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サファイアガラス  作者: 望月 明依子
第3章「3月24日」
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第八話「正月の大騒ぎ」



正月、俺と絵里は大学で合流した。一月一日だし、待ち合わせも午前中は避けて、午後にした。

「絵里、話できた?」

「何とか。まずお姉ちゃんを攻略したのが良かったみたい。親と話をするときも、完全に味方になってくれて、話を進めやすかった」

「どんな反応だった?」

「実際に顔を見て、話をしてからでないと何とも言えないって感じだった。まあ、そうだよね。親も警戒するよね」

「まあ、そうだろうな」

「純哉は?」

「俺も、頑張って話をした。とりあえず、連れておいでって。うちは男兄弟だから、女の子が遊びに来ること自体も珍しいし、兄貴にも今までそんな話なかったからな。何だか楽しみにしてる感もある」

「何だか、そう言われるとそれはそれでプレッシャー……」

「まずは、絵里の家からだ。俺、生きて帰れるかな」

「何かあったら、お姉ちゃんに助けてもらうよ」

「そういえば、お兄さんは?」

「帰ってきて、毎日友達と遊んでる。今日も朝から遊びに行くって出かけてる」

「そうか、お兄さんとも顔を合わせてみたかったけどな」


大学から絵里の家までは、車で10分くらい。

普段は自転車で20分くらいで通っているから、もともとそんなに遠い場所ではない。とはいえ、この10分は緊張の10分だ。

絵里の家に着く。何度も家の前までは来ているが、それから先に入るのは初めてだ。

「ただいま」

「お邪魔します」

「おかえり、あら、いらっしゃい」

絵里のお母さんが出迎えてくれた。

「本郷 純哉です」

「話は絵里から聞いてますよ。さあ、こちらへどうぞ」

客間にはお正月らしく御節料理が並んでいる。その他にも、4人か5人では食べきれないであろう量のご馳走が並んでいた。

「絵里がいつもご迷惑をかけているようで、ごめんなさいね。今、お父さんは年賀状出しに行ってるから、もうしばらく待っていてくれるかしら」

「はい」

「絵里」

女性の声がする。お母さんとは違う声だ。

「お姉ちゃん!」

現れた女性は、ホールケーキを持っていた。

「ケーキ作ってみたんだけど、口に合うかな?」

「わあ!」

絵里はすごく驚いている。

「ありがとう、お姉ちゃん」

「食べてみて。おいしいかは、分からないけど」

「いただきます!」

「由里、ケーキは後で出しなさいよ。ごはんまだなんだから」

「でも、せっかく作ったんだもん。一口だけでも、出来立てを食べてほしいからさ」

お姉さんにケーキを切り分けてもらい、少しだけ頂くことにする。

ドアの開く音が聞こえてきた。

「あ、お父さん帰ってきたかな」

緊張が高まる。


そこに現れたのは、二人の男性だった。

「はじめまして。絵里の父、達也です」

「絵里の兄、健太です」

絵里はさらに驚きを隠せないようだ。

「お兄ちゃん、今日も遊びに行くって……」

「絵里の彼氏が来るんなら、顔見たいと思ってさ。本郷くん、だったっけ?」

「はい、本郷純哉です」

「よーし、純哉、遊び行こうぜ! 俺、正月は暇してるからさ」

「お兄ちゃん、友達と遊ぶのは……?」

「1日や2日、なんてことないさ。奴らとはしこたま遊んできたし、次は弟と遊ぶ」

なんだかとんでもない歓迎をされている気がする。それはそれで俺もプレッシャーを感じてしまう。

「この後、俺の家にも行くので……」

「絵里と行くのか? 弟よ、頑張れ!明日にでもまた遊びこいよ、弟のためなら予定はいくらでもあけられる」

この人は、いつもこんなテンションなのだろうか。

「まあ、食べて下さい。みんな揃うことも滅多にないんだし」

5人プラス俺で、おせち料理を食べる。他のご馳走も、美味しい。

車を運転するので、お酒は辞退したが、正月の雰囲気と家族が久しぶりに揃ったことで明るい感じがした。

「純哉、どこ行く? 行きたいところ連れて行くぞ。あ、絵里も来るか?」

「健太、さすがにいきなりは緊張するだろう。また今度でもいいんじゃないか?」

「せっかく将来の弟がいるんだから、遊び行きたいよ」

「純哉くん、すまないね。健太も久しぶりに帰ってきたからか、浮かれてるみたいだ」

「いいえ、また遊びに来ます。よければ、お兄さんと遊びに行きたいです」

俺は、そう答えるのが精一杯だった。

ずいぶん絵里の家にいた気がする。そろそろ、おいとましなくては。

「じゃあ、そろそろおいとまします。今日はありがとうございました」

