表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天気姫と黒の騎士  作者: 柚井 ユズル
3/26

主都の狂言師

 主都の道は賑やかで華やかだ。大きな道に大勢の様々な種類の人が行き交い、笑い声や話し声や時には喧嘩の声なんかがそこら中に充満していて、騒々しくて耳をふさぎたくなる。そんな中を、アシュはいかにも楽しげにひょいひょいと器用に人を避けながら上手に歩くのだから、やっぱり一般のお嬢様とは違っている。アシュの機嫌の良さはそのまま天気に表れていて、先ほどから空からは気持ちの良い日差しが降り注いでいる。そのせいか、クソ生意気なアシュの上機嫌な笑顔でさえ少しきらきらとして見えた。雲の上を歩くようなふわふわとした足取りで僕の隣を歩きながら、そこいらの店を冷やかしたり、露天でものを買って食べ歩いたりで、本当に特に目的はなさそうだった。店に入っても買うでもなく、食べるものも庶民が好むようなナッツの砂糖がけとか、腸詰肉の焼いたものだとか、蒸し饅頭とか。そんなのより美味しいものは、屋敷でいつでも食べられるのに。やはり血は争われない。

 カナさんは僕らの数歩後を控えめについてきてはいるが、何度も人にぶつかってはよろよろとよろける様が痛々しい。だけど僕も僕で、やはりこのような道を徒歩では歩きなれないから、アシュに気を配りながらなんとかついて行くので精いっぱいだ。貴族の子女は普通、庶民と交わって公道を歩く事なんてない。国には貴族しか歩けない道がきちんとあったし、庶民が歩くような道には馬車に乗って駆け抜けるだけだ。

 ふと気付くと、隣を歩いている筈のアシュの姿が忽然と消えていた。またか! 今度は何に引っかかった!? 周囲を見渡すとすぐに場所は知れた。道端でやっている大道芸に目を輝かせて、足がすっかりその場に止まっている。阿呆かあの女。自分の方がそこらの大道芸人なんて及びもしないような不思議な事を起こせるくせに、手の中でカードが消えたり、仕掛けがすぐに分かりそうな空中浮遊に何本気で驚いてるんだ。

 「行くよ? アシュ」

 わざわざ道を引き返して、声をかけて手を引っ張るけれど、アシュの足はまるで重い石になったようにその場から動かない。この馬鹿力め。

 「ちょっと見てみなさいよセイ、あの人生きたまま小魚飲んだわよ!?」

 「はいはい分かったから」

 「うわっ! 出したわ! 生きてる。魚生きてる」

 「分かったってば」 

 はしゃぎようが恥ずかしい。お前、そこらへんにいる小さい子供と同じレベルのはしゃぎ方だぞ?

 だがしかし、アシュの足はまるで動かない。これはもう完全、根が張っているとしか思えない。諦めて僕もその場に留まって目の前の芸人たちの繰り広げるパフォーマンスを眺めるしかなさそうだった。

どうやら彼らは、既存の有名なお伽噺とぎばなしの一幕になぞらえてストーリーを進めながら次々と奇術を繰り出しているらしい。派手な衣装で顔を真っ白に塗って、目や口の周りに原色でけばけばしく化粧を施した狂言回きょうげんまわしの魔法使いが火花を飛ばしたり何度も宙返りしたりして場面を華やかせる。黒ずくめの衣装を身にまとった騎士が剣舞を披露して、ひらひらとした衣装を身につけた姫君が閉じ込められた鉄の籠がら脱出する……。

安っぽいけれど悪くはないかもしれない。そう思い始めた時、狂言回しの魔法使いがぴたりと立ち止まってこちらに向かってぺこりと頭を下げた。

 「はーい。では今日はこれでおしまいです。続きはまた次回」

 演技を解いた緊張感のない声が聞こえると、周囲の人垣からは落胆の声が上がった。もちろん隣のアシュもそれに同調してる一人だ。

 「また見に来てくださいねー」

 ばたばたと、おもむきもなく芸人たちがセットを片づけ出すと、名残惜しそうな声を出していた割に素早く人垣はばらばらと周囲に散り始める。僕もアシュの手を引いてその場を去ろうとしたけれど、アシュはまだ動かなかった。

