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天気姫と黒の騎士  作者: 柚井 ユズル
18/26

村の秘密

 どのくらい荷馬車が走っただろう。ようやく荷馬車が止まって、御者台の人間が降りる気配がする。僕は息をつめて身を固くした。うまい具合に見つからないようにいられるだろうか? もし見つかったらどうなるのだろう? 善悪は別として、これは、密売の現場だ。犯罪現場。相手だって警戒しているに決まっている。

 荷馬車を覆った布が開かれて、荷台の中に光が差し込む。僕の座っている場所は荷物の影だからまだ暗くていられるんだけど。

 ざわざわと、荷馬車の周囲には人が多く、騒がしい事が伺える。遠くから挨拶を交わす声もする。どうやら荷馬車は他にもたくさん着いているらしく、隙間から見える外の景色は地面くらいなものだけど、その地面をたくさんの足が行き来しているのが見える。

 「こっちの荷は南地区のです。布や糸、繊維製品が主ですかね」

 声が急に近く聞こえて、荷台の中に人が入ってくる。町中で見かけた、僕が後を尾けた男だ。外にいる人間と会話をしながら気楽な調子で次々と荷物を運び出す。

 拙いな……。

 せめて荷馬車を置いていったんどこかに行ってくれてたらよかったのに。仕事熱心だ……。荷台の中の荷物は見る間に減って行き、僕が見つかるのももはや時間の問題。

 僕は覚悟を決めて、すぐそばにあった大きな布を頭から被ると、荷馬車の出口目指して一直線に駆けだした。出口付近で、「わっ! なんだ?」という驚く男の声が聞こえたけれど、構っている暇はない。どこかも分からない土地を布を被ったままの悪い視界で走るのはかなり危険だけど、

  周囲がばたばたと慌ただしい。僕はとにかく、路地を見つけては曲がり、見つけては曲がりとしようとしたが、ものの数分を待たず、周囲を人に囲まれてしまった。布の下から見ると、たくさんの足だけが見える。

 僕は布の中で強く棒を握る。どうにかして武力で突破するしか方法はない……。

 「武器、持ってるな……」

 誰かの言葉に周囲が警戒する。空気が張り詰めるのが分かった。

 しまった……。

 警戒しながら周囲の人間がじりじりと間合いを詰めてくる。攻撃しようにも、どこか一点に打ち込めばすぐに背後や横から捕縛されてしまうのは確実だ。

 上は? 棒を使って跳び上がるのは?

