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天気姫と黒の騎士  作者: 柚井 ユズル
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ある夜の諍い

 夜がやって来て、その晩寝泊りしていたうらぶれた小さな村の倉庫の片隅で、僕はむっくりと身を起こした。横になってもずっと眠れなかった。色々な事がどうしようもなくて、何を考えても、解決策は見つからなくて。

 何度も寝返りを繰り返した揚句、僕は眠るのを諦めた。物音をたてないように注意を払って、小屋の外に出る。夜の外気はひんやりと、考えすぎて火照った僕の頭を冷やしてくれる。真っ暗な中、地面に座ってぼうっとしていると、ふと、人の気配を感じた。

 暗闇に目が慣れた頃だったから、小屋の中から二つ、人影がでてくるのが確認できる。僕は慌てて傍に会ったゴミ溜めの影に身を隠した。臭い。

静かな夜の中では、ぼそぼそと話していても、話声はよく聞こえた。

 「で? どうする?」

 聞こえた訛声だみごえは用心棒の男の片割れだろう。

 「もう決めてるよ。今回は駄目だ」

 こちらはすぐに分かる。妙に明るくて軽い喋り方。ロコだ。

 「親方は結構気に入ってたみたいだけどな。腕が良い割に若くてどこか品があるから使い道があるんじゃないかって」

 「だから連れてくる時は騙しやすかったんだけどね。でもあんな正義感が強かったら、仲間にならないかって言っても無駄だと思うよ。賃金ふんだくられてそのまま逃げられるか、変に大騒ぎされるか。予定通り主都についたら他の奴隷と一緒に売っちまった方が儲けになる。あのくらい腕が良けりゃ、結構良い値で売れるだろ」

 「お前がそう言うならまあ、そうなんだろうな。親方もお前の人を見る目は買ってるようだし。じゃあ、いつも通りでいいんだな」

 「そうだね。メシに薬を混ぜるのは主都に入る前日くらいでいいと思うよ。なんか、妙に主都にこだわりがあるようだから、着いてしまったら逃げられるかもしれない」

 「分かった」

 聞いているうちに、心臓が激しく鼓動を始めていた。何の話だ? これは。深く考えずとも、簡単に推測が出来た。

 これは、僕の話だ。僕の、僕についての処遇の話。

僕は、主都に付いたら彼らに売られる予定らしい。それも、最初からその目的で声を掛けられていた……。

 かっと、頭に血が上る。僕は、僕の価値はこの強さにあると。家の力がなくても、これがあるからここの人間から敬われる……とまではいかなくても、一目おかれる存在になっているとは思っていた。でも、違ったんだ。僕は、利用されて影で嘲笑われていた。騙しやすい、おめでたい、利用しやすい人間だと。強い事には利用価値があるけれど、他に何にもない人間だと。ロコは、気さくに話しかけて来た当初からそう思っていたのか……。

 ロコの屈託のない笑顔が一瞬頭に浮かびあがって、それは思っていたよりも僕の心臓を刺した。胸が痛い。同時に、頭に血が上る。

 耐えられない、と思った。明日からまたロコと顔を合わせて、何事もなかったかのような顔で旅を続けるのは。僕は絶対に悟られてしまう自信がある。特に、さっきの会話を聞く限り、ロコはかなり鋭い。

 ___先手必勝、かもしれない。

 この一団で安全に旅ができなくなるのは惜しいけれど。でも、僕はここに居続ける事が耐える事が出来ない。ここは、毎日が辛い。罪悪感と、不信感で。

 二人が去った後、しばらく待ってから僕は寝床に戻る。枕元に置いてある棒を掴むと、足音を忍ばせて用心棒二人が寝ている場所まで歩いて行って、暗闇の中で目を凝らす。特に襲われる心配をしていないのか、目当ての物は枕元に無造作に投げ出してあった。商品の人間たちの錠の鍵。それを引っ掴んでポケットに入れてから、棒を思い切り振りあげた。顎のあたりめがけて適度な力を込めて振り上げる。武術の授業での初歩だ。これで、相手を気絶させる。元々男は眠っていたから、効いたかは分からないけれど、そのまま僕は持ってきた縄で男の手足を縛っておく。もう一人の用心棒も同じ要領で結ぼうとした時だった。背後に気配を感じて僕は咄嗟にその場を跳びのいた。僕のいた場所に銀色の刃がきらりと光る。刃物の起こす微かな風圧が僕の頬を掠めて背筋が少し寒くなる。