 「セイ、お金」

 「あ?」

 「あの箱の中にお金入れるの。感動したから」

 おい。

 僕の呆れた視線なんて気にする素振そぶりもなくその小さな手のひらを僕に差し出すので、僕はため息をついて上着の裏から財布を取り出した。

 「僕が直接入れるから」

 「あら? セイも感動したの?」

 「用心の為だよ」

 アシュと連れだって原色の目に悪そうな安っぽい箱に小銭を数枚投げ入れていると、側に立っていた芸人に小さな男の子がまとわりついて盛んに話しかけているのが目に入った。芸人は魔法使いの役をやっていた狂言回しで、話しかけている少年は片手に同い年くらいの女の子の手を引いていて、それが僕に古い僕らの姿を思い起こさせた。そのせいなのか、なんとなく少年と芸人の会話を聞いてしまう。

 「ねーねーおじさん、魔法使いなの?」

 「そうだよ。お兄さんは魔法使いだよ」

 馬鹿言え。子供に嘘吹き込むな。魔法を使える人間なんていない。こんな事、小さな頃の世間知らずなアシュだったら確実に信じてたぞ? そして困り切るのは僕だった筈だ。

 「じゃあさ、明日雨にしてくれよ」

 意外な少年の発言に、芸人は不思議そうに首をかしげる。

 「明日の天気予測は晴れだろう?」

 「だからだよ。魔法使いの力で晴れにしてくれよ」

 「それはなかなか難しいねえ。いくら魔法使いの力でも」

 「そこをなんとか! こいつのさあ」

 少年は手を引いている女の子を指して言う。

 「お父さんがさ。明日雨になれば休めるんだよ。明日さ、こいつ誕生日でさ。お父さん、いつも仕事で家にいないし……」

 「そっか」

 にっこりと化粧で原型がわからないくらいに彩った目を三日月形にして、しゃがみ込んだ狂言回しは少年の頭にぽんと手をのせる。

 それを僕は、冷やかな目で見ていた。残念だがそれは無理だよ少年よ。

 思い出すのは我が幼少期。まだアシュが素直で僕に従順だった頃。当時からアシュの能力を知っていた僕は、ある日どうしても嫌いな武術大会が潰れれば良い潰れれば良いという一心でアシュに大雨を降らしてくれと頼み込んだ。当日の天気予測は晴天。そしてその通り、天気も晴天。あんなに良くしてやったのに。当時のアシュが一番懐いていたと言っても過言ではない僕の頼みでも、アシュは天気予測を破らなかった。そしてつい数週間前、久々に再会した時も、雨の中父と領内見回りをしなくてはいけなくて面倒くさいから天気予測と違う天気にしてくれと頼んでみた。もちろん返答はいや。しかも冷笑のおまけつき。とにかく、アシュは絶対に人の頼みで天気予測を破る事はない。

 「それは、魔法使いではなくて、天気姫に聞いてみないとね?」

 狂言回しの異常なくらい真っ赤に塗った大きな唇からそんな言葉が発せられたのと、僕の背筋がぞくりと震えたのは同時だった。躊躇ちゅうちょなく僕はずっと左手に持ち歩いていた鉄製の棒を利き手に握り替えて構えた。それをあざ笑うかのような軽やかな仕草で、狂言回しのカラフルな長い爪を付けた悪魔の手のような手が、アシュの腕をつかんだ。悲鳴、というよりは驚いたようなアシュの小さな叫び声。僕の棒は風を切って宙をかく。アシュの薄桃色のワンピースの残像が、目の端にちらついた。狂言回しは、アシュをひょいと両手で抱えあげると、軽やかに混み合う道を駆けて行く。同じく駆けて追いかけるには、人が多すぎる。僕は助走をつけてから棒を地面に突き立て、それを支えにして宙を跳ね、人々の頭上を行く事で狂言回しへの距離を縮めた。上空から、その肩に向かって右足を蹴り下ろすと、避け損なった狂言回しの左肩を足先が掠めた。まだだ。一撃に安心せずに、着地後僕はすぐに棒を狂言回しの首元へと突き付ける。

