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サファイアガラス  作者: 望月 明依子
第3章「3月24日」
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第5話「秋の旅」



長いようで短い、短いようで長い夏休みが終わり、後期の講義が始まる。しばらく中断していたボスゼミも再開だ。

「来月末、予定空けておいてね」

もちろんそれは想定内だ。むしろそのために予定を空けている。

「学会って、どういう感じなんですか」

「行ってみて、こういうものだと感じる方が早いけど、どう言ったらいいかな。大学とかホテルのホールにたくさん先生たちが集まって、発表をしたりその発表を聞いたり……ああ、難しいな。とにかく、行ってみたが早い」

ボスは同行する八重にももう日程を伝えてあるようだ。

「あら、私、もしかしてお邪魔だった?」

「何が?」

「一緒にお泊まりじゃない。初めて?」

「……一応、勉強だし」

「嘘よ。最初からそんなこと考えてもないし、自分が勉強したいからボスに絵里たちと一緒に連れて行ってもらうんだから」

ああ、びっくりした。確かにみんなでとか二人で日帰りで出かけることはあっても、泊まりがけは初めてか。と言っても遊びに行くわけじゃない。勉強しに行くんだ。来年は、そんな余裕はないだろうから。

4人分の交通手段もホテルも全て、ボスが押さえておいてくれた。新幹線で約3時間、それからまた乗り換えがある。なかなかの距離だ。

ホテルも一人一部屋取ってくれた。




大通りの木の葉がほとんど散ったころ、俺たちは学会開催地へと向かった。

土日で開催されるため、現地へは前の日から向かうことになる。

夕方、乗り換えた電車から降りた俺たちは、とりあえず夕食にすることにした。

ボスは全国あちこちに美味しい店を知っているようだ。迷うことなく地元の店を案内してくれた。

「飲むか?」

「いいんですか?」

「ここは私が持とう」

「ありがとうございます」

普段は車で家に帰るためにお酒はほとんど飲まないが、嫌いではないし、むしろ好きだ。日本酒なんて、熱燗でも冷やでもイケる。

そういえば、総会から飲みみたいな流れはよくあるけど、絵里と二人で飲んだことはないな。そういえば、八重会でも飲んだことない。

とりあえずビールをみんなで飲むと、疲れと久しぶりの酒とで早くも眠気が差してきた。




食事と軽い飲みを済ませ、店を出る。

「純哉、眠い?」

「……実は」

「酔った?」

「かもな」

店を出るとき一緒にいたはずの八重は、気がついたら先にいるボスと話をしている。

「私も、あんまりお酒強くないから、なんだか眠くなって」

「無理するなよ。飲めない人間が無理に飲んだら大変なことになるから」

「でも、お酒とか、飲み会は好き」

「そういえば、みんなで飲むときはよくチューハイとかカクテル飲んでるよな」

「うん、ビールよりそっちが好き」

「甘くて飲みやすいからな。でも、 チューハイってビールよりアルコール度数高いから、飲み過ぎるなよ」

「おーい、宿に着いたぞ」

ボスに言われるまで、私たちはずっとお酒の話をしていたらしい。



「絵里、ちょっと」

八重に手招きされる。

「何?」

「ボスがみんなで2次会しないかって。どう? もちろん、純哉にはボスから話があってるわよ」

「いいよ、どこで?」

「夜遅くなったから、もう外はちょっと。私たちの女部屋っていうのもアレだし、ボスの部屋もそれはそれで問題でしょ。純哉の部屋が妥当じゃないかって。まあ、ボスの交渉次第だけど」

その時、八重のスマホに純哉からの着信があった。

「予定通り、俺の部屋でボス主催の2次会だ。30分後くらいからだそうだ。絵里にも伝えといて」

「はいはーい、任せて」



荷物を出して明日着るスーツの準備をしていると、30分なんてあっと言う間だ。夕食の時の1杯しか飲んでいないから、もう酔いは醒めている気がする。

「さて、行くとしますか」

教えてもらっていた番号の部屋に着き、チャイムを鳴らすと、既に3人揃っていた。

「絵里、どれ飲む?」

そこには缶ビールや私の好きなチューハイ、梅酒などが並んでいた。

「わあ、美味しそう!」

「好きなのどうぞ」

「いただきます」

みんなそれぞれにビールやチューハイを手に、テレビをBGMにお菓子やおつまみを食べながら寛いでいる。

口火を切ったのは、ボスだった。

「本郷くん、真中さんとこういうことすることはあるのか?」

「こういうことって……?」

いきなりの振りに、純哉もドギマギしている。

「二人でお酒を飲んだりすることがあるのか、ってことだ」

「ないですね。ゼミの飲み会とか、マスター1年生で飲むことはたまにありますけど」

「そうか、まあ、見たところ二人ともあまり酒には強くなさそうだし、他人の目の届くところで飲んでいた方が安全だな、色々な意味で」

また意味深な笑みを浮かべ、ボスは続ける。

「この大学で講義をしたり、ゼミを持たせてもらうようになってから、いろいろな学生を見てきたけど、初めてだな、こんな二人を担当するのは」

どきりとする。

「付き合っているって話はあっても、例えばサークル内でだったり、他大学だったりで。たとえ同じ学部とか学科でも、別のゼミってことばかりだったからな。だから、正直真中さんが最初にこの研究室に来たときは、驚いたよ。裏があるんじゃないかとも思った。本郷くんの話は知っていたからね。でも、本当に彼のことは何も知らないで来たみたいだったし、他学部から院に来ることをその時の真中さんなりに考えてここまで来たようだったから、俺はこの二人を責任もって面倒見ようと決めたんだよ。これから先も」

これから先も?

