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サファイアガラス  作者: 望月 明依子
第3章「3月24日」
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第七話「裏合宿」



冬の夜は風呂に限る。温泉だったらもっといい。

前回と同じ温泉だが、今度は泊まりなので入る時間に気を使うこともない。とりあえず、到着したら荷物を下ろし、観光することにした。

前回は回る余裕のなかった場所も、今回は見て回る時間がある。きれいな景色や名所を7人で堪能した。


夕食を7人で囲む。部屋は別だが、食事はグループで食べられるようにしてくれていた。

「貸し切り風呂にするっていう方法もあったけど、一組5人までだって。7人は無理だった」

「ちょっとした混浴になっちゃうじゃん! 恥ずかしい……」

「さすがに混浴は……照れる」

男子からも声が上がる。

「じゃあ大浴場で問題なかったね」


食事の後、部屋それぞれで好きな時に大浴場に入りに行くことにして、夜9時に、私たち3人が男子部屋に乗り込む予定を立てた。

「ちょっとお湯熱い……」

「この辺りは源泉の温度が高いから、ある程度水で埋めないと熱いよね」

「長風呂はキツい」

女子3人は、以前より熱い気がした風呂に敗退したように帰ってきた。

「前こんなに熱かったっけ?」

「もう忘れちゃった」

「ふぅー」

浴衣姿にサイダーで、熱さを冷ます。

「あっ」

「どうした、なっちゃん」

「もう8時半だよ、そろそろ戻らないと」

「髪も乾かしたいしね、戻りますか」




俺らはわざわざ連れ立って入りに行くことはしない。適当に入りたい時に「風呂入ってくるわ」で済ます。誰か入っていても、あまり気にしない。

9時にはみんな戻ってきていた。こちらの部屋にたくさんおつまみやお菓子、飲み物を買い込んでいる。夜更かしするには最高の状態だ。

「みんなー、来たよー」

「はいはーい」

答えたのはドアの近くにいた品川だった。

3人を迎え入れると、準備して、温泉での総会開始だ。

「温泉入った?」

「ああ、行ってきた」

「あれ、かなり熱くなかった?」

「俺はちょっと熱いくらいだったかな」

「俺にはあれは熱すぎた。ゆっくり入りたくても、熱すぎて体がヒリヒリした」

「熱かったけど、なかなかよかった。明日の朝も入るかな」

「みんな、熱いの強いね」

「熱すぎてアレはキツかった」

酒を飲み、お菓子をつまみながら夜は更けていく。

「新城さん、付き合って長いの?」

「うん、高校からの付き合いだし、かなり長いかな」

「岡野さんも?」

「そうね、なっちゃんほどじゃないけど、結構長いと思う」

「絵里と純哉は、3年目?」

「相変わらずでしょ?」

「いつもラブラブだもんねー」

いつものことだが、俺らの話になって大体騒ぎが落ち着く。安定した話題といったところか。

しかし、今回は違った。山中が、酔った勢い以上の爆弾発言をしたのだ。

「山中、あの後武川さんとはどうなんだよ」

「結婚することにした」

その一言に、場の空気が一瞬静まる。

その後、7人いるこの部屋は蜂の巣をつつきまわしたような騒ぎとなった。

「てことは、学生結婚?」

「院は出るの?」

「マジか……」

「お前、学生でどうやって生活していくんだ? まさか責任取れとかいうやつ……」

「それは、それだけは違う。やっぱり一緒にいたいってお互い思って、決めた。まあ、結婚するってそんなに簡単なものでも、軽いものでもないとはわかってはいるけどな」

「で、いつなんだ? 院出てからか?」

「早かったら、その頃かな。今就活してるから、それが上手くいけばの話だけど」

「美由紀ちゃん、先生になったんだよね?」

彼女のことを少しだけ知っている絵里も口を挟む。

「ああ。だから、彼女の実家近くで働けるように就活中だ」

「あらあら、なんだか知らないうちにねぇ」

「でも、おめでたいことじゃない! とりあえず、乾杯しましょ」

みんなその場にあるビールやチューハイを手にして、山中と武川さん、もちろん武川さんを知らない子の方が多い中でだが、二人を祝った。

「一番最初は純哉と絵里だと思ってたのにねー」

「絵里、先越された感?」

「それはないけど、びっくりはした」

「武川さん、一応社会人だしな」

「どっちかが社会人だと、やろうと思えばそういうこともできるよな」

「でも、山中も院を出て就職してからの話だろ?」

「今の流れだとな」

「それ、本当に責任とれって流れじゃないだろうな?」

「それだけは断じて違うって」

意外ではあったが、なかなかの盛り上がりを見せた温泉宿の夜だった。



翌朝、7人で朝とは思えないほどの朝ご飯を堪能した。その後俺らの部屋では朝風呂に行く奴、チェックアウトぎりぎりまで寝る奴いろいろだ。俺は黙々と片づけをしていた。

「本郷」

「何だ?」

山中が話しかけてきた。

「お前、真中さんとはどうするかって考えてるのか?」

品川は朝風呂に、荒木はぎりぎりまで二度寝したいと言って眠りこけている。そういう話をするにはこの状況は一番かもしれない。「俺は……真中さん……絵里とは、きちんとしたいと思っている」

