くちびる聖人いやみ師範❗ギャンブラーは辛いぜ
師範は、なぜ「師範」であるか?くちびる聖人いやみ師範は、某インターネットサイトの「虚偽の宇宙」の主催者ながら、私たちの某インターネットサイトのコミュニティで、共同主催者として「ご指導」していただきたく私たちは「師範」としてお迎えしようとしているのですが、肝心のご本人がなかなか到着されないのでございます、
卑猥な肥大なくちびるを、テカテカに濡らしスラローム並みのプルルンさで震わせながら、朝から、昼も、夜も、ストレッチしながら、ルルルルンと歌声が弾み、ナルシストの師範は、その姿を鏡に映しながら非常に気に入っており「ニヤニヤ」と一人で愉悦するのであります。
さて、師範は久しぶりに近所のパチンコ店に飛び込みました、何故ならば朝方、パチンコで大勝した夢を見たからです❗しかもそのパチンコ台が569番台だったのまで覚えておりました。
自称「神仏を動かす」霊能者である、師範は、今こそ、日頃連戦連敗の強者パチンコに一矢報いんかなと、
神仏のご加護であると勇み走り込みましたところは、近所の質屋さん、日頃これだけは肌身離さずつけていた父親の形見の腕時計を、最後の手段に、
質屋に持っていったのはよいが、質屋の婆さんに、いくら借りたいか聞かれ「まぁ五万くらいにしておきます」と余裕たっぷりに言った師範は、婆さんから「こりゃ2千円しか出せんわ」と言われ、
あの卑猥なくちびるがどどいろに変化しカラカラに乾き、怒りに震えながらも、たった2千円借りてしまった師範は、それが・・全く気にしておりません、
この方は、目の前に千円でもあれば、それでコロリと機嫌が変わる❗現金がエネルギー化して師範の行動規範となっており。
もちろん信者の方々も献金次第で、師範から格段に扱いが違います、先日、久しぶりにお参りにきて師範が直々に祝福してあげたお婆ちゃんは百円包んだだけだったとの理由で、師範の閻魔帳の番付で「関脇」に昇進しており、
横綱、大関に次ぐ、強者または曲者と評価されており、師範は自分のセコいのは棚に挙げて、献金の少なさに、信仰のなき時代を重ね、イエスキリストを意識しながら、法衣をひるがえしながら、眼差しは熱く、今日のパチンコ台のことを考えているのです!
さて推察するに、たった2千円、握りしめパチンコ店に飛び込みました、師範の運命はいかに?
続く~