 ……無理だ。

 取り巻く人間は何重にも。それを全て飛び越せるほど僕の飛距離は広くない。

 大人しくするしかない。

 「とりあえず、布をとって顔を見せろ」

 僕が棒の構えを止めたのを見て、誰かが僕に声をかけた。僕は言われた通り、布を外す。それにより、ふさがっていた僕の視界も開けた。

 そこは、どこか広い広場のようなところだった。周囲に建物は見えない。ただ、たくさんの荷馬車が集まっていて、たくさんの荷物が見えた。

 僕の周囲を囲んでいる人間たちは、みんな荷物運びなんかしているせいか鍛えられていて屈強そうな男が多かった。

 顔を見せた僕が予想外に若かったからか、それとも誰も僕が何者なのか心当たりがなかったからなのか、周囲の人間は警戒しつつも困惑したようだった。

 「何者だ、お前。何の目的があって荷馬車に乗り込んだ?」

 僕が乗り込んだ荷馬車の御者だと思われる男が、代表して僕に質問する。

 「ごめんなさい。僕は主都を目指して旅をしている旅人です。……忍びこんだのは、興味本位で」

 「興味本位?」

 呆れた様な返答だ。だけど、本当にそれしかない。

 「お兄さんが町の食堂で見慣れない硬貨使ってて。何か知りたくて後を尾けたら」

 その言葉に、男はしまったという顔をしたし、隣の男がその男の事を軽く小突いたから、あまり褒められた事じゃないのだろう。

 「メシ食いに行く前に両替忘れたんか」

 「……返す言葉もないっす」

 「どうすんだよ。取引の現場見られてさ。まあ、まだ迎えが来てなかったから最悪の事態は免れたけど。お頭に知られたら拙いぞ。すっげぇ怒られるぞ」

 「とはいえ、握り潰すのも危険だしな……とりあえず、向こうの代表のところに連れてって判断を仰ぐか」

 男たちのあけすけな会談はようやく決着がつき、僕は男にしっかり見張られながら、連行された。

 連行されながら、僕は僕が忍びこんだ荷馬車の持ち主に話しかける。

 「僕、どうなるの?」

 「さあな。向こうの判断次第では最悪殺されるかもな」

 ぞっとする。僕は、逃げた方が良いのだろうか。

 僕の顔が青ざめたのを見た男は、ちょっと慌てたように言う。

 「まあ、安心しろ。俺にも落ち度はあるから。そうなったら殺さずうちで引き取ってもらえるようにお頭にかけあってやるよ。こんな事でガキ殺してたんじゃ、うちの団の名が泣くってな」

 「さっきからお頭って聞くけど、お兄さんどこかの組織の人なの?」

 「聞いて驚け。俺は、泣く子も黙る……」

 調子づいて男が言おうとした瞬間、隣の男がそいつの頭を拳骨で殴った。

 「ホントコイツ、どうしようもないな」

 呆れたようにため息をつきながら。

 その後は男も反省して、何も教えてはくれなかった。残念だ。

 僕はそれからしばらく歩かされ、連れて行かれた場所はなんと領主の館。彼らが何かを見せただけで門番は文句も言わず門を通したし、取次の執事は丁重に僕らを待ち合いの部屋に通した。そして僕は、図らずとも以前願った通り、この土地を治める領主と対面した。まあ、こんな形での対面、望んでいなかったけど……。

 領主の館は華美ではなく、どちらかといえば質素で品の良いものだった。待ち合いの部屋も、随分とさっぱりとした机と椅子、そのほかには戸棚と花瓶に生けた花くらいしかない。僕の家とか、もっとごてごてと、絵やら彫刻やら飾ってあるけれど……。

 出て来た領主も実にさっぱりとした格好をしていた。

 中年の中肉中背、凡庸な顔立ち。細い線の眼鏡をかけた顔は優しげでちょっと気が弱そうな感じもする。男たちと領主は簡潔な挨拶を交わした後、僕を連れて来た男が「それで……」と気まずそうに僕を横目でちらりと見てから言う。

 「大変申し上げにくいんですが、ウチのもんがへましまして」

 「へま?」

 領主は首をかしげて、先を促した。男は言い辛そうに先を続ける。

 「はあ。……こいつが町で取引通貨使っちまいまして。それを見たこのガキが、後を尾けてきて、出荷の現場を見られちまって。あ、といっても迎えは来てなかったんで、荷降ろしのところまで」

 「おやまあ」

 領主は、いかにもその顔に似合う弱ったような顔をして頭を掻いた。

 「大変なことですねえ……」

 「すみません」

 「まあ、いいです。貴方がたにはいつもお世話になってますし。こちらでどうにかしますので、その子を置いていってもらって結構です」

 「すみません。助かります」

 その言葉に、荷馬車の御者の方の男がちょっと気がかりな様子で口を挟んだ。

 「あの。殺したりしないですよね? 僕は、僕らは流石にこんな組織に属しているもので、殺してしまうのは抵抗があるといいますか……」

 その言葉に、領主はにっこりと優しげに笑う。

 「勿論です。僕は殺生が嫌いなので」

 「ですよね。うん。安心しました」

 男は本当に安心したように息を吐いて、そしてにこにこと2人そろって出て行ってしまう。おめでたいな、アイツ……。僕がもし領主だったら、密売なんてばれてしまったら、そいつを無事にかえしてやるなんて事ぜったいにしない。してはいけないと、小さい頃から学んで来た。例え個人としていくら優しい男でも、領主である以上、多くの者を従える以上、一人の人間の為にその他大勢の人間を危険に晒すなんてこと、有り得ない。

 この男も、領主であるからそう考えるのは当然だろう。

 「僕は、殺されるんですか?」

 男たちが去って僕が問いかけると、領主は表情の読めない顔で僕を振り返った。

 「……私も、こう見えて領主の身分でありますので。すごく困った事になったなあとは思うのですが」

 特に感情の読めない声。淡々と、乱れもなく語られる言葉。

 「そうですよね」

 「できれば、貴方をこちらに囲い入れちゃうのが最良とは思いましたが、それも無理があるでしょう。というか、後々誘拐犯と言う立場に立たされるのは気が重いですし。貴方が身寄りがない子供っていうのならばなんとでもなったんですが、貴方くらいの身分ともなると、処理も難しいですね」