「きちんとって?」

「結婚するってことかな」

「俺、美由紀と結婚するって話にはなったんだけど、すっごく不安でさ。まだ今学生だし、一応結婚するのは卒業後にって話はしてるけど、それでも彼女はもう社会人経験があるわけで、俺はやっと社会に出ていく第一歩を踏み出そうとしてるのに。なんか、負い目を感じるっていうのか」

昨日の夜あれだけ盛り上がっていた山中も、心の中は不安でいっぱいなのだ。

「俺は、二人がお互いを大切にできればいいと思う。時間が経てば、そういうことも問題にならなくなる……んじゃないかな」

「美由紀以外にこの話をしたの、初めてでさ。言ったあとで、なんだか怖くなった」

「この話って、結婚するなんて大事なことを親に言ってないのか?」

「俺の親には就活が成功したら言おうと思ってた。美由紀のご両親……には、頭を下げて納得してもらったけど」

「すごいな、それ聞いただけで山中が人生の大先輩に見える」

「お前らは、親とかに話してないのか?」

「俺の親にも言ってないし、絵里のご両親も多分俺のことは知らないと思う。彼女も、俺の話は誰にもしてないって言ってたから」

「考えがあるんだったら、早め早めに根回しはしていった方がいいと思うぞ。お前らがこれから先、いつ一緒になるかは知らないが」

「そうだな。そろそろ、親には話しとかないといけない頃かも」

「うまくやっとけば、周りもきっと祝福してくれるだろうからな」

品川が朝風呂から帰ってきて、3人で寝起きの悪い荒木をたたき起こして、俺ら7人はチェックアウトした。



大学まで戻ってきて、この合宿は解散となる。

俺は、帰ろうとしている絵里を呼び止めた。院生控え室は電気がついているので、先輩がいると思い、教育学部の控室に行く。

「絵里、親とかお姉さんとかお兄さんに俺の話したことあるか?」

「いや、ない……。ずっと秘密にしてた。お姉ちゃんは何となく感づいているみたいだけど」

「俺も、家族には誰にも絵里の話はしてない。でも、これから先のことを考えると……」

「話さなきゃいけない時が、来るよね」

「ああ。できる限り、好印象でいたほうがいいよな、お互いに。結婚する……とかいう話になるんだったら」

「今年のお正月、会ってみる?」

びっくりした。絵里からそういう言葉が出るとは、思ってもいなかったからだ。

「お兄ちゃんも帰ってくるらしいし、まずお姉ちゃんあたりから攻めていけば、もしかしたら親の印象もよくなるのかなって」

「って、印象がそんなに悪いのか?」

「ううん、そういうわけじゃなくて。いきなり娘が彼氏を連れてくるわけだから、親も警戒するんじゃないかと思って」

俺は突然ではあるが、ここで腹を括らざるを得ない状況になった。

「分かった。次の正月、絵里のご両親とお姉さんとお兄さんにご挨拶に行く」

絵里も表情が固くなっている。

「でも、いきなり絵里さんをくださいなんてことは言わない。付き合ってますのご挨拶ぐらいだ」

「じゃあ、あたしも、ご挨拶しに行かないといけないよね?」

そうだ。片方にだけ挨拶して済む問題ではない。

「緊張するけど、私も行くよ。お正月かどうかはわからないけど、できるだけ早く」

そう口にする絵里の様子には、以前抱いたはかなさ、力弱さのようなものは感じられなかった。絵里が強くなったような、しっかりしたような気がした。

「じゃあ、お互い、ちゃんとあいさつしよう。何だったら、同じ日にそれぞれ挨拶してしまえば、緊張が1日で済むんじゃないか?」

俺と絵里の家はそんなに離れてはいない。往復するのに全く問題がある距離でもない。

「1日で済むならそれが楽かも。倍くらいの緊張になりそうだけど」

「じゃあ、また電話ででも打ち合わせしよう。俺も、なんだか緊張してきた」

お互い緊張感を漂わせながら、俺たちは家に帰った。次の正月は、正念場になりそうだ。


そうしながら迎える、新年。

俺は、絵里と落ちあった。

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