 「アシュを返せ」

 「ただの箱入り坊ちゃんなのかと思ってたら、意外とやるもんですねえ」

 アシュをしっかりと抱えたまま尻餅をついた狂言回しは、さほど緊張感のなさそうな声で言って、緑と黄色で片目ずつ縁取りしてある奇妙な目を細めた。

 突然始まった騒ぎに、周囲には人垣ができている。それを気を散らされないように前方だけに集中しながら、僕は注意深く狂言回しを睨みつけたまま、手を伸ばしてアシュの手首を引っ張り、取り返す。よろめくアシュを背後に庇いながらも、棒の位置は定めたままだ。

 「誰か! 警備隊を呼べ」

 僕が叫ぶと、はっと周囲の人垣がざわめいた。

 でも、目の前の狂言回しに動揺する様子はない。

 「侮りすぎましたか。……でも、詰めが甘いのはやはり坊ちゃんですね」

 糸のようにその目が細くなったと思ったら、ぐい、と強く棒を引かれてよろめく。それを見越したように、狂言回しがひょいと勢いをつけて跳ね上がった。何が起きたか一瞬わからなかった。振り上げた僕の棒の先に、狂言回しの赤地に金の縁取りの、奇妙に先が尖った靴が見える。乗られた!? 咄嗟にそれを払い落とそうと棒を振り上げると、その力を利用したようにひょいと飛び上がり、近くにあった店の出窓の上に飛び上がる。

しゃん、と足につけた鈴が鳴った。なんて身軽さ。

そのまま片手をついたかと思ったら、くるりと一回転。腰に巻いた安っぽい金属の装飾が日の光に反射してキラリと僕の目を射る。眩しい、とちょっと目を眇めたら、視界の脇を素早い影が通り過ぎて行った。拙い、と慌てて棒を翻す。瞬間、横っ面に鈍い衝撃を受けて頭がぐらりとした。目の前がちかちかとする。くすりと笑った狂言回しの声が耳に入って頭に血が上る。

 「馬鹿にするな」

 棒を地面に突き立てて、そこを支点に足を思い切り振りあげる。足は宙をかいたけれど、僕の背後にまわろうとしていた狂言回しの行動は防げた。狂言回しは、そのまま身軽に数歩後ろにとんとんと跳び下がる。化粧に作られたその表情は相変わらずふざけたにやけ顔。僕は、棒の先に手をやる。相手は手ごわい。生半可な気持ちでは相手できない。くるりと棒の先を一回転させると、上四分の一は外れるようになっている。そこから出てきたのは白刃の刃だ。

 「おや、それは槍でしたか」

 「舐めた真似をしてると、本当に血をみるぞ」

 「坊ちゃんは気が短くていらっしゃる」

 神経を逆なでするような猫なで声に、かっと頭に血が上る。学校の武術の授業での僕の専攻は棒術ぼうじゅつじゃなくて槍術そうじゅつだ。余裕ぶって甘く見た事を後悔させてやる。

 下段に構えて狂言回しの顔を睨みつける。狂言回しはおどけて大きく肩をすくめてみせた。「おお恐い恐い」それを言い終わらせないうちに、僕は槍を繰り出した。間髪入れずにそのまま足を踏み出して間合いを詰め、ひょいと避けた狂言回しの足元に、足払いをかける。しゃらん、と狂言回しの鈴が鳴った。捉えた。そのまま、槍を引き寄せて、その背面で狂言回しの横っ面を思い切り叩きつける。今までの軽やかな動きからは想像できない重い音を立てて、狂言回しは地面に倒れた。僕は体勢を立て直して、すばやく倒れた狂言回しの首元に刃を当てる。

 初めて、狂言回しの瞳が笑みを止めた。感情を伺わせない目が僕を見上げる。

 「芸人風情が僕を馬鹿にするな」

 「お貴族様の武術がこういう類のえげつないものだったとは、初体験です」

 さてまだ警備隊は来ないのかと見渡せば、夢中になっているうちに、元の場所の近くまで戻って来てしまっている。ちょろちょろと動き回りやがって。相変わらず周囲には人垣。

 ……あれ? アシュは?

