告げられぬ想い 〜王は誓う〜
トシェンの肩にもたれかかるようにして、やっと眠りについたらしいエリリーテをそっと寝台に横たえると、トシェンは抱えていたキタルをそっと脇に置いて、そのままエリリーテを見つめた。
微かな寝息を立てて、眠るエリリーテ。
日の光に翳せば虹色に輝く白銀の髪は、天窓から降り注ぐ月光の下では銀色に輝いている。まだ幼さの残る寝顔。その身体にそっと上掛けをかけてやりながら、気が付けば長い白銀の髪をそっと指に絡め、唇を寄せていた。
「妹のようにと思っていたのだがな・・・」
自分の中にある感情に、名前を付けるのが恐ろしい。
最初は守られるだけの、幼子のような姫君だった彼女が、いつの間にか少しずつ大人の階を昇り、どんどん眩しく成長していく様をあからさまに見せられて、驚きながらもその成長を見守りたいと思っていた。
薄皮を一枚ずつ脱ぎ捨てるかのように変化して、弱々しかった少女が、強く美しくなっていくのを見ていて、その輝きにどんどん惹かれていく自分を知り驚いた。
気が付けば、誰にも打ち明けることのなかった苦悩を彼女に打ち明けている自分がいて、そしてそれを受け止めてくれた彼女がいた。
救われたと・・・そう思ってしまった。
「だが・・・」
彼女が慕うのは自分ではなく、彼女の騎士エルーシアンだ。
仲むつまじく寄り添う二人はとても似合っている。お互いを信頼しあって、慕いあっているのが伝わってくる。
しかし、エルーシアンは来年には祖国に帰り、結婚するのだという。
エルーシアンも貴族の生まれだということだから、家同士の結びつきのためには仕方がないのだろう。お相手は王族の人間だと言うことだったから、余計に避けられない結婚なのだろう。
貴族や王族は裕福に暮らし、それだけでも幸せなのかも知れないが、こと結婚に関しては自分の自由意志などままならないものなのだ。
トシェンも父王に言われて、仕方なくトリデアルダから正妃を娶った。
エリリーテもエルーシアンを想いながら、父王の決定に従ってトシェンに嫁いで来た。
叶わぬ想いの辛さをトシェンは知っている。
だからこそ、時間の許すかぎり、エリリーテとエルーシアンを一緒に居させてやろうと思っていた。
トシェンは指先に絡めていエリリーテの髪をそっと離す。
そのまろやかな頬にそっと指で触れる。
今日、狙われたのが正妃であるエリリーテだと気が付いた瞬間、焼け付くような焦りがトシェンを襲った。
失うかもしれないと思った瞬間、自分の中の血が一気に引いたような喪失感に襲われて、手が震えた。
トリデアルダの姫だからだとか、正妃だからだとか、そんなことはどうでも良くて、ただ、失うわけにはいかないと強く思った。
気が付けば止める周囲の声を振り切って、馬に乗り駆けだしていた。
冷静に考えれば、自分が駆けつけるのは王として正しい行為では無いと分かっていた。だが、あの時は何も考えられなかった。今、駆けて行かなければ後悔すると思った。
無事を確認した瞬間、腕に抱きしめていた。
あの瞬間の、あの想いは、紛れもない自分の中の真実だと、トシェンも気が付いてしまった。
「私は・・・不実な男だな・・・」
眠るダリューシェンの面影が過ぎる。
ダリューシェンへの想いも嘘ではなく、確かに愛なのだと思う。
エリリーテへのこの想いに名前を付けることはできない。してはいけない。自分の中に秘めたままにしなければと、トシェンは思う。
仕方がなかったこととはいえ、ダリューシェンの後に誰かを娶ったりしないという誓いを、すでに破ってしまっている。これ以上、ダリューシェンを裏切る訳にはいかない。
トシェンはエリリーテの頬に触れていた指をそっと離し、自身を戒めるようにギュッと握り拳を作る。
告げることを許されぬ想いなら、気が付かなければ良かったものを・・・。ふっと自嘲気味にトシェンは笑った。世にも認められた夫婦でありながら、何をやっているんだろうな自分はと・・・。
トシェンは眠るエリリーテの頬にそっと口づけた。
「ずっと、そなたを守ると誓うよ」
そしてトシェンは、自分の中に新たに生まれた告げられぬ想いに蓋をして、堅く鍵をかけたのだった。
なんとか更新。
読んで下さってありがとうございます!
多忙すぎて放心状態な雨生ですが、なんとか生きてます(笑)
やっと、自覚したトシェン君ですが・・・。
さて、年内ハッピーエンド目指して、ペースを上げて頑張ります!!
雨生




