第三話「真夜中の研究室」
「それって、どういうことをするんですか?」
「難しいことじゃない。授業風景をビデオに録画することと、実際の授業を見て、反省会で意見を言ってくれればいい。それだけだ」
そういえば、友達からビデオカメラを借りて自分で教育実習のときに授業の様子を撮ったという人の話を聞いたことがある。自分で授業をするだけで精一杯なのによくそういうことまでできるな、と思っていた。「カメラはもう借りる手続きを取ってるから、借りてきて。まあ、今じゃなくていいから」
夏休みの半分は教育実習の手伝いで過ぎていく、そういう夏になりそうだ。
梅雨が明けると、あっという間に夏が来る。
夏休みの半分は自分の研究を進めていくのに使う期間だ。どのように論文を書き進めていくか、そのために今どのような文献を読んで考えをまとめておけばいいか。ボスとのゼミは夏休み期間も続く。
教育実習の手伝いだからといってずっと後輩たちについているわけにもいかないし、自分たちにもやるべきことがある。
八重やなっちゃんをはじめ、他の院生もみんなそれぞれ夏休み中でも学校に来る用があるみたいで、俺たちは時間を見て総会や八重会を行っていた。
エアコンの効いた部屋でダベる時間は最高だった。
そこに先輩がいれば先輩と話をすることもある。論文の追い込みをかけるそばでエントリーシートを書いたり履歴書を書いたりと必死に就職活動している横から呑気に話をしているわけにはいかないのであまり長話はしないようにしているが、少し余裕がありそうな時には自分が1年の時にはどういう過ごし方をしていたかとか、俺らが2年になったらどんな感じになりそうだとか、修士論文の話を聞くようにしている。
ゼミが違い、学年が違うとあまり俺と絵里の関係は知られていないようで「え、そうなの?」といったぐらいの反応だった。
そうして、夏休みの半分が過ぎた。
後輩たちの教育実習が始まる。
三脚を構え、先生や黒板、教室、子供たちの様子が映るように純哉がカメラ操作をする。
自分がすることは……特にない。反省会で、きちんと意見を言えるように、授業を聞いておこう。
どのような授業をするのかは何度も事前の打ち合わせに参加していたから大体の流れはわかってはいる。
ただ、それがうまくいくか。考えていた流れに対して、子どもたちがどのように反応するのか。それは分からない。
後輩たちがこれまた必死で作成した授業の流れを書き出したものを見ながら、自分なりに感じたことを書き留めていく。
授業の後の空き時間に反省会ができれば、学校にそのまま残って反省会となるが、そういかない場合は俺たちは一度大学へ戻らなくてはならない。あくまでサポート役なので、その授業を超えて居座る権利はないのだ。
三原先生が関わっている俺と絵里も参加する授業の反省会が夕方、夜になるなんていうことも多かった。
その間は待機を強いられる。いつ呼び出されるかわからないため、一応大学内にいなければいけない。
入り口の鍵は全員持っているので、先輩たちがいない時には俺と絵里はそこで待機することが多かった。
「最近、先輩たちいないこと多いね」
「そうだな。でも、そこらには明らかに論文に使うであろう資料とかが置いてあるんだけどな」
「就活してる先輩もいるんだっけ?」
「そう言ってたな。まあ、そうじゃない先輩たちはそれぞれ採用試験の頃だろうし」
来年、自分はどういう進路を取っているのだろうか?
「絵里、実習の授業に参加してみてどんな感じ?」
「参加って言っても、ただ見学してるに近い感じだけど……あれだけみんなで精一杯考えた授業でも、やっぱり考え直しになったりするんだなって思った」
「授業ってそういうものだと思うよ」
そういう後輩たちや、他のゼミの後輩たちとも純哉の紹介で自然と仲良くなることができた。まるで私が前からここにいたかのように懐いてくれるような後輩たちは以前の学部にはいなかった。
学部の時とはまた違った友達と、いろいろな話をしてくれる先輩と、まるで学部の頃からここにいたように懐いてくれる後輩と、厳しいんだけどどこか可愛げのある三原先生と、そしてこんな自分を見つめていてくれる純哉がそばにいる。
来年以降のことはまだわからない。普通ならもう1年生のこの時期には考えていないといけないのだが、やはりまだうまく考えがまとまらない。
それでも、今このような環境にあることが素直に嬉しかった。
「反省会、何時になるんだろうな」
もう時計は夜の十時を回っている。
これくらい夜遅くになるとレポートや論文を書きに先輩が来ることもあって、邪魔にならない範囲で一緒に話をしたりすることもあるが、来ない日にはひたすら二人で他愛のない話をしながらひたすら出番を待ち続ける。
反省会を待ち続けて、あまりにも家に帰ってこないので親から電話があった日もある。さすがにその日は諦めて帰ることにした。夜の十時ならまだいい方だ。
後輩たちも、私たちも、きっとボスも緊張の連続だった1ヶ月の実習がようやく終わりを迎える。