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正妃の偽り  作者: 雨生
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守られた約束 〜王は口づける〜

《注意》

本日は数話まとめてのUPです。

前話を読んでいらっしゃらないようでしたら、ぜひ、遡って前回お読みになられたところからお読み頂ければと思います。 

「エリリーテ」

 何度も何度も名前を呼ばれた。

 だから帰ってきた。


「エリリーテ」

 トシェンが再び名を呼んで、エリリーテの手を取った。

「逝くな」

 大きなトシェンの手が小刻みに震えている。

 エリリーテは泣きたくなった。

「そなたは、我が正妃だ。失うことなど出来ぬ・・・」

 トシェン様、そのお言葉だけでもう、十分に幸せです。

 朦朧とした意識の下で、トシェンの言葉が聞こえてきて、エリリーテの目尻から一滴の涙がこぼれ落ちた。

 

 その時、そっと部屋に入ってきたのはダリューシェンだった。彼女もまた、エリリーテ重体の知らせを受けて、離宮の医師団を伴って王宮に駆けつけたのだった。

 水蛇の毒の解毒剤を侍医エイファンに与えたのはダリューシェンの侍医カンファレアだった。


 ダリューシェンはそっと、エリリーテの寝台の側でエリリーテの手を取るトシェンの背中に声をかけた。

「やっと、そのことにお気がつかれましたのね」

 振り返らないままで、トシェンが答える。

「ダリュー。私は・・・」

 そっとダリューシェンが語りかける。

「良いのですよ、トシェン様。あなたは私との約束を違えるわけではありません」

「ダリュー?」

 驚いたようにトシェンはダリューシェンを振り返る。ダリューシェンは汲んできた冷たい水に手ぬぐいを浸すと、絞ってトシェンに手渡す。

「エリリーテ様の額に乗せてあげて下さいませ」

「ああ」

 ひんやりとした感覚が、エリリーテを夢うつつの感覚から引き戻す。


「トシェン様。あなたは私との約束を破ってはいません」

「それは・・・どういうことだ?」

 エリリーテの手を再び握って、トシェンは真っ直ぐにダリューシェンを見つめた。

「あなたとエリリーテ様の婚姻は、あなたが私と出会う前に、すでにあなたの望みで約束されていたのですから、私との約束を破った事にはならないのです」

「私が?そなたと会う前に、エリリーテと?」

 どういうことなの?これは熱に浮かされて見ている夢?エリリーテはうっすらと瞼を開いた。薄暗い室内。トシェンの背中とダリューシェンの姿がぼんやりと見えた。


「ええ。あなたがまだ幼い頃に、エリリーテ様のお父様にお会いになりましたね」

「それは・・・講和条約の締結式の時か・・・」

「そうですわ。そこに父王に連れられて、あなたもいらしたのでしょう?」

「ああ、確かに」

「その時のことを覚えていらしゃいますか?」

「いや、あまり・・・ただ、ルーファースル王の虹色に輝く髪に見とれていたくらいしか・・・」

 クスッとダリューシェンが笑った。

 ルーファースルとはエリリーテと同じ髪を持つ、父の名だ。

 でも講和条約締結は、確かエリリーテが生まれる前の話しだ。

「その時、あなたはルーファースル王におねだりなさったのですって」

「私が?何を?」

「髪が欲しいって」

「ええ!!そ・・・そんなことを・・・」

 トシェンは絶句している。

「その時に同行しました私の父から聞きましたの」

「そ、それで?」

「ルーファースル王はおっしゃったのですって。もしも同じ髪を持つ娘が生まれましたら、お嫁にもらっていただけますか?って。あなたは、絶対に約束!って指切りまでしたそうですわよ」

「覚えていないぞ!そんな話!!」

 トシェンはエリリーテに背を向けているので、その表情は分からないが、耳が真っ赤に染まっていくのがわかった。

「ですから、エリリーテ様がお生まれになったときから、もう、あなたの花嫁になることは決まっていたようなもの」

 エリリーテさえ初めて聞く話しである。

 そんな約束があっただなんて・・・・。

 だから神王様は、婚姻の話しが来たときに、迷わず私をご指名になったのだわ。

「あなたは私にこうおっしゃいました。そなたと一緒になったら、その後に他の后も、側妃も、もらうようなことはせぬと。もちろん覚えておいでですわね?」

「ああ」

「でも、私との約束の前に、すでにエリリーテ様とのことが決まっていたのですから、それは約束を破ったとはいえませんわね」

「ダリュー・・・」

 ダリューシェンの笑顔が少し寂しげに見える。

「そんなお顔なさらないで下さい。もちろん、今までと同じように、私たちはティカーンを挟んでの王と側妃。そのことはかわらないのですわよね?」

「ああ、もちろんだ。だが・・・そなたはそれで良いのか?」

「ティカーンの為を思って下さった。そしてこんな私に真心を捧げようとして下さった。そのことには深く感謝しております。でも、もうそろそろ、あなたはあなたのために幸せを見つけても良いのではありませんか?」

