第9話「夜桜の彼女」
「寒いね」
「まだ春って言っても、寒いな」
「桜っていつ頃咲くのかな?」
「3月の終わりごろかなぁ」
「花見、したいね」
「花見、いいな。昼でもいいし、夜でもライトアップされてるとこもあるし」
「八重となっちゃんにも声かけてみる?」
「人が沢山のほうが、花見って楽しいからね。4人ぐらいっていうのもいいかも」
「もうみんなで集まるってこともなかなかないよね」
「研究室の都合とか、論文の進み具合もあるからな」
「そういえば、なっちゃんの研究室は花見が恒例行事なんだって」
「ボスが研究室みんなで花見するなんて話は聞いたことないなぁ。なっちゃんの研究室、先生と学生が仲良いらしいから、できるんだろうな」
「うちじゃあムリかな」
「交渉してみてもいいけど、期待薄だろうな」
そんな話をして数日後、意外や意外、ボスがゼミついでに私たちに提案してきた。
「研究室で、花見しよう。新歓には少し早いから、今の3年生と、あなたたちで」
「いいですね」
そう返したのは純哉だ。
「じゃあ、よろしく」
よろしくって言われても。
純哉が察したかのように言う。
「ボスは、いわば許可を出す、まあ、責任者って感じかな。 だから、内容にはほぼノータッチで、楽しむ。まあ、たまに差し入れしてくれることもあるんだけど。まあ、悪ふざけに関しては、主謀者だがな」
去年の新歓を思い出す。あれは、ボスが一番楽しんでいた。
「とりあえず、みんなに声かけるか」
純哉は、後輩たちに連絡をし始めた。
そして、大通りの桜の木の下で、花見をすることが決まった。
夜になると、あのあたりの桜はライトでほんのり照らされる。そこで花見をする。
企画から買い出しまで、みんなでやるからあっと言う間だ。
去年同様、私たちはボスや後輩たちにいじられてながらも花見は無事に終了した。
次は八重会での夜桜だ。
八重会で夜桜の名所に行くとしていた日。
時間になっても、八重もなっちゃんもいない。
「純哉、なっちゃんと八重は?」
「二人とも、今日は急に来れなくなって、明日ならって連絡があった。今日は、二人で夜桜デートしてきなよ、絵里にはサプライズでさって」
「え? そうなの? 八重は?」
「八重からも、連絡があった。なっちゃんの後だったから、もしかしたら合わせたってこともあるかもけど」
「二人で……夜桜?」
「そうだな」
私たちは、少し照れながら夜桜の名所へと向かう。
久しぶりに二人きりで遠くへ出かける。少しワクワクする。なっちゃんと八重に感謝だ。
夜桜の名所に着く。月と街灯でほんのりライトアップされた夜桜。その風景に、絵里が映える。
とても綺麗だ。
むかし、あの海の見える公園で、海に持って行かれそうに見えた絵里とは大きく違う。今は、花を散らすようなちょっと強い、冷たい風にも彼女は負けていない。
もちろん、彼女が繊細であることにはやはり変わりはない。それでも、どこか強くなった、そんな気がした。
何だったか、スマホの液晶画面に使われてる……ああ、サファイアガラスっていうやつだ。
絵里は繊細さと強さを持ったんだ。そんな彼女をより愛おしく感じる。
「純哉、どうしたの? 大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ」
「ポーッとしてたから、具合でも悪いかと思った」
「大丈夫。元気だよ」
寒くなってきたから、あたたかい飲み物を買ってベンチで一休みする。
「みんなで来たかったね」
「明日また来るだろ」
「そうだね」
一通り夜桜を見終えた俺たちは、帰路に着いた。
絵里を家まで送り届け、「お茶でも」という絵里のお母さんに少し甘えてお茶を頂いた。
家に帰ったのは夜中になった。
次の日。八重もなっちゃんもちゃんと揃って、八重会の花見が始まる。
場所は昨日と同じ、夜桜の名所。
4人で昨日と同じ道を歩く。
4人でいると、話がはずむ。
「純哉と絵里は昨日も来たんでしょ?」
「だって、なっちゃんも八重も用事があるって、純哉から聞いたし」
「まあ、急用があったのは事実だから」
「ねー」
「たまには二人きりっていうのもいいんじゃないかって。だから絵里には秘密にしたの」
二人の気遣いに感謝して、俺たちは昨日辿った夜桜の道を四人で改めて見物していく。
なっちゃんと八重と別れて、絵里を家まで送っていく。今日はお茶は固辞した。
「また、二人きりで、出かけたいな」
「うん、今日も楽しかったけど、やっぱり昨日のお出かけ、楽しかった」
「またどこか、行こうな」
「うん」
俺は、あるイベントを考えていた。