第七話「裏合宿」
冬の夜は風呂に限る。温泉だったらもっといい。
前回と同じ温泉だが、今度は泊まりなので入る時間に気を使うこともない。とりあえず、到着したら荷物を下ろし、観光することにした。
前回は回る余裕のなかった場所も、今回は見て回る時間がある。きれいな景色や名所を7人で堪能した。
夕食を7人で囲む。部屋は別だが、食事はグループで食べられるようにしてくれていた。
「貸し切り風呂にするっていう方法もあったけど、一組5人までだって。7人は無理だった」
「ちょっとした混浴になっちゃうじゃん! 恥ずかしい……」
「さすがに混浴は……照れる」
男子からも声が上がる。
「じゃあ大浴場で問題なかったね」
食事の後、部屋それぞれで好きな時に大浴場に入りに行くことにして、夜9時に、私たち3人が男子部屋に乗り込む予定を立てた。
「ちょっとお湯熱い……」
「この辺りは源泉の温度が高いから、ある程度水で埋めないと熱いよね」
「長風呂はキツい」
女子3人は、以前より熱い気がした風呂に敗退したように帰ってきた。
「前こんなに熱かったっけ?」
「もう忘れちゃった」
「ふぅー」
浴衣姿にサイダーで、熱さを冷ます。
「あっ」
「どうした、なっちゃん」
「もう8時半だよ、そろそろ戻らないと」
「髪も乾かしたいしね、戻りますか」
俺らはわざわざ連れ立って入りに行くことはしない。適当に入りたい時に「風呂入ってくるわ」で済ます。誰か入っていても、あまり気にしない。
9時にはみんな戻ってきていた。こちらの部屋にたくさんおつまみやお菓子、飲み物を買い込んでいる。夜更かしするには最高の状態だ。
「みんなー、来たよー」
「はいはーい」
答えたのはドアの近くにいた品川だった。
3人を迎え入れると、準備して、温泉での総会開始だ。
「温泉入った?」
「ああ、行ってきた」
「あれ、かなり熱くなかった?」
「俺はちょっと熱いくらいだったかな」
「俺にはあれは熱すぎた。ゆっくり入りたくても、熱すぎて体がヒリヒリした」
「熱かったけど、なかなかよかった。明日の朝も入るかな」
「みんな、熱いの強いね」
「熱すぎてアレはキツかった」
酒を飲み、お菓子をつまみながら夜は更けていく。
「新城さん、付き合って長いの?」
「うん、高校からの付き合いだし、かなり長いかな」
「岡野さんも?」
「そうね、なっちゃんほどじゃないけど、結構長いと思う」
「絵里と純哉は、3年目?」
「相変わらずでしょ?」
「いつもラブラブだもんねー」
いつものことだが、俺らの話になって大体騒ぎが落ち着く。安定した話題といったところか。
しかし、今回は違った。山中が、酔った勢い以上の爆弾発言をしたのだ。
「山中、あの後武川さんとはどうなんだよ」
「結婚することにした」
その一言に、場の空気が一瞬静まる。
その後、7人いるこの部屋は蜂の巣をつつきまわしたような騒ぎとなった。
「てことは、学生結婚?」
「院は出るの?」
「マジか……」
「お前、学生でどうやって生活していくんだ? まさか責任取れとかいうやつ……」
「それは、それだけは違う。やっぱり一緒にいたいってお互い思って、決めた。まあ、結婚するってそんなに簡単なものでも、軽いものでもないとはわかってはいるけどな」
「で、いつなんだ? 院出てからか?」
「早かったら、その頃かな。今就活してるから、それが上手くいけばの話だけど」
「美由紀ちゃん、先生になったんだよね?」
彼女のことを少しだけ知っている絵里も口を挟む。
「ああ。だから、彼女の実家近くで働けるように就活中だ」
「あらあら、なんだか知らないうちにねぇ」
「でも、おめでたいことじゃない! とりあえず、乾杯しましょ」
みんなその場にあるビールやチューハイを手にして、山中と武川さん、もちろん武川さんを知らない子の方が多い中でだが、二人を祝った。
「一番最初は純哉と絵里だと思ってたのにねー」
「絵里、先越された感?」
「それはないけど、びっくりはした」
「武川さん、一応社会人だしな」
「どっちかが社会人だと、やろうと思えばそういうこともできるよな」
「でも、山中も院を出て就職してからの話だろ?」
「今の流れだとな」
「それ、本当に責任とれって流れじゃないだろうな?」
「それだけは断じて違うって」
意外ではあったが、なかなかの盛り上がりを見せた温泉宿の夜だった。
