物思い 〜王は戸惑う〜
その日のは「水の女神」を称える祭りが市政のあちこちで行われていて、奥宮でも朝から、女神を奉っている庭園の池の側にある祠に花を捧げる神事が行われた。
トシェンとエリリーテは並んで祠に花を捧げる。
水の女神は人々に豊かな暮らしと心の安寧をあたえると言われている。
エリリーテは水の女神にこの国がいつまでも豊で、人々が心穏やかに暮らせますようにと願いを込めて祈りを捧げた。
トシェンの胸には、エリリーテに捧げた白い薔薇と、もう一輪、クリーム色の薔薇が飾られていた。
その薔薇をきっとトシェンは今朝、離宮のダリューシェンに捧げてきたのだろうと思うと、エリリーテの胸は小さく軋んだ。
でも、それでも、正妃としての自分にもちゃんと花を届けて下さって、こうしてその胸に白い薔薇も飾って下さっているのだから、それだけで十分だと思わなければと、自分を戒める。
午後からはトシェンは街の神殿に出かけて神事に参加するのだということだった。
本来なら正妃であるエリリーテも同行する予定だったが、病み上がりだということで同行は取りやめになったのだ。
「申し訳ありません」
見送りに来て、そう謝るエリリーテの頭を、そっとトシェンが撫でてくれた。
「そなたが気に病むことはない。無理をせずに、早く元気になってもらわないとな」
そう言って出かけようとしたトシェンが、何かを思い出したかのように引き返してきた。
「何か?お忘れ物ですか?」
エリリーテの前に戻ったトシェン。
「いや、これを渡そうと思っていたのを忘れていたよ」
そう言ってトシェンがそっとエリリーテの掌に乗せたのは、一粒の真珠だった。
めでたいことがあるたびに、一粒ずつ贈ろうと、トシェンが約束してくれた真珠は、これでもう四粒目になっていた。
一粒目は結婚式の祝いに贈られて、指輪になっていた。
二粒目は戴冠式の時に、三粒目はティカーン王子の王宮への引っ越しの時にもらって、それらは耳飾りに加工されている。
「水の女神様のお祭りだからですか?」
エリリーテは掌の四粒目の真珠を見つめながらそう理由を問うた。
「いや・・・」
トシェンが言いよどむ気配がして、エリリーテが目を向けると、そこには何故か目を反らしているトシェンの姿があった。
「?」
エリリーテが首をかしげて、トシェンの答えを待っていると、トシェンは突然屈み込み、エリリーテの耳元でささやくように言った。
「その・・・私を励ましてくれた事への礼だ・・・」
「トシェン様・・・」
エリリーテが驚いて目を見張っていると、
「では、行ってくる!」
と、トシェンはエファーの裾を翻して去っていく。その後ろ姿の耳が赤くなっているのを見て、エリリーテは呟く。
「ひょっとして・・・照れていらっしゃったのかしら?」
あの日、エリリーテの前で涙を零したトシェン。
そのことを恥ずかしがっていらっしゃるのかしら?そうエリリーテは思いながらも、照れた様子のトシェンがなんだか可愛らしく思えて、クスクスと笑いながら、掌の中の真珠を握りしめたのだった。
そんな様子を離れて見守っていたエルーシアンとクリアージュは、それぞれに複雑な思いを抱いたのだった。
「なんだよ?今のは・・・」
「いや・・意外とわかりやすいかなと・・・」
どうも、あの日以来、エリリーテの顔を見ると落ち着かないとトシェンは思っていた。
大体、いい歳をした大人の男が、少女のようなエリリーテに縋って泣くなど・・・思い出しただけで、恥ずかしさに顔が赤くなるのが自分でもわかる。
だから、たぶん、彼女の前に行くと落ち着かない気分になるのは、そのせいなんだろうと思う。
今朝、彼女が食後のお茶を騎士たちと楽しんでいるところに行ったのは、真珠を手渡す為だったのに、花冠を被って無邪気に微笑むエリリーテを前にすると、何故か動揺してしまい、すっかり目的を忘れてしまっていたのだった。
「一体・・・何をやっているんだか・・・」
そう言って、口元を片手で覆って馬上で俯いたトシェン。
「は?何かおっしゃいましたか?」
トシェンの呟く声に、前を行くお供の近衛騎士メリタルーシェが振り返って聞いてきた。
「いや、独り言だ。気にするな」
気持ちが浮き足立っているようで何だか落ち着かない。そんな感じがして、トシェンも首をかしげるのだった。
なんとか連投。
読んで下さってありがとうございます。
ハッピーエンド目指して頑張ってます!
トシェンくん、やっとというか、ちょこっと自覚してくれたかなと・・・いや、まだか・・・。
いいかげん、自覚してくれないと話しが前に進みません(泣)
頑張って書きます!
雨生