「あ、俺には就職先のコネなんてないから、そこは自分で考えてね。俺はさらにその先を夢見てるから」

どういうことだ?

「俺の夢は、本郷くんと真中さんの結婚式の仲人をすることだ。でなければ、スピーチをするだけでもいい」

ボスは相当酔っているのか、饒舌だ。私も、純哉も、八重さえも目を丸くするくらいに。

「おっと、しゃべり過ぎたかな。まあ、二人には期待してるから」

期待って……。




酒の影響があったのはボスだけでないようだ。夕食で飲んだ後さらに飲んだことで、さらに眠気が増してきた。目の前の絵里も、心なしか目がとろんとしている気がする。それに比べて、眠そうな様子を全く見せない八重に、相変わらずハイテンションなボス。

俺は思わず舟を漕ぎ出した……覚えているのは、ここまでだ。




純哉の部屋で缶チューハイを飲み始めて、ボスの熱弁を聞いてどれ位経っただろうか。1缶飲みきる前にまた眠気が襲ってきた。うと、うと。頭を起こしてはまたうとうと。

ここはええと……考えるより、眠気の方が勝ってしまったようだ。私は純哉の部屋で眠りに落ちてしまった。




「絵里、絵里? 寝たの?」

「こちらも、よく寝ている」

そこには、寝息を立てて眠っている純哉がいた。

「どうしましょうか? 起こしますか?」

「ちゃんと彼女は自分の部屋に帰さないとダメだろう。本郷くんも、このまま寝てしまうのは良くない」

「そうですね」

「せめて、もう少しだけ、見守っていようか」

その時のボスの優しげな表情は、教え子に対するというより、まるで自分の娘や息子に対するもののように見えた。

どのくらいの時間が経っただろうか。まだ二人は寝息を立て、すやすやと眠っている。私も睡魔に襲われそうになる。

「そろそろ、起こすか」

「そう、ですね」

「絵里、絵里、起きて」

「本郷くん、朝だぞ」

「ほへっ?」

「えっ!」

二人とも飛び起きた。どうも、二人とも眠っていた自覚がないようだ。

「まだ、夜だよ」

スマホの画面の時計を見せる。純哉も、絵里もほっとしたようだ。

「さ、そろそろ部屋に戻ろ、絵里」

「うん」

「俺も部屋に戻る」

「じゃあ、おやすみ、純哉」

「明日は7時半に朝ごはんだからな、遅れるなよ」

「はーい」




部屋に着くと、純哉から電話がかかってきた。

「無事に部屋に着いたか?」

「うん、無事に着いた」

「ボスがあんな話するなんて、かなり酔ってたのかな」

「そうかもね」

「普通、あんな話しないからな」

「だからこそ、びっくりしたけど」

「俺たちが結婚することにしたら、まずはボスのところに挨拶に行かないとな。むしろ、そうしないとヘソを曲げそうだ」

「へ……結婚?」

これまた突然の展開に驚いてしまう。

「もちろん今すぐとは言わないけど。絵里は……俺とじゃ、嫌か?」

「ううん」

電話口で激しく首を振る。

「まあ、そういうのは俺らが院を修了してから先の話だな。でも、今俺が勢いとか酒に酔ってるからでこんな話をしてるわけじゃないことだけ、わかってくれたら嬉しい」

それって……!

「ありがとう。嬉しいよ。私で、いいんだ」

「当たり前じゃないか」

きっと八重もボスも知らないだろう。あの後、こんな会話が交わされていたことなんて。


翌日から、学会と言う勉強だ。

一人一人違う方向に興味があるため、みんなが一緒にいるのは昼ご飯の時と、ボスの発表を聞くときぐらい。

2日間、ハイレベルな、そして今まで文献だけでしか知らなかった自分の研究に近い研究をされている先生方の最新の研究に触れることができた、充実した時間だった。


帰りの新幹線の中、私たちは4人はカードゲームで盛り上がっていた。

「うそ! もう上がったの!」

「こっちまだかなりカード残ってるのに」

大の大人たちがゲームではしゃいでいる。

なんだか、修学旅行みたいだ。


そして私たちは、日常に帰ってきた。

八重の「冬休みに、みんなでどこか行かない? 泊まりがけで」という言葉を残して。


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