翌朝、7人で朝とは思えないほどの朝ご飯を堪能した。その後俺らの部屋では朝風呂に行く奴、チェックアウトぎりぎりまで寝る奴いろいろだ。俺は黙々と片づけをしていた。
「本郷」
「何だ?」
山中が話しかけてきた。
「お前、真中さんとはどうするかって考えてるのか?」
品川は朝風呂に、荒木はぎりぎりまで二度寝したいと言って眠りこけている。そういう話をするにはこの状況は一番かもしれない。「俺は……真中さん……絵里とは、きちんとしたいと思っている」
「きちんとって?」
「結婚するってことかな」
「俺、美由紀と結婚するって話にはなったんだけど、すっごく不安でさ。まだ今学生だし、一応結婚するのは卒業後にって話はしてるけど、それでも彼女はもう社会人経験があるわけで、俺はやっと社会に出ていく第一歩を踏み出そうとしてるのに。なんか、負い目を感じるっていうのか」
昨日の夜あれだけ盛り上がっていた山中も、心の中は不安でいっぱいなのだ。
「俺は、二人がお互いを大切にできればいいと思う。時間が経てば、そういうことも問題にならなくなる……んじゃないかな」
「美由紀以外にこの話をしたの、初めてでさ。言ったあとで、なんだか怖くなった」
「この話って、結婚するなんて大事なことを親に言ってないのか?」
「俺の親には就活が成功したら言おうと思ってた。美由紀のご両親……には、頭を下げて納得してもらったけど」
「すごいな、それ聞いただけで山中が人生の大先輩に見える」
「お前らは、親とかに話してないのか?」
「俺の親にも言ってないし、絵里のご両親も多分俺のことは知らないと思う。彼女も、俺の話は誰にもしてないって言ってたから」
「考えがあるんだったら、早め早めに根回しはしていった方がいいと思うぞ。お前らがこれから先、いつ一緒になるかは知らないが」
「そうだな。そろそろ、親には話しとかないといけない頃かも」
「うまくやっとけば、周りもきっと祝福してくれるだろうからな」
品川が朝風呂から帰ってきて、3人で寝起きの悪い荒木をたたき起こして、俺ら7人はチェックアウトした。
大学まで戻ってきて、この合宿は解散となる。
俺は、帰ろうとしている絵里を呼び止めた。院生控え室は電気がついているので、先輩がいると思い、教育学部の控室に行く。
「絵里、親とかお姉さんとかお兄さんに俺の話したことあるか?」
「いや、ない……。ずっと秘密にしてた。お姉ちゃんは何となく感づいているみたいだけど」
「俺も、家族には誰にも絵里の話はしてない。でも、これから先のことを考えると……」
「話さなきゃいけない時が、来るよね」
「ああ。できる限り、好印象でいたほうがいいよな、お互いに。結婚する……とかいう話になるんだったら」
「今年のお正月、会ってみる?」
びっくりした。絵里からそういう言葉が出るとは、思ってもいなかったからだ。
「お兄ちゃんも帰ってくるらしいし、まずお姉ちゃんあたりから攻めていけば、もしかしたら親の印象もよくなるのかなって」
「って、印象がそんなに悪いのか?」
「ううん、そういうわけじゃなくて。いきなり娘が彼氏を連れてくるわけだから、親も警戒するんじゃないかと思って」
俺は突然ではあるが、ここで腹を括らざるを得ない状況になった。
「分かった。次の正月、絵里のご両親とお姉さんとお兄さんにご挨拶に行く」
絵里も表情が固くなっている。
「でも、いきなり絵里さんをくださいなんてことは言わない。付き合ってますのご挨拶ぐらいだ」
「じゃあ、あたしも、ご挨拶しに行かないといけないよね?」
そうだ。片方にだけ挨拶して済む問題ではない。
「緊張するけど、私も行くよ。お正月かどうかはわからないけど、できるだけ早く」
そう口にする絵里の様子には、以前抱いたはかなさ、力弱さのようなものは感じられなかった。絵里が強くなったような、しっかりしたような気がした。
「じゃあ、お互い、ちゃんとあいさつしよう。何だったら、同じ日にそれぞれ挨拶してしまえば、緊張が1日で済むんじゃないか?」
俺と絵里の家はそんなに離れてはいない。往復するのに全く問題がある距離でもない。
「1日で済むならそれが楽かも。倍くらいの緊張になりそうだけど」
「じゃあ、また電話ででも打ち合わせしよう。俺も、なんだか緊張してきた」
お互い緊張感を漂わせながら、俺たちは家に帰った。次の正月は、正念場になりそうだ。
そうしながら迎える、新年。
俺は、絵里と落ちあった。