放たれた矢 〜正妃は倒れる〜
秋の園遊会当日のその日は、朝から良く晴れて風もなく、穏やかな天気だった。
秋の園遊会が終われば、今年の社交のシーズンも終わりである。
今日は城の庭園を解放して、色づき始めた木々の葉や、秋の草花を愛でたりしながらそぞろ歩く、野外でのパーティーが行われていた。
日差しは暖かいが、日陰にはいるとやはり肌寒い。
今日のエリリーテの装いは、薄い紫色の上着から裾に行けば濃い紫になっているグラデーションの薄布を何枚も重ねた花びらのようなドレスを身に纏い、共布で作られた大判のショールを羽織り、そのショールを大きな同系色のコサージュで留めていた。それが今の宮廷の流行だった。髪には真珠のピンが幾つか飾られていた。中でも一番目立つ位置に飾られているのは、トシェンから贈られた真珠を元に作られた髪飾りだった。
ダリューシェンに決別の言葉を伝えたトシェンは、あれからなんだか少しすっきりした顔をしているとエリリーテは思っていた。
今日のトシェンのエファーは、濃い紫のビロード地に銀糸で草木の模様を刺繍をしてあるものだった。
エリリーテのドレスと色を合わせたもので、寄り添う二人は仲睦まじく、周囲の微笑みを誘っていた。
庭にある池の畔では、この園遊会のメインテーブルがもうけられており、お茶や食事が振るまわれている。
トシェンとエリリーテも一通り参加者への挨拶を済ませて、休憩するためにメインテーブルまでやってきた。二人の周りにはクリアージュやエルーシアンといった騎士達が、さりげなく警護のために寄り添っていた。
池には木々の紅葉や、青空が映り込みとても美しい光景となっていた。日差しは暖かく、肌を撫でる風もさわやかだった。
「向こう岸の木々が赤く色付いて、とても美しいですわね」
傍らの貴婦人にそう言われて、エリリーテも池の向こう岸の木々に目を向けた。
向こう岸にある楓の大木が赤く色づいている。
その時だった。
あんな所に何かしら?楓の脇にある、黄色く色づいた木の葉の間に、きらりと光る物が見えた気がして、エリリーテは目をこらす。
あれは・・・人の手?
そして手の前で光を写していたものが、突如こちらに向かって放たれた。
矢だ!
そして、その矢が狙っているのは!
「トシェン様っ!!危ない!!」
言葉よりも早く、身体が動いていた。
エリリーテの右の肩に激痛が走った。まるで焼けた火箸を押し当てられたようだ。
「エリリーテ!!」
エルーシアンの声が遠くで聞こえた。
悲鳴を上げているのは側に居たマーリンだろうか。
駆けつけた護衛の者が取り囲む人垣の間に、トシェンの姿が見えた。
何か叫びながら、こちらに手をさしのべている。
良かった。トシェン様は御無事だわ。
エリリーテはゆっくりと意識を手放していき、地面に崩れ落ちた。
地面に打ちつけられなかったのは、間一髪で駆けつけたエルーシアンがエリリーテを抱き留めたからだった。
その様子をトシェンが見ていた。
トシェンもエリリーテに駆け寄ろうとしたが、クリアージュや他のお着きの者たちの人垣に阻まれた。
矢を放った刺客を追って、猟犬が放たれる。
エルーシアンが抱き上げると、エリリーテの美しい髪とうす紫色のドレスの裾が、夢のように広がった。
「エリリーテ!!どけっ!退かぬかっ!」
「陛下っ!なりません!」
「もうしばらくご辛抱下さいっ!!」
クリアージュもトシェンを盾となって守るために、その場を離れられず、叫びだしたい程の焦りを抱えながらも、冷静につとめを果たそうとしていた。エリリーテが庇ったトシェンの命を、少しでも危険にさらすわけにはいかなかった。それがエリリーテの望みだからだ。
「安全が確認されるまで、ここを動いてはなりませぬ」
トシェンとクリアージュは、エルーシアンによって運ばれていくエリリーテを焼け付くような焦りの中でただ見つめていた。
襲撃した男は、猟犬に追いつめられて自害してしまった。
誰が黒幕か明かさないために、自殺用の毒を持ち歩いている雇われた暗殺者のようだった。
騒ぎが収まって、王宮に戻ったトシェンを待ち受けていたのは、良くない知らせだった。
「エリリーテ様、ご重体でございます」
侍医のエイファンが青ざめて言った。
「矢は急所を逸れておりましたが、鏃に毒が・・・・。幸いにも応急処置が早く、身体全体に回ってはいないと思われますが・・・」
矢に塗られていたのは、南の海で取れる水蛇の牙から取れる毒で、確実に命を狙った、少量でも致死量となる猛毒であった。
毒矢に気付いたエルーシアンが、肩の傷口から毒を吸い出してくれたのだという。
「解毒剤は?」
エイファンが憔悴しきった様子で答えた。
「お飲ませしましたが、元々弱い体質でいらっしゃるので、解毒が済むまで体力が持つかどうか・・・」
「他に打つ手は?」
「ございません。お目覚めになるのを祈るばかりです」
トシェンは拳をきつく握りしめ、唇が切れるくらいに噛みしめた。
本日3話目の連投。
なんとか完結にたどり着けそうです。
頑張ります!
物語は大きく動きました。
次の更新は一気に続編まで、今日中にたどりつけますように!
読んで下さって、本当にありがとうございます!
雨生