絵里も揃って頭を下げる。

「絵里も行くの?」

「うん」

「純哉くんのご両親、ご家族に迷惑かけないようにね」

「はい」

そして、俺たちは車に乗り込み、俺の家へと向かった。




うちの親が歓迎ムードでよかった。お父さんやお母さんもだけど、お兄ちゃんの歓迎っぷりには

正直驚いた。

次は、純哉の家だ。何か言われはしないかと不安になる。

「絵里、緊張してる?」

「うん、かなり」

「大丈夫だ。俺の親も、絵里が来るのを楽しみにしてる。何かいわれても、俺がついてるから」

少し気が楽になったが、まだまだ緊張する。二人とも緊張しながら、純哉の家へと向かう。

「ただいま」

「お邪魔いたします」

声が裏返ってしまった。

「絵里ちゃん! あなたが絵里ちゃんなのね! いつも純哉がお世話になってて、ありがとう。さ、どうぞ」

純哉のお母さんに思った以上に暖かく受け入れられ、私たちは純哉の家へと上がる。

「おお、あなたが絵里ちゃんだね。待ってたよ。ささ、どうぞ」

「絵里ちゃん、お酒大丈夫?」

「はい、少しは」

「ビールは大丈夫?」

「はい」

「じゃあ、はい。お父さんにも」

二人分のグラスが用意される。

「純哉は?」

「ジュースでいいや」

「あんたは今は飲んじゃダメだからね。絵里ちゃんの家でも、まさか飲んでないでしょうね?」

「もちろん」

うちの料理に負けていない豪華な料理だ。少しは食べていたようだが、まだほとんど残っている。

「純哉が帰ってきたら食べようと思ってたけど、お父さんがお腹減ったからって、早々と食べちゃって」

「いえ、大丈夫です。すみません、遅くなりまして」

「いいのよ、今年は3人だと思ってたから。絵里ちゃんが来てくれて、明るくなったわ」

「兄貴、帰らないって?」

「ああ、仕事の関係で、帰ってもすぐ戻らないといけないから今年は帰らないって」

「残念ね。こんな可愛い妹がいるのに」

驚いた。初対面の、純哉のお母さんに言われるなんて。

「食べて。料理が絵里ちゃんのお口に合うといいんだけど」

数品を口に入れる。

「美味しいです、すごく」

「よかったわ。これでも、頑張ったのよ」

「ありがとうございます」

結局お兄さんに会うことはできなかったが、暗くなるまで純哉の家にお邪魔した。

「そろそろ、絵里を送っていくから」

と純哉が言い出したのはずいぶん暗くなった頃だった。

「またいつでも遊びにおいで。絵里ちゃんならいつでも大歓迎よ」

「純哉、ちゃんと責任持って絵里ちゃんを送っていけよ」

「もちろん」

私たちは純哉の家を後にした。



「びっくりした。何かいわれるんじゃないかって緊張してたから」

「俺も、絵里のお兄さんにあそこまで歓迎されるなんて、思ってもなかった。弟、って呼んでくれたのは嬉しかったけど」

「ふだんあんなにテンション高い人間じゃないけど、男の子がいたのが嬉しかったのかな」

「うちも、女の子が遊びにくるってだけで、大盛り上がりだったよ。母親のあんなに張り切って料理する姿、たぶん初めて見た」

行きとは全く違う、穏やかな雰囲気だ。

俺は家の前で絵里を降ろす。

「また連絡するから」

「うん」



正月休みは同窓会や遠くの大学に行った友達に会ったりして、結局また絵里に会えたのはもうすぐ冬休みも終わるという頃だった。

初詣というには少し遅いが、地元で一番大きな神社へ行く。

「冬休み、終わっちゃうね」

「あっと言う間だったな」

「合宿もあったし、何だか充実した冬休みだった気がする」

「そうだな、楽しかった。いつぶりだろうな、楽しい冬休みなんて」

これからは、忙しくなるんだろうな。でも、頑張ろう。



冬休みが終わったら、またいつもの忙しい日々に戻る。もうすぐ院2年だ。授業を受けながら、少しずつ修士論文を進めてはいる。ボスにダメ出しされたり、アドバイスされたりしながら。絵里も毎日忙しそうだ。

そんな俺たちのオアシスが、不定期ながら開催する八重会だった。

何でもないことを、お菓子やジュース、お茶を飲みながら語り合う。日々の忙しさを、少しは忘れられるひと時。

とりあえず、この冬を乗り切ろう。来年というより2年のことは、春になってから考えよう。



先輩が無事に修士論文の口頭試問に合格し、修了が確定したとの話を聞いて、安心した。最後の一ヶ月は、昼夜問わず研究室の明かりがついていた。一度たまたま先輩がいないときに研究室に入ったら、論文で使う資料が散乱していた。俺らも、こうなるのか。


長い春休み。きっと、最後の。

絵里と俺は、まだ肌寒さの残る海が見える公園にいた。

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