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正妃の偽り  作者: 雨生
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婚礼、そして初夜 〜姫は正妃になる〜

 挙式の始まりを告げる鐘が鳴り響き、聖処女の印である真っ白の豪奢な花嫁衣装を着たエリリーテが、兄のローランに手を引かれて扉から入ってきた時、皆が感嘆の溜め息をもらした。

 入り口から入る陽光に二人の髪はまばゆいばかりに虹色にきらめいていた。

 

 エリリーテは幼く可憐な花嫁だった。

 華奢で女性的な魅力にはやや欠けたかもしれないが、同じ髪を持つ美貌の兄と並んで歩く姿は、まさに神々の血を受け継いだ一族だと誰もが納得した。

 目の利く者たちは、あと数年もすれば、この国は絶世の美女を王妃にいただくであろうことを予感し感動に打ち震えていた。


 婚姻の証である書類にサインをし、初めてトシェンがエリリーテのバラ色の唇にそっと口づけしたとき、エリリーテの伏せられた瞳から美しい涙がひとしずく散った。


 騒がしい婚礼の宴の後、新床の儀式が行われた。

 といっても、昔のように一部始終を衆人環視で行うわけでなく、二人がベットに横になった時点で、みんなは口々にはやし立て、そのまま二人の邪魔にならないように出て行くのだ。

 

 ベットの上には薄い夜着1枚纏っただけのトシェンとエリリーテが残された。みんなが出て行くと、トシェンが身体を起こした。

「まったく・・・昔のように最後まで監視されなくて良かったよ。」

「?」

 祖国を出る前に、エリリーテは乳母から男女の営みについての心得を聞いてはいたものの、確信の部分は誤魔化されていたので、トシェンが何に安堵しているのかわからなかったのだった。


 エリリーテが首をかしげていると、トシェンがエリリーテの髪を一房すくいあげた。

「美しかったよ。そなたが聖堂の扉から入って来たとき、髪が日に輝いて」

 間近で、瞳をのぞき込まれ、エリリーテの胸は早鐘を打っているように騒いだ。


 トシェンはその一房の髪に、神々しい物に振れるかのように口づけた。

「そなたを好ましく思う」

「!」

 胸が高鳴って苦しい。この思いを口にしてしまいたい。

 

 あなたを好きですと、ただ一言。


「だが、すまない。そなたを抱くことは出来ぬ」

 とたんに冷水を浴びせられたような気持ちになる。

「私は今宵はこうして起きていよう」

「はい」

 エリリーテもベットの上に身を起こした。

「そなたも飲むか?」

と、ベットの脇のテーブルにあった葡萄酒を薦められた。

「いえ、私まだお酒は飲んだことないんです」

 お酒には魔力があるのだと乳母から聞かされていた。普段は口に出来ない言葉でも、その魔力を借りてしまえば簡単に口にしてしまえるのだとも。秘めた本心を語ってしまうのではと、恐ろしく思えたのだ。

「まだ16だったな」

「はい。薄氷の月に16になりました」

そう答えると、トシェンは更に葡萄酒をあおる。もうかれこれ立て続けに5杯は飲んでいる。お酒には強いたちなのだろうか?


 やがてゴロリと横になったトシェンは、またエリリーテの髪を一房手に取った。エリリーテの胸がまた早鐘のように高鳴る。

「そなたには本当にすまないと思っているよ」

「トシェン様・・・・」

「あの美しい騎士はそなたの思い人なのか?」

 エリリーテは肯定するべきか迷ったあげく、あいまいに誤魔化すことにした。

「・・・乳兄妹ですわ」

「なかなかに凛々しい若者だ。腕も立つのだろう?」

「ええ」

「そうか、一度手合わせ願いたいものだな。彼にはそなたの身辺警護を命じよう」

「ありがとうございます」

「そなたは少し眠るといい。明日の戴冠式は色々と気疲れするだろうから」

 仕方なくエリリーテが横になると、トシェンが毛布を掛けてくれた。

「そなたの夫としては失格だが、兄のようにそなたを大切に想うことにする。それでよいか?」

「・・・十分に幸せですわ」

 やっとの思いでそう答えた。

「私は起きているからね。安心してお休み」

 エリリーテはトシェンに背を向けて、丸くなった。こぼれる涙を見せたくなかったからだ。


 これでいい、これで幸せ。私はトシェン様を愛している。だからトシェン様のためならどんな辛いことだって耐えてみせる。

 自分の選んだ道の険しさと辛さに負けないように、女神ルルーシェよどうぞお守り下さいと、祈りの言葉を何度も胸の中でつぶやきながらエリリーテは眠りについた。



 トシェンは眠りについた幼き妻の顔をのぞき込んで、その涙の後をそっとぬぐった。

 無理もない。

 こんなに幼くして遠い国に嫁いでみれば、夫からは愛せないと現実を突きつけられる。

 だが、自分がダリューシェンを娶るとき「そなたの後に新たに妻を迎えたりはしない」と誓った言葉を裏切るわけにはいかなかったのだ。


 天窓から見える満ちた月を見つめながら思う。

「私は・・・結局、そなたもダリューも不幸にしているのかもしれぬな・・・」

 溜め息をつくと、小さくエリリーテが身じろぎをした。ずれた毛布をかけ直してやろうとすると、寝返りを打った。

 思いがけず小さな手が夜着の胸元にしがみついてきた。またその目尻から涙がこぼれ落ちた。

 そのまま引きはがすことも出来ずに、そっと抱きしめる。長い髪がシーツの上に広がり、天窓の月光を受けて、陽の光の下とは違った輝きを見せる。

 本当に、女神のようだと思った。

 聖堂の入り口から彼女が現れたとき、虹色にきらめく髪が眩しくて、ベールの向こうで伏せた虹色のまつげの下に、頼りなくゆれる紫水晶のような瞳や、緊張に引き結ばれた小さなバラ色の唇、その何もかもが神々しく思えた。


 今宵一人で眠っているはずのダリューシェンのことを思う。

 新妻を腕に抱いて眠るくらいは許してもらえるだろうか。それとも約束を違えた不実な夫だと思うだろうか。そう思いながら、自分の夜着の胸元にしがみついている小さな正妃を、そっとその腕の中に抱いて、トシェンも眠りについたのだった。


 ようやく、名目上は正妃となったエリリーテですが・・・。

 色気もない、甘さもない、何もない初夜ですみません。


 もう少し先で、鍵となる「薔薇の騎士の物語」などに触れたいと思っています。

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