 その可能性もある、とは思っていたけれど、気付かれていたか。どこかの社交界で会ったとか、そんな所か。僕の家は大きいから、自分が知らないような相手が自分の事を知っている事は非常によくある。

 「ご迷惑をおかけして……」

 「貴方、どこまで分かりましたか?」

 領主は僕の目をじっと見つめる。僕は、相手が賢くて、とても嘘をつける相手でない事をその視線で悟った。

 「あなたが、誰かの手を借りて外国と密貿易をしている、という事です」

 「他には?」

 「そのおかげで、この町や周辺の村が潤っている事。この町ではこの国の貨幣でない貨幣も密かに流通している事」

 領主は僕の目を尚もしばらく見つめた後、大きく息を吐いた。

 「そうですか。……その事を貴族院の誰かに語られたら、私は領地取り上げになってしまうんです」

 「信じてもらえるか分からないけど、僕は誰かに漏らすつもりはありません。あなたが領地取り上げになって、ここの領主が変わってしまえばせっかく潤っているこの地が枯れてしまう。……でも、なんでこのやり方を貴族院に提案しないで、個の領地だけでやっているかは気になるけれど。外の国との取引でもっと稼ぎが良い作物があるのなら全国的にやらせればいい」

 領主はちょっと困ったように眉を八の字に寄せた。

 「……貴方は、思っていたよりも賢いですね。でも駄目です。今の貴族院の在り方では、外の国とのやり取りによって余剰が出た分は民には回らず全部上が吸収してしまう。それでは、民のやる気も起きないし、地は潤わない。貴方が気になった貨幣ですが、あれは彼らがこの地の産物を買い取る時の独自の通貨です。彼らはあれで産物の代金を支払い、売った者たちは両替所に持っていって相場でこの国の通貨と両替えして使用します。もっとも、たまに先ほどのように両替えせずに使ってしまうような不届き者もいるのですが。……とにかく、我々は両替を行うだけで、彼らの取引に一切口を挟まない。だから、一定の税以外は彼らに全て稼ぎが行く。それは、彼らのやる気を刺激するでしょう? でもきっと、今の貴族院はそのやり方を採らないでしょう」

 その言葉は、僕も否定できなかった。貴族院の今の外国とのやり方では、国が指定した作物を指定の領地に作らせて、その分は税の一部から割り引くと言うやり方だった。しかも、貴族院を構成する貴族たちに有利な土地で価値の高い作物を作るという、利益の独占型だ。貴族院の中には、地方の領主たちが金を稼いで力をつけるのをよく思わない人間がたくさんいる。きっとこの領主のやっている事は、彼がいくら貴族院に提案しても即座に拒絶されるし、その上に彼は絶対に領主の座を追われてしまう。それくらい、まだ貴族院に出入りしていない僕にでも分かる。

 「そうですね。そのご意見には同意します。……僕は数日前、草から布を作っている村を通って来ました。入ってすぐにびっくりした。今まで見て来たどこの村よりも豊かだったから。それにこの町も、最近みたどの町よりも栄えている。犯罪も少ないし、人々の顔色も明るい。だから、僕は貴方の事を誰にも言いません」

 目を見返して言うと、領主は少し困ったように僕を見て笑った。

 「こういうとき、ちゃんと冷酷になれないところが私の駄目なところです。……でも、未来のある若人を信じてみたいと、思ってしまうんですね」

 ちょっと自分で自分に諦めたように苦笑して。

 「内緒だって約束ですよ。……さあ、もうお帰りになってください」

 「ありがとうございます。ひとつ、質問してもいいですか?」

 「なんです?」

 「あなたに手を貸している人たちは、何者なんですか?」

 僕の問いに、領主はにっこりと笑って首を振った。

 「それを話してしまったら、私はあなたをこのまま帰すわけには行かなくなります」

 「……ですよね」

 駄目で元々。僕はちょっと苦笑して、それから礼を言って領主の館を後にした。

 明確な答えを聞かずとも、僕はひとつの推測をしていた。屋台で男が使った硬貨、あれに使われていたのは、見覚えのある白と黒の蛇が絡み合う図案。……あれは、影蛇の紋だ。


 その日泊っていた宿に帰ったのは大分夜も更けた頃で、心配して待っていたルルとコウに大変怒られた僕は、「秘密」の約束をしたばかりに言い訳に相当苦労した……。


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