「ダリューシェン・・・。すまない」

 トシェンの手がエリリーテの手を離した。

 静かに立ち上がり、ダリューシェンの手を取り跪き、騎士の礼を取ったが、ダリューシェンは首を振って手をするりとトシェンの手の中から引き抜く。

「その忠誠は、エリリーテ様にこそ捧げて下さいませ。私は・・・命が終わるときまで、ただ一人、エヴァンス様だけを愛し続けていられることを誇りにしたいと思います」

 そう言って微笑むダリューシェン。その光景を忘れないだろうと、エリリーテは思った。

 トシェンの顔は見えないが、トシェンを前に決意を語ったダリューシェンの切ない笑顔とそっと目尻ににじんだ涙を、とてもとても美しいものと思えた。


「さあ、あなたの正妃様に、あなたの気持ちを告げるべきです」

 そっとトシェンを立ち上がらせて、ダリューシェンは部屋を出て行った。

 トシェン様の気持ち?

「ト・・ト・シェン・・様?」

 やっとの思いで声を絞り出す。

「エリリーテ!!」

 トシェンは弾かれたように振り返り、再びエリリーテの手を取った。

「気がついたか!エイファン!エリリーテの目が覚めたぞ!」


 控えの間に控えていた、エリリーテの侍医のエイファンが慌てて飛んできた。

 服のままソファーで眠っていたのだろうか、髪はくしゃくしゃで、自慢の口ひげが変な風にはねている。


 エイファンはそっとエリリーテの脈を確かめ、額に手をあてる。

「ご気分はいかがですか?」

「まだ・・・めまいが・・・」

 目を開けていると、天井が回っているように感じる。

 エイファンはトシェンを見上げて、にっこり微笑んだ。

「どうやら峠は越えたようですな。もう、ご心配いらないでしょう。」

 エイファンはさっきまで付きっきりで看病していてくれたのだ。

 エリリーテはみんなに迷惑をかけていたのだと、申し訳ない気持ちで一杯になる。

「す・・・みませ・・ん」

 声がかすれて、うまく言葉が出ない。

「よかった。一時は命すら危なかったんだぞ」

「ごめ・・んな・・・・ゴホッ!ゴホッ!」

 熱のせいでカラカラに乾いた喉、無理をして言葉を紡ごうとしたので、咳が止まらなくなった。

「水を!」

 トシェンがグラスに注いだ水を飲ませようとしてくれるが、起きあがる力さえ無い今のエリリーテにはうまく飲むことができない。

「ちょっと、待て」

 そう言うと、トシェンはおもむろにその水を口に含んだ。

 そうして、エリリーテが驚くヒマもなく、その水をエリリーテの喉に流し込んだ。

 そう、唇から唇へ。

「ん・・・うん・・・。」

 冷たい水が喉を潤していく感覚と、熱い唇が押し当てられた感覚。

「ゴホン!」

 控えていたエイファンが慌てて咳払いをしながら目をそらす。

「まぁ、まだ体力がおもどりでないのですから、絶対安静ですぞ!」

 そう言い残すと、耳まで真っ赤にして、エイファンは控えの間に下がっていった。

 心配して控えの間から顔を出していたマーリンも、その光景に目を丸くしながら真っ赤になって引っ込んだ。


 やがて、咳は収まったが、トシェンはそのままもう一度唇を重ねた。

 そっと触れるだけの優しい口づけだった。


「ト・・トシェン様?」

 唇が解放された時には、口づけのせいか、それとも病のせいか、動機が苦しいくらい激しいのはどっちのせいなのかエリリーテには分からなくなって、解放されてもただぼんやりと目の前のトシェンを見つめた。

 そんなエリリーテを、トシェンはギュッと抱きしめた。

「エリリーテ・・・無事で良かった・・・」

 腕の中のエリリーテの存在を確かめるように、トシェンはエリリーテを抱きしめ、優しく髪を撫でた。




 さて、あと一話です!


 このまま、突っ走ります!


 皆様に読んで頂けて、うれしいです。

 ありがとうございます!


 雨生あもう

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