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サファイアガラス  作者: 望月 明依子
第3章「3月24日」
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第10話「夕暮れの観覧車」



今年の誕生日は特別に何もできなかったな、と思っていた。

八重会で八重となっちゃんに誕生日会をしてくれた時にちょっとしたプレゼントはしていたが、今までのように二人きりで何か、ということはできていない。

そうだ、絵里と二人で旅行に行こう。日帰りできる範囲で。いつもは車だけど、たまには電車とかで。

考えると、わくわくしてきた。日頃なんだかんだで疲れていたのかもしれない。

俺はさっそく目的地を考え始めた。

いくつか調べた中で、これは、という場所を見つけた。当たり障りのない遊園地だが、遊園地に行くこと自体が久しぶりだ。まずは絵里に話をしよう。

「もしもし? 純哉?」

「ああ」

「どうしたの? 何かあった?」

「ちょっと、作戦会議だ」

絵里にアイデアを話す。

「いいね! 楽しそう! そこ、行ったことないから、楽しみ」

「じゃあ、今度日程を考えよう。次のゼミで」

「うん、わかった」


次のゼミの日。

ボスは最後にポツリと「来週、俺いないから。再来週まで休みだ」

こうも長く休みになるのは珍しい。もしかしたら、今なのかもしれない。

ゼミ後、二人で控室に行く。

「来週、休みだよな?」

「うん、確かにボスはそう言った」

「よし、来週だ。平日なら土日よりは空いてるはず」

「本来ならゼミのある時間帯に、遊びに行くのもドキドキするね」

そうして、俺らは来週のゼミの日に遊園地に行くことにした。


遊園地なんて久しぶりだ。絵里も楽しそうにしている。

「ここ、やっぱり楽しいね! ずっと前から行きたいと思ってたから、純哉が連れてきてくれてよかった」

「たまには、息抜きも必要だよな」

「うん、そうだね」

俺は、サプライズの最後の締めのイベントの準備をする。

ペンダント用のチェーンを2本準備していた。それを、観覧車の中で渡すのだ。

大学から院に行く時に渡したあの指輪、二人ともさすがに日常的に付けているわけにはいかない。そんなことしたらみんな、特にボスに色々と突っ込まれる。

だったら、チェーンを通して、ネックレスにしたらどうか。それなら身につけるのにも都合がいいのではないか。せっかくのお揃いなんだから、袋の中で眠らせているのも何だかもったいない。

予定通り、夕日の沈む頃、俺は絵里を観覧車に誘うことに成功した。




夕日の沈む頃に観覧車。すごくロマンチックだ。

純哉がそんな場所に誘ってくること自体に驚いたけど、夕日が沈み、薄暗くなってくる頃に一緒に二人でいるとドキドキを止められない。

「絵里」

「な、何?」

突然純哉に声をかけられてびっくりした。

「これ」

純哉は包みを渡す。

「これは?」

「開けてみて」

包みを開けてみる。そこに入っていたのはチェーン、しかも2本。

「2本? 2本ともなんだか違う感じ……」

「俺と、お揃いだ」

?という記号で頭がいっぱいになる。でも、鎖だけ?

「指輪……」

「あ!」

普段は手持ちのポーチに入れているが、疲れた時とか、ちょっと寂しいときに出して、左手の薬指にはめてみる。そうすると、何だか心が落ち着く。

「指輪……いつもつけてるわけにはいかないだろ?」

「確かに、そうかも」

「指輪を鎖に通して、ネックレスにすれば……」

そういえば、指輪は指にはめるものという感覚しかなかった。そうか、鎖を通してネックレスにすれば、今よりもっと安心できるんじゃないか。

「一緒に作ろうと思って、2本ある」

私は指輪を取り出す。純哉も自分のバッグから指輪を取り出す。

とりあえず、左手の薬指に通してみる。

「なんか、ここに指輪すると、安心するんだ」

「薬指って、心臓に関連するとか聞いたことがある。だから、結婚指輪も左手にするとか。でも、なかなかつける機会ないし、それだったらペンダントにすれば、いつも身につけていられるんじゃないかって思って」

「そうだね」

それぞれ、自分の持っている指輪を鎖に通す。細い鎖と太めの鎖。ペアネックレスのようだ。

そしてそれを自分の首につける。どこからかの照明が純哉の指輪に当たり、キラリと輝いた。

「ありがとう、こうするともっと安心する気がする」

ちょうど観覧車が一周して、係員の人がドアを開ける。

私たちは手をつないで、観覧車を後にした。

今日は車じゃなく電車で来ている。時間も考えないといけない。

ライトアップされた観覧車を背に、俺たちは電車に乗って帰る。



あれから、メールやメッセージはするけど、会えない日々が続いた。

ゼミで会うことはできるが、あまり引き止めてはいられない。今は大事な時期なのだろうから、邪魔したくない。

私は、院の1年まで続けていたアルバイトを来年からも続けようと思っていた。好きな仕事だったし、やりがいもある。もちろん、学生じゃなくなるから、今までみたいに週2、3じゃダメだと思うけど。

親も、もう無理にいろいろな話を進めてこようとはしない。

ゼミでボスと3人で話をするから、純哉が来年からどうするつもりかも聞いている。

純哉は大学4年の時と同じように、地元と東京や大阪、名古屋など日程が重ならないあらゆる地域の教員採用試験を受けに行くのだそうだ。

交通費もかかるだろうし、やっぱりプレッシャーもすごいだろう。

ボスはどちらかというと今の4年生の進路のほうが気になるようで、私たちの進路には無理に干渉しようとしない。

今は、自分の論文を進めよう。純哉が落ち着いた頃に、一度ゆっくり会って話ができたらいい。

去年とは違って、あっという間に過ぎていった夏だった。



秋。

夏休みが終わる頃、ボスゼミで。

「本郷くん、おめでとう。よく頑張ったな」

「ありがとうございます」

私は知っていた。純哉が東京での試験に合格し、そっちで先生になるつもりだということを。

久しぶりに時間が取れそうなので、ゼミの後に話を聞く。

「こっちにいれたら、良かったんだけど」

「でも、それが純哉の目標なんでしょ?」

「うん、まあな。でも、絵里と離れることが、辛い」

「それは、仕方がないよ。こういう日が来るのは、なんとなくだけど感じてたから」

「ごめん……」

「純哉が謝ることじゃないよ。先生になる夢、叶えられたんだから。そう思うと、私も嬉しい」

「絵里は、ここに残るんだよな」

「うん、色々考えたけど、あの仕事をもう少し続けようと思う」

二人とも黙りこむ。

「純哉」

沈黙を破ったのは私だった。

「もし純哉にもっといい人ができたら、こっちにいる私、重荷になるんじゃないかな。だったら、今……」

最後まで言葉を繋げられない。ずっと、ずっと一緒にいると思ってたから。

「理由にならない」

「えっ」

「遠距離恋愛だからって、別れる理由にはならない。それに、地元に彼女、いやもう結婚を約束した相手がいるんだから、そんなこと考えない。だから、別れる理由にはならない」

「でも、1年目って忙しいって聞くけど」

「それも関係ない。それとこれとは別物だ。だから……」

二人とも泣きそうな顔をしていたんだろう。

「別れるなんて、言わないで欲しい……」

「本当に、それでいいの?」

「……いつになるか今はわからないけど、絵里を絶対迎えに行く。だから、それまで待っていてほしい」

「うん……」

夜は少し冷え込む。私を抱き寄せる純哉の体温が、あたたかかった。



そして、私たちは残る大学院生活を、論文作成と口頭試問通過に向けてひた走る。

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