行った吉野先生も試験官だった。
しばらく何も考えたくない……。
3月に入ったら、卒業や修了できない学生に学生課から電話があるそうだ。学部の卒業の時もそういう話があった。その辺りは変わらないらしい。
「電話、あった?」
「ないよ」
「俺のところにも、ない」
「私も、今のところ、ない」
「じゃあ、もう卒業、いや修了は確定かな?」
「油断はできないけど、そう考えてもいいんじゃない?」
「みんな、卒業式何着る?」
「一度着たし、袴はなんだかな、って」
「俺は無難にスーツだ」
「私も、スーツかな」
「そういえば、外国の大学って、みんな帽子被ってる感じだよね」
「あー、それわかる。よくニュースとかで見る」
「あれ、一度着てみたかったんだよね」
「調べてみようよ」
八重となっちゃんが調べだす。
「みんなで一斉に帽子投げて走り出すのもあるよな」
「よし、それもついでに調べよう」
「帽子投げて走るのは、アメリカの海軍の学校を真似したっていう話があった」
「卒業式のガウンは、日本ではキリスト教系の大学で着るみたい。でも最近はそうでない大学でも着るところがあるとか。学校が貸してくれたりするところとか、レンタル業者もあるって」
「ダメもとで、学生課に聞いてみる? でも、かなり目立つよね」
「院の卒業式って、ドレスで出る人もいるみたいだし、もしかしてなんでもありなのかも」
「せっかくだし、みんなに聞いて見ようよ。どうせなら、7人みんなあのガウンに角帽だと楽しいんじゃない?」
「あ、いいかも」
「うちの大学にあるかないか、とりあえず学生課に聞いてみるわ」
テキパキとなっちゃんと八重が動き出す。
「案外、みんな乗ってくれた。やろうぜ、って感じで」
「うちの大学にはやっぱりガウンは準備してないみたい」
「じゃあ、レンタル?」
「いくらぐらいかな?」
4人でレンタル業者のページを見てみる。
「高いといえば、高いかな」
「でも、袴に着物もそれくらいじゃなかった?」
「スーツならタダだけど、せっかくの卒業式だし、ガウンもいいな」
「みんなそれでいいのかな?」
「また聞いてみるよ。レンタル業者のサイトのアドレスも送っておく」
「結局、みんな借りるのか?」
「かなり探られたよ、他の奴は着るのかって。私たちは着るけど、って話はした。結局、全員借りるって話になった」
「そういえば、山中くんはかなり乗り気だったね。やっぱり……」
「彼女さん、いやもうすぐ奥さんになる人に見せたいからかな」
「武川さんか……懐かしいな」
その気持ちは私も同じだ。これから二人はどうなるのかな。幸せになってほしい。
とりあえず24日に間に合うように頼み込んで、7人分オーダーした。
そう、今年の卒業式は3月24日。
私と、純哉の誕生日。
ギリギリで7人分のガウンが届いた。
「おおー、これがガウンだね」
「なんだかコスプレみたいに見えなくもないかも」
「みんなで着れば怖くない、よ」
そして、私たちは卒業式、いや修了式を迎える。