【番外編】帰還 〜騎士は嘆かれる〜
「エルーシアン、故郷に帰る」です。
必要な荷物は先に母国へ送ってあったので、数人の従者と護衛の騎士を連れただけの騎馬の一団での旅程は驚くほどスムーズだった。
気候が安定している春先を選んだのも幸いしたのだろう。
あっという間に国境の荒野を越えて、二週間ほどで母国であるトリデアルダの王都ダ・カルディンに無事に到着することが出来た。
久しぶりの故郷への帰還に、知らず知らずのうちにエルーシアンの心も沸き立ち、表情も明るい物になっていく。
「お久しぶりですから、殿下もきっと首を長くしてお待ちですよ」
エルーシアンの傍らで並んで馬を進めていた、護衛騎士隊の隊長である壮年の先輩騎士セリヌアル・フェストに微笑みかけられ、エルーシアンは頬を赤らめ視線を前に向けたまま咳払いをした。
「そうですね〜。エリュシオン様もきっと待ちかまえていらっしゃいますよ〜」
ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた歳の近い後輩騎士ジョナス・サンガレッタの声に、エリュシオンの顔を思い出し、表情を引き締めたというよりも、引きつらせたエルーシアンだった。
「開門!」
堀に掛かった壮麗な橋を駆け抜けて、先触れの騎士であるジョナスが声を掛けると、重厚な城門が開いていく。
城門を抜け、馬を進めていくと城の入り口にはこのトリデアルダ神国の世継ぎの王子であるローラン・ティナイア・マシュトーキアを先頭に、幾人かの王宮仕えの人々が居並んで出迎えてくれているのが見えた。
おや?と、エルーシアンはその一番隅に居る人物に目を留めた。
あれは・・・まさか、親父どの?
下を向き、顔を真っ赤にして、握った拳をプルプルと震わせている、立派な顎髭の老人は、エルーシアンの父親であるエリュシオン・ティア・ローダスタその人だった。今はこの国の財務大臣を務めていて多忙なはずである。今回のリアルシャルンへの騎士としての派遣にも最後まで猛反対で、見送りにすら現れなかった親父どのが出迎えて下さるのか?しかも・・・あの様子は、泣くのを我慢しているのか?不思議に思いながらも、エルーシアンは目の前に進み出てきたその人に目を奪われる。
「お帰り、エルーシアン」
低く柔らかな声が耳朶に響く。
その人は腰まで伸ばした美しい銀の髪を陽光の下で虹色に煌めかせ、艶やかな紫色の瞳で、エルーシアンを真っ直ぐに見つめて、柔らかく微笑んでいた。世継ぎの王子で、エリリーテの兄であるローランだった。
「只今戻りました」
つい、いつもの癖で、騎士の臣下の礼を取り跪くエルーシアン。
「エリリーテのこと、守ってくれてありがとう。感謝しているよ」
「神の御子」の容姿を持つ美貌の王子は、さりげなく騎士姿に旅装の黒いマントを羽織ったままのエルーシアンに手を差し出し立たせる。
「待っていたよ、エルーシアン。あなたにとても会いたかった」
そう、囁くように告げて、王子はその腕の中にエルーシアンを抱き寄せ閉じこめた。
「ローラン様・・・・」
神々の美しさを纏う王子と、美しく凛々しい騎士姿のエルーシアン。抱きしめあうその姿は・・・ある意味倒錯的な美しさがあり、周りで見守る誰もがため息をついて、麗しい絵になる二対を見つめた。
その時・・・カミナリが落ちた・・・。
「ばっ、ばかもの〜〜〜〜!!」
「「!?」」
それは、エルーシアンの父親、エリュシオンの叫びだった。
ああ、やっぱり親父どのが泣くわけ無いか・・・。あれは怒り心頭ってやつだったんだなぁと、あまりの怒りのためか、まだワナワナと拳を振るわせているエリュシオンをローランの腕の中から振り返る。
「次期正妃の帰還だと、こうして皆が出迎えておるというのに、何故、騎士服のままで、しかも騎馬で帰って来た!ちゃんとドレスに着替えて、姫らしく馬車で帰ってこいと言ったであろう!」
長台詞を一気に言い切ったエリュシオンは、肩でゼイゼイと息をしている。おお、親父どの、歳を取ってもすごい肺活量だなぁ〜と、妙に感心してしまうエルーシアン。
「エルーシアン?大丈夫かい?」
ローランが腕の中のエルーシアンにそっと声を掛ける。そうだ、呆けている場合では無かった・・・。そっとため息をつき、エルーシアンはローランの腕を外すとエリュシオンに一歩あゆみ寄った。
「お父上のお気遣いは非常にありがたかったのですが・・・一日でも早く帰還せよとのお言葉をローラン様から賜っており、旅路を急いだ故にこのような姿で、騎馬での帰還になりました。申し訳ございません」
腰を折り、頭を下げるエルーシアン。背後ではローラン王子がクスクスと可笑しそうに忍び笑いをしている。
「本当は・・・、面倒だっただけであろう!」
そう、憮然としてエリュシオンが声を掛けると、顔を上げたエルーシアンがニッコリと笑顔で白状した。
「まぁ、この姿の方が楽なので・・・」
「そういう問題ではなぁい!!大体、お前には女であるという自覚が〜〜〜〜」
血圧が上がったのか、叫ぶ途中でふらりと目眩を感じて身体をふらつかせたエリュシオンを、駆け寄ったエルーシアンがその腕にしっかりと抱き留めた。
「大丈夫ですか?親父どの?もうよいお歳なんですから、無理をされたらいけませんよ」
そのしっかりとした腕に抱き留められ、その凛々しい美貌を見上げてエリュシオンは泣きたくなった。
絶対に育て方を間違った。確かに美しく育ちはしたが、こんな男のような、息子のような凛々しすぎる娘が次期正妃になってもいいのですか?王家の皆様、ローラン様?
薄れ行く意識の中、エリュシオンは途方に暮れたのだった。
とりあえず、少し書いていた【番外編】の小話はここまでです。
また、リクエストなどにお答えして、書くかもしれません。




