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サファイアガラス  作者: 望月 明依子
第3章「3月24日」
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第1話「5度目の春」


この大学に来てとうとう5度目の春を迎えることになってしまった。大学に入った当初は、考えてもいなかった。

この進路に決めた当初は全く想定していなかったが、私と純哉は同級生になってしまった。しかも、同じゼミで。

大学院に入ったことで新しい学籍番号が割り振られ、私と純哉は続き番号の学籍番号になった。まあ、「ほ」と「ま」なのだから、続きになる可能性のほうがよく考えたら高い。

でも、入学するまで、そういうことなど全く考えていなかった。


2度目の入学式の後、教育学部の大学院生のオリエンテーションが行われる。

私は驚いた。

有香も驚いていた。

有香とは研究する内容が違う。同級生にはなるが多分めったに会うことはないだろう。


三原先生はおしゃべりというのか、面白いと思ったことは全力でみんなで面白がる性格のようだ。私たちの話は入学する前からゼミ生の間に筒抜けだった。

せめて、同級生であってもあまりこの関係を意識せずにいこうと話し合っていたのに、周りにこうけしかけられるのでは否が応でも意識せざるを得なくなる。

さすがに、ゼミの飲み会やその二次会でまでいろいろとからかわれるのは参ってしまった。


もちろん、そういうことをするのはあくまで授業を離れている時だけ。

授業では、みんな真剣だ。学生も、先生たちも、自分も。

2年間で、自分の道を考えながら、論文を書く用意をしなくては。

初回の発表レポートを書くため、あるいはこれからの方針を考えるための文献を借りに、三原先生の研究室を訪ねる。

窓とドア以外にいっぱいの本棚にびっしりと並ぶ本の束。まずはどのような文献から読んで行ったらいいのかを三原先生に相談しながら英文も混じった文献を数冊貸してもらう。

本を読むことは嫌いではない。ただ読むだけならできるのだが、それを文章にするのが苦手だ。

卒業論文は先生の都合もありあんがい自由にやらせてもらえたが、2年後はどうなるのか。

最後の一冊として残ってしまった英文の文献を目の前にして少し気分が重くなった。




同じ専攻での俺らの学年……は全部で7人になるようだ。

確か俺らと一緒に試験を受けていたのが4人だったっけ。となると、夏の試験で合格していたのが3人ということか。

男子4人、女子3人。

大学の時の俺の同級生もいた。研究室は違うのだが、大体どういう人間かは知っている。

その他の子たちはもう、てんでバラバラの経歴を持っていると言っていいだろう。

絵里と同じように他学部から来た子、他大学から来た子。学部もバラバラであれば、目指す目的もバラバラ。必ずしもみんな先生になりたいわけではなく、このまま研究の道を目指したい子もいる。

ただ、この大学のそれぞれの研究室の先生の下で勉強したい。それで集まっているのだ。


俺らには共同の研究室が与えられた。もちろん全員共同であり、先輩たちとも共有だ。

研究室によっては先生の好意と裁量で空き教室を自分のゼミ生や大学院生に開放しているところもある。

残念ながら、三原先生にはそれは期待できないようだ。もちろん、それを期待できるのであれば学部生のころから期待していたし、ゼミ生に部屋を与えるくらいなら自分の研究室にあふれんばかりの本をそこに移すだろう。

時間割もこれまでとはずいぶん違うものになる。メインの授業は週末金曜の午後に三原先生のゼミだ。場合によってはそのまま飲み会になったりもする。

ゼミの発表のために金曜は手を組んでそれぞれの発表の準備をしていた。

そんな俺たちに自分のゼミの控え室を提供してくれたのが、同級生であり、絵里と同じ他学部から来た岡野八重という子だった。

他学部とはいえ、絵里と同じ学部だったわけではないし、絵里との面識もここまで全くなかったようだ。

俺と絵里の関係はさし置いても、八重は俺たちにいろいろとよくしてくれた。

八重の部屋にいるときに、よく一緒にいたのが新城菜都子という子だった。彼女は他の大学から地元であるここの大学院に来たのだそうだ。

同級生の女の子3人が仲良くなって、その流れで俺も仲良くなっている、といった感じだ。

もちろん、同級生の他の男子とも仲良くしている。野郎同士と女の子とではまた違った付き合い方をしている。




1年の初めなので必修の授業があり、毎日のようになんらかのレポートを書き、その発表があり、週末にはゼミ発表がある……そんな日々に少し慣れてきた頃。

週末のゼミから解放された私たちは八重の部屋でなっちゃんと4人で合流した。

「絵里、純哉、お疲れー」

「疲れた……」

「しばらく連休だね。二人はどこか行ったりしないの?」

「連休って言っても、そんな長い休みじゃないだろ」

そうだ、ゴールデンウイークにかかるということで来週はゼミを休みにしてくれたんだった。三原先生のその時の意味深な笑みは……考えないでおこう。

「って言っても休みは休みだよ、せっかくだからどっか行けば?」

「うーん……」

すぐには答えられなかった。

なっちゃんが提案する。

「じゃさ、みんなで温泉行こうよ。日帰りで」

「温泉?」

思わずハモってしまった。八重も言う。

「7人ぐらいなら、日帰り温泉ってのもいいかもね。 飲み会ばっかりが仲良くなる方法でもないと思うよ?」

……なるほど。温泉か……。

「そうだな、最近いろいろ疲れてるし、日帰りでも温泉ってのはいいかもな」

「じゃあ決定!」

なっちゃんはつい最近作った同級生のグループにメッセージを送り始めた。

「車なら出せるよ」

「私も出せる」

「俺も」

「3台で7人運ぶんだったら問題ないよね。ちょっと多すぎるくらい?」

そうして、連休の1日を使って私たちは温泉に行くことに決めた。



「温泉か」

「純哉、温泉好き?」

「ああ、好きだ。温泉だけじゃなくて、それにくっついてくる諸々も含めて」

「……っていうと?」

「風呂上がりにコーヒー牛乳飲んだり、卓球したりするところまで含めて温泉だと思ってるから」

「なるほど」

温泉に行くことも久しぶりというより、最後にいつ行ったかなんて覚えてない。

「そっか、そういう楽しみ方、すっかり忘れてた。なんか、楽しみが増えた気がする」

「みんなで行くと、きっと楽しいと思うぞ。…………いつかは、二人で行きたいけどな」

「い、いつかはね……」


5月。

青々と茂った木々の間を7人を乗せた3台の車が走っていく。

あの日決めた、温泉に向かった。


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