【番外編】神王と正妃 〜愛娘を偲ぶ〜
久々に、ちょこっと「正妃の偽り」のこぼれ話をUPしてみました。
エリリーテの父親、神王ルーファースルと正妃エメリリアのショートストーリーです。
ある日の深夜。
ほんの少しの休憩のはずだった・・・。
執務室の机の前で、椅子に腰掛けたまま書類を束ね目を閉じる。
その一瞬に睡魔が入り込んだ。
「あなた・・・ルーファースル様・・・」
懐かしい声に顔を上げると、その人は目の前に立っていた。
「ああ・・・エリン。君でしたか・・・」
「はい・・・。お疲れですか?」
「少しね・・・、ところで君は?」
変わらぬ美しさと優しい笑顔に、思わず綻びる顔を押さえられない。
「はい・・・。ご挨拶にまいりましたの・・・。」
「挨拶?」
花のような笑顔を曇らせて、エリンが告げる。
「ええ・・・。今宵、これから私はエリリーテを迎えにまいります」
「エリン・・・それは・・・」
「分かっています。早すぎますわよね・・・。でも、あの娘は自分の役割をきちんと果たして、もう、この地上での役割を終えるのです」
いつか、そう遠くないうちにその知らせが届くのではないかと、そんな予感はあった。
「エリン・・」
「どうか、悲しまないで下さい。と言っても無理でしょうけど・・・。どうか、あの子の娘の行く末も見守ってやって下さいましね・・・」
「ああ、もちろんだ。私は・・・もう、あの子に・・・エリリーテには会えないのだね」
「ほんの少しの事ですわ。いずれまた、一緒にあなたを迎えに参ります。それまではしばし、お待ち下さいましね」
「ああ、もちろんだ。エリン、待っているよ・・・」
ガタン!!
大きな音が響いて顔を上げると、エリンが立っていたはずの場所の先にある扉に縋るように、彼の正妃であるエメリリアが青ざめた顔をして立っていた。すでに休んでいたのだろうか、白い夜着の上に青いガウンを羽織った姿で、髪も結い上げずに背に流したままで、そんな姿の彼女を見かけるのは珍しいとルーファースルは思った。夫である彼の前でも、彼女は正妃としていつもきちんとしていたからだ。
「ルーファースル様・・・、今、エリンがっ・・・エリリーテを連れに行くと・・・」
「ああ、私の所にも、今、来てくれたよ」
「では、エリリーテは・・・あの子は・・・」
両手で顔を覆い、肩を振るわせる姿にルーファースルの胸が痛んだ。
氷のように冷静な正妃と言われているエメリリアが、本当はどれほど情が厚い人間なのか、それを知るものは少ない。
ルーファースルは椅子から立ち上がると、エメリリアの側に歩み寄り、薄く開いたままであった扉を閉めて、腕の中にその震える肩をそっと抱き寄せた。
「ルーファースル様・・・」
驚いたように泣き濡れた瞳を向ける正妃の額に、神王ルーファースルはそっと唇を寄せる。
娘を出産したあと、エリリーテの体調が悪いということは報告されていた。
数年前にその身を挺して、愛するトシェンを毒矢から守ったエリリーテだった。解毒剤により、命の危機は脱したものの、身の内の毒は完全に取り除くことは出来ず、少しずつ体調を崩すようになってしまった。そして、出産によって更に体力を落としたエリリーテは出産後寝付くことが増え、出産から三年の時を経て、いよいよその命を終えようとしているのだ。
「今宵は共に休もう」
そっとエメリリアのその背を押して、執務室の奥に続く扉へと促す。
そこは、滅多に他人を入れることの無い、神王ルーファースルの私的な寝室だった。
正妃であるエメリリアでさえ、滅多に足を踏み入れられない場所なのだ。
「えっ?・・・ルーファースル様?」
「悲しみに共に耐えてくれる存在が、今、お互いに必要だと思うのだが・・・」
ルーファースルはそっと、エメリリアの頬にある涙を拭う。
「そう、ですね・・」
「朝にはきっと、彼の国から辛い知らせが届くのだろうから、今宵は二人で寄り添って、あの子のことを想っていよう」
「やはり・・・手放さなければ良かった・・・」
そう言って、ルーファースルの胸の中に泣き崩れたエメリリアを、宥めるように抱きしめる。
「しかし、これはあの子の運命だったのだ。愛する人を守り、その愛を得て、子を成し、今、命を終えて、エリンの・・・母の腕に帰って行くのだから。・・・ここにずっと留めて守ってやっていても、あの子のしあわせは彼の地にしか無かったのだよ」
「ルーファースル様・・・」
二人はそっと寄り添って、眠りの床に入る。
遠き彼の地、リアルシャルンで、今、永久の眠りにつこうとしている愛娘を想って・・・。
完結してから、随分と時間が流れても、まだ、この物語をお読み下さっている方がいらっしゃることに、感謝します。
一年間の休養を経て、また色々と書き始めました。
「正妃の偽り」のこぼれ話も、また、時々UPしていこうかと思います。
雨生