 僕が気がついたのと、そのアシュの声が聞こえたのは同時だった。

 「セイ!」

 あくまでも刃は狂言回しに当てたままの僕は、声の方向を振り返って仰天した。全身黒づくめの長身の人影が、不気味にそこに立っていた。ナイフを握っているその腕の中には、はがいじめにされたアシュ……。

 「戦いに夢中になって、守るべき者を忘れ去るだなんて、本当に坊ちゃんですよね」

 狂言回しの嘲るような声が僕をわらう。そうか、あの黒ずくめはこいつの仲間だ。先ほどの演劇仕立てのパフォーマンスの中で何度か姿を見かけた。世間一般に評判の良い黒の騎士の役で。目と口だけが開いている、顔一面を覆うようなマスクをして、長いマントで体を覆っているから男か女かさえ分からない。

 黒騎士は何も言葉を発しない。喋るのは、目の前の狂言回しの役目のようだ。

 「交換条件ですよ。私を逃がしてください」

 「何だと?」

 「代わりに姫君はお返しすると申し上げているんです。あなたにとって第一のお役目は私を捕える事ではないでしょう?」

 もし、こいつを捕えれば、こいつを糸口に他の盗人たちも捕える事ができる。そんな僕の考えを読みかしたように、狂言回しは口角だけ吊上げてふふ、と笑った。

 「私を捕まえても、他の仲間は私を見捨てるのでそこでおしまいですよ? それどころか、私と引き換えに姫を手に入れたらこれ幸いともう二度と主都に姿は見せないでしょう」

 さあ、いかがしますか? と狂言回しは僕を見る。不気味な化粧も相まって、得体のしれない魔性のモノのように見える。

 「お前たちが本当にアシュを返す保証がない」

 「そんな理由で姫をお見捨てになるのならばまあ、それでも結構」

 しゃらん、狂言回しの鈴が鳴る。それが、僕の神経を逆なでして、僕は少し強く刃を首に突き付けた。でも、狂言回しに動じる様子は全く見えない。落ち着き払った口調と仕草は揺るがない。

 「さて、時間稼ぎはおしまいにしてください。警備隊待ちだなんてせこい手は洗練されていないですね」

 見透かされている。

 「さて、あと三秒以内に回答を頂かないと、彼は姫を奪い去ってそのまま逃げてしまいいます」

 さん、にい、と狂言回しがもったいぶるように数えるのの、いちの声の頭を聞いて僕は諦めた。ここはもう、相手の言う事を聞くしかない。

 「わかった。アシュを返せ」

 「交渉成立ですね。わかりました」

 狂言回しがまた、目を三日月のように細くする。黒騎士が僕にゆっくり近づいてくる。その腕の中で、顔を青ざめさせたアシュは歩く足どりも覚束おぼつかない。いつも生意気なくせに、こういうところはやっぱり女の子だ。

 黒騎士が僕の目の前に立つ。

 「さん、にい、いちで交換です。裏切ったら姫君を刺します」

 狂言回しは宣言するように言って、また数を逆読みする。数えんの好きだなこいつ。

 僕は男の指先に注視しながら、その声を聞いている。さん、に、いち。

 僕の槍の刃が狂言回しの首元を離れ、僕の手はアシュの細い手首を強く掴んで僕の背後に引っ張り込む。狂言回しはやっと逃れた僕の槍から背後に跳び退き、しゃんしゃんと鈴を鳴らして、たった今蹲うずくまっていたとは思えない身のこなしで木の上へと逃れる。僕はそのまま槍をしまう事をせず、目の前の黒騎士にそのまま繰り出した。槍は男騎士の左手の甲を掠ったけれど、それと同時に男の手から放たれたナイフは僕の腕を掠めて地面に落ちる。

 僕のものなのか、黒騎士のものなのか、血の雫が数滴地面に落ちる。それに頓着する様子はなく、黒騎士はそのままくるりときびすを返して、マントをひるがえして走り去った。待て、と追おうとして、背後のアシュの存在に思い至る。流石に二度同じ過ちを犯せない。誰か、警備隊をともう一度叫ぼうとしたその言葉の先を、良く透る別の声に遮られた。

 「ああ哀れ、護衛の白の騎士によってまたも愛する黒の騎士から引き離されてしまった天気姫。はてさて二人の愛はどうなってしまうのか、続きは次回。請うご期待」

 声の主は木の上の狂言回し。まだいたのかよあいつ。そう思って僕がそちらに向かおうとした瞬間、しゃらんと音がして木の上から色鮮やかな影が跳び出した。店の屋根の上や、塀の上、木の上を伝って、それは瞬く間に姿をかき消してしまう。あの速さは驚嘆に値する。とても追う事はできない。それにしても、主都の警備隊の使えない事! と思っていたら、周囲から割れるような拍手の雨が響いた。

は!?

