第一話 新しい自分への入口
「ねえサイ」
母親が名前を呼ぶ。俺の名前は大森菜。菜の花の咲く季節に生まれたからという
のが名前の由来らしい。
「サイってば」
「なに」
日曜日の朝方。起きたばかりの体を無理やり起こす。
「ちょっとお願いがあるの」
「なに…」
「隣に新しく道場ができたじゃない」
「道場?そんなのできたっけ」
「そうなの、なんか古武術みたいな」
「はあ…」
「お菓子もって挨拶に行ってきてくれる?」
いや母さんが行けばいいだろ。と言いかけるがやめる。無駄なエネルギーは極力使いたく
ない。
「これ…持っていけばいいんだね…」
「何よ冷たいわね」
「じゃあ…行ってくるから…」
「ちゃんとあいさつもするのよ~」
外に出てため息をひとつつく。道場ができたとなるとなにかうるさくされたりするのは嫌だな。
なんて考えつつ、家から30秒で道場に到着した。
看板を見ると「二代目ベジタブル拳法道場」とかかれていた
「二代目ってなんだよ二代目って…」
とつぶやいた瞬間だった。道場の名前がすでに怪しいこの道場から、更に怪しすぎる掛け声が聞こえてきた。
「ベジ!タブ!ルン!」「ベジ!タブ!ルン!」
もう泣きそうだ。これはきっとカルト的な、都市伝説系なそんな施設なんだ。
だが、行かなきゃ。さすがにお菓子渡してあいさつしてもう二度とこなければ問題ないだろ…勇気をだして、ドアを開けた。
「す、すみませ~ん」
「ベジ!タブ!ルン!」
「あ、あのお…」
「ベジ!タブ!ルン!」
異様な掛け声に俺の小さな声はかき消されていく。しかし、師範と思わしき人物が、偶然俺の存在に気づいてくれた。
「ん?客?」
「すまん来客だ。少し手を休めていいぞ~」
門下生と思わしき人々は、老若男女様々だった。
「で、御用は?」
「あ…あの…隣に住んでる大森です…今日はその…ご挨拶に…」
「そうか、こっちから挨拶にいくべきだったな。すまない。」
俺が高校生だからとはいい、少し馴れ馴れしい感じがするおっさんだった。だがこのおっさん、信じられない言葉を口にする。
「なあお前」
「え…はい…」
「ねえだろ?趣味とか特技とか?」
一瞬耳を疑った。このおっさんはなんなんだ?それとも母親が何か言ったのか?
いや、母親はあいさつに行ってないからそれはないな…
「その顔は図星って感じだな」
「なら入門しちまえよ。中入れ」
突然の勧誘に全身が拒否反応を示す。
「いえ…ぼくはそういう拳法とかは…」
「ああ!?さては怪しんでるだろ?そうなんだろ?」
「い、いえ…そういう」
僕が逃げようとすると、あろうことか、おっさんは俺の腕を掴んできた。
「一回やってみろ。マンツーマンでやってやるから」
このおっさん。引かない。俺はもう諦めた。今日は日曜日。部活をやってない俺にとって週で一番暇な日だ。一回だけ。本当に一回だけ。
そうだ、おっさんにも言っておこう。
「あの…一回だけですよ…?」
「わかってるよ。無理にやらせるほど俺も悪人じゃねえし」
すでに無理にやらせているんだが…という言葉を飲み込む。
「まあ、お前に稽古を付ける前に門下生に色々説明してもらえ」
「福士!こいつ大森っていう…ああそうだ!新入りだ!色々説明してやってくれ!」
「わかりました」
勝手に新入りにされてるよ…大丈夫なのかここ…ますます不安だ…
「君が大森くんだね?」
同世代くらいの真面目そうな青年が立っている。
「福士といいます。よろしく、案内しますので中へ」
福士さんに導かれて道場の中に入った。




