【番外編】月の輝く夜に 〜騎士は白状する〜
このお話しは第61話のハッピーエンドの裏話です。
エリリーテとトシェンの幸せな結末の裏で、美貌の騎士たち二人の間で交わされた会話とその思惑は・・・?
今宵は特別な夜だった・・・。
夜半過ぎ、騎士は窓辺に立ち月を見上げた。その胸の内で呟くのは、神々への感謝の言葉。
先ほど彼の元に届いたのは、「意識が戻られて、峠を越えられた」という喜ばしい知らせ。
「ああ、神よ!女神ルルーシェよ!ありがとうございます!!」
そう、素直に思えたのだが・・・。
「彼女は今は?」
「はい。王が、トシェン様がずっと付きっきりで看病を。そのお手から薬湯を差し上げるなど、本当に仲睦まじいご様子でした」
そう聞かされて、すっと心が冷えていく。そうだった。彼女がその身を挺して守ったのはこの国の王、我が主、トシェン様。自分の命と引き替えにしてしても、彼女は王を守ろうとした。その愛ゆえに・・・。
万感の想いを胸に、白い騎士服を纏い、蜂蜜色の髪を月光に輝かせた騎士クリアージュは月を見上げる。
「あの方の想いが、彼の人に届きますように・・・」
そっと呟いて、やるせなさに目を閉じる。それは自らの恋を失うことだったからから・・・。
「クリアージュ様・・・」
背後から名を呼ばれ振り向けば、白皙の美青年が、その美貌を憂い顔にしたまま佇んでいた。彼女の護衛騎士エルーシアン・ローダスターだ。
「ああ、エルーシアン。さっき使いが来て、あの方の・・・エリリーテ様のご無事を神々に感謝して祈りを捧げていたところだよ」
クリアージュがそう言うと、エルーシアンは思い詰めたような顔をして告げる。月明かりの下で見ると、やはり冴え冴えとした美貌だなと、クリアージュは思う。
「クリアージュ様・・・。お話しなければならない事があります・・・」
困ったような顔でクリアージュを見つめるエルーシアン。
「まさか、あの方がご無事だというのは・・・」
最悪のシナリオを想像して、クリアージュは青ざめ、エルーシアンに詰め寄る。
「ああ、エリリーテなら大丈夫ですよ。様態は安定しています。ただ・・・解毒しきれるかどうか・・・」
「毒が残ってしまうのか?」
「水蛇の毒は劇薬ですから、影響は強いかと・・・しかし、今すぐ命に影響があるという状態からは脱したようですから、大丈夫なんでしょう」
「そうか・・・」
心の余裕を取り戻したクリアージュが、ふと、エルーシアンの手元を見ると、液体を満たしている瓶と、二つの杯があった。
「あの、少しつきあいませんか?」
視線に気が付いたエルーシアンが、杯を掲げて微笑む。
「祝杯か?」
あの方の・・・エリリーテ様の無事を祝ってのことかと、クリアージュは微笑んで聞く。
「いや、その・・・少しお話ししたいことがありまして・・・。ちょっと素面で語るのも何なんで・・・」
ああと、クリアージュは思う。エルーシアンはエリリーテを強く想っていたはずだ。しかし、そのエリリーテの想い人でであるトシェン王が、今、彼女の側にいて看病をしている。彼女は彼の正妃で、命の恩人なのだから、当たり前なのだが・・・・。
「そうだな、飲もうか」
クリアージュも、この国一の美姫と例えられた姉とそっくりな美貌で、輝くような笑顔で答えた。
何故か、エルーシアンは、その笑顔から顔を背け、気まずげにクリアージュをテラスに誘うのだった。
二人して、園庭を見下ろすテラスの階段に腰掛けて、月明かりの園庭を見下ろし、今宵の美しい月を愛でながら、杯を重ねる。今宵の月は明るい満月だった。
しばらくして、話があると誘ったのに、いつになく口が重いエルーシアンがようやく話し始める。
「いや、あの・・・、王にも言ってきたところでして・・・、私の正体は・・・」
言いにくそうなエルーシアンの言葉を、クリアージュが遮る。
「いいよ。言いにくいなら全て話す必要は無い。・・・今宵は私たちが愛おしく想っていた人が、心から想った人の命をその命を懸けて守り、ようやく彼女の想いや真心が彼の王に届く、めでたい夜なのだからな」
「あの!!」
いつも礼儀正しいエルーシアンが、珍しく慌てた様子でクリアージュの言葉を遮ってきた。
「エルーシアン?」
「あのっ・・・、すみません!!」
いきなり、騎士の最上級の謝罪のポーズである、跪いて頭を垂れ、己の剣を差し出すポーズをされて、クリアージュはうろたえた。
「な、何をしているんだ?エルーシアン?」
「いえ、今までの数々の非礼をお許し下さいませ!」
エルーシアンはポーズを崩さない。
「エ、エルーシアン?」
「私は・・・私は、エリリーテの恋人でも、愛人でもございません!!」
「は?」
何なんだ?どういうことだ?クリアージュは困惑に満ちた眼差しを目の前に跪くエルーシアンに向けた。薄々は分かっていた。彼女の心は王であるトシェンのものなのだと。そう、エルーシアンにも言ったことはあったのに、今更なんだ?
「そのような演技をしていた・・・という謝罪か?」
「は、はい・・・」
クリアージュ自身はともかく、王を謀るなど言語道断。その首を打ち落とされても仕方がないというのに・・・。
その時、エルーシアンが俯いていた顔を上げて、さらりと言い放った。
「私、実は「女」なんです・・・」
「ふーん・・・って、えっ!?ええ〜〜〜っ!!!」
クリアージュは今、本心から驚いていた。
「な、なんで?じゃ、じゃあ、エルーシアンは女騎士ってことなの?」
「はい。元々トリデアルダの奥宮には、神王以外は女人しか出入りはできませんので」
しばしの沈黙の後、ようやく思考が追いついてきた。
「はっ・・・あ〜はっはははっ!!!」
突如、爆発的に笑い出したクリアージュを、怪訝な顔をしたエルーシアンが見つめていた。
「あはは・・・、まんまと騙されたなぁ」
「すみません・・・」
謝罪のポーズを取ったままだったエルーシアンの剣を取り、許すという仕草で肩に当ててから返したクリアージュは、手を差し伸べてエルーシアンを立たせる。レディーを自分に跪かせておくなんて趣味は、クリアージュには無かったからだ。
「いや、あやまらなくていいけどさ、なんで話してくれる気になったの?」
クリアージュの問いかけに、気まずげなエルーシアンは、俯いたままで答えた。
「先ほど王に全てお話ししたので、いずれはあなたのお耳にも入ると思ったのですが、あなたには自分でお伝えしたいと思いました」
「そうか・・・。どうして、こんなことしてたのか、話、聞かせてくれるよね?」
にっこりと美しく微笑まれ、エルーシアンは項垂れたまま、冷や汗を流す。
「はい・・・事の顛末を、全てお話しします・・・」
その夜、二人の騎士は、夜が明けて空が白むまで、テラスで語り合うのだった・・・。
気まぐれに、番外編更新です。
なかなか思うように時間が取れずなんですが・・・。
もう数話、【番外編】ご用意あります。
逆に、リクエスト(このキャラの話が読みたい!)などありましたら、考えますので。
次話の番外編は、エルーシアンが任務を終えて、帰国の途に着く様子など書く予定です。