 次々とかけられる歓声と賞賛の声。アシュに握手を求める人間もいるし、置き去りにされた原色のおひねり箱に金を投げ込む人間も大勢いる。

 「次回も楽しみにしてるよ」

 は?

 「白騎士様も素敵でしたよ」

 何でちょっと憐れまれるように言われる?

 「天気姫、頑張ってー」

 アシュは僕の隣でにこやかに微笑んで優雅に手を振っている。おい待て。

 「何のつもりだ?」

 振り返って尋ねると、アシュはさっきの怯えて震えていた様はどこへ行ったか、にっこりと笑う。

 「だって観衆のみなさん、演目だと思ってるみたいなんだもん」

 女優気取りか!

 わっと湧いた人垣は、パフォーマンスが終了したからとまた波を引くように消えて行く。そうか、狂言回しの最後の台詞は有名なお伽噺の1場面だ。敵の黒の騎士と恋に落ちた天気姫が城から逃げ出して黒の騎士と共に行こうとするが、護衛の白の騎士に阻止されてしまうシーン。派手な大立ち回りが見どころで、よく芝居で演じられる事が多い。

 人の去った道でぽつりと取り残されたのは、僕とアシュと、ようやく追いついたのであろう人ごみに揉まれて憔悴しきったカナさんと、そして最初に狂言回しに質問をした少年少女。彼らは本当に巻き込まれただけなのか、思わぬ大騒ぎに半泣きになっている。無理もない。目の前であんな騒ぎを起こされては、年端もいかない子供たちには衝撃が大きかったろう。

 「大丈夫?」

 何の気まぐれか、僕の隣の生意気女なまいきおんながすとんとしゃがんで少年の顔を覗き込んだ。呆然と立ちすくんでいた少年はようやくはっと我に返ったようにしてアシュを見返す。

 「……天気姫」

 「ん?」

 「天気姫、明日雨にして?」

 アシュはちょっと眉をしかめた。瞳をくるりと回して、難しい顔をした。

 「んー。無理」

 「なんで?」

 「わたし、お芝居だけの天気姫だもん」

 嘘をつきながら、にっこりと清々しいくらい晴れやかな顔でアシュは言って、座った時と同じくらい軽やかに立ち上がる。

 「そんな大きいのに、まだお芝居と現実の区別もつかないの? ……いいじゃない、その子にはあんたがいるし。お父さんのかわりに、さ」

 ひらりと上着を翻して子供に背を向けて、僕を見上げて生意気に僕に命令する。

 「あと、本屋に行くの」

 なにこの人のこの緊張感の無さ。さっきの騒ぎの原因分かってる?

 「駄目だ」

 「えー?」

 「あんな騒ぎがあったんだぞ!? 狙われたんだぞ? お前」

 「大丈夫よお」

 「何の根拠があって。いいから、今日はもう帰るぞ。……カナさん、警備隊呼んで来てもらっていいですか? 警備を強化して帰ります。僕も無傷ってわけじゃないんで」

 僕が自分の腕を指さすと、カナさんはちょっとびっくりしたようだった。

 「まあ、ハレノ様。お腕に怪我を……」

 「はい。だから、警備隊を」

 「わかりました」

 カナさんが小走りで行ってしまったのを見送っていたら、隣からアシュの小馬鹿にしたような声。

 「かすり傷で大袈裟に騒いじゃって」

 イラッとしたのを押し殺して、僕は無言を返答とした。誰の為にこんな傷負ったと思ってんだよ。

 不機嫌に歩きだそうとしたらかつんと靴先に何かが当たった。見れば、さっき僕の腕を掠めたナイフ。……犯人の遺留品。

 僕はそれを拾ってハンカチで包むと、ポケットにしまい込んだ。

長くなっちゃった…

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