 「何やっちゃってんの? お前」

 僕が振り返ると、剣を構え直したロコの影があった。不快そうに顔をしかめたのが暗闇の中で想像できる。

 「昼間のがそんなに気に食わなかった? 大丈夫だよ。お前は普通の事をしているだけだ。だから変な気起こすなって。こんなことして、飯食いっぱぐれて困るのは俺らなんだぜ? 大体せっかく良い仕事口紹介してやった俺の顔に泥を塗るわけ? 俺の親方からの信用ががた落ちになるよ」

 「気に食わなかったんじゃない。昼間言われたのは、全部本当の事だ」

 「じゃあ何が気に触ったんだ?」

 「……僕は、自分も商品だって気付いていなかったから」

 ハッと、ロコが息をのむのが分かった。

 剣の第二波は、無言のままに空気を裂く。大丈夫だ。剣筋は荒い。ロコは頭は良いけど、武道に関してはまだまだだ。余計な力が入っていて、無駄な動きが随分多いから自己流だろう。生きて行くために、自己流でもなんでも身につけなければいけなかったのかもしれない。武術の授業を受けていた僕には簡単にそれが避けられる。

 荒い息が聞こえてきて、気配を殺すのも下手だな、と思う。僕は狙いを定めて、棒でロコの足をすく。棒に手ごたえがあって、ロコがたたらを踏んだのを感じ取り、そのまま上段に構えて上半身を突く。ずん、と鈍い衝撃がきて、ロコが地面に倒れたのが分かった。すかさず、その顔面に棒をつきつける。

 「ついでにあいつらを、逃がそうっての? 無駄だよ。そんなことしても、奴らだって生活していく術がない。すぐにまた同じような身分に陥るだろうな」

ロコの悔しそうな、苦々しい声が聞こえる。

 「それでも、見てしまった以上。目の前でやられてるんだから、見逃せないだろ」

 「ちっ……正義漢はこれだから。見逃してただろ今まで。それでいいんだ。見逃してやってかないと生きてけない。人の事構ってる余裕なんて、俺たちにはないんだよ」

 ロコの言葉はいちいち正しくて、僕に反論できる言葉はない。

 僕は奥歯を噛みしめると手の中の棒を強く握りしめて、その腹に叩きつけた。ロコはぐっと低い声を漏らした後、体をふたつに折って地面に転がると、腹を押さえて呻き始める。その顎に狙いをつけて棒を軽く振り上げると、一瞬体が硬直した後、ばたりとその体から力が抜けた。


 ロコの体を見下ろして僕が脱力していると、静かになった倉庫の中でぱちぱちと拍手が聞こえた。僕が振り返ると、同じ倉庫の対面の壁に沿って横になっていた商品の人間たちが、暗闇の中に半身を起してこちらを伺っていた。拍手をしているのはその中の一人で、ひょろりとした若い男だ。

 「いやいやご立派。恐れ入ったね」

 「……どうも」

 なんだかひどい脱力感だ。うまくものが考えられない。僕はそっけなく返答して、そいつに鍵を放り投げてやる。男はおっとっとと言いながらそれを受け取って、じゃらじゃらと音をさせながら商品の人間たちの鍵を外し始めた。僕は屈んで、先ほど縄を結び損ねた用心棒たちと、ロコの手足に縄をかける。

 「朝になったら村人たちに見つかってしまうから。夜のうちに逃げた方が良い。荷馬車の鍵もそこについてるから」

 捨て台詞のように言うだけ言って、倉庫を出た。まるで、口が勝手に言葉を話しているようだった。頭の中は空っぽで……。

 村の外に出ると、空が大きく広がっていた。月明かりも星明りもなく、空は厚い雲に覆われているけれど、幸い雨は降っていない。道は暗くて歩き辛いけれど、なんとか歩けなくもなかった。

 ……振り出しに戻ってしまった。

 妙に冷静に、事務的に、今の状況を分析する。最初にいた場所よりは随分と主都に近づいた。これならば、どうにか徒歩でも主都に行けるかもしれない。問題はその間の食物だけど……。

 町で見たゴミ袋の中身を思い出す。思い出すだけで吐き気がしそうだけど、ああいう方法をとれば数日くらいなんとかなるだろうか。でも、ここのところ毎日一応食事にもありついていたし、衣服も前よりはましになっていたから、運よく日銭を稼げるような仕事を貰えるかもしれない。そうしたら、もう少しましに主都に近づける……。

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