花冠 〜正妃は輝きを増す〜
エリリーテが寝込んでから5日ほどが過ぎた。
今日はもう大丈夫だろうと目覚めてすぐに身を起こし、ふと枕元を見れば白い薔薇が飾られていた。
「良い香りだわ・・・」
その時、寝室の扉から侍女のマーリンが顔を出す。
「あら、お目覚めですか?」
マーリンは寝台の天蓋を開けて、エリリーテの顔色を確かめる。
「今日はもう、お顔の色もお戻りになられましたね」
マーリンは嬉しそうにそう言いながら寝室のカーテンを開けて廻る。
エリリーテはふと気になって、マーリンに聞く。
「この薔薇は?」
するとマーリンは笑顔で教えてくれた。
「もちろん、トシェン様からの贈り物ですわ!」
トシェン様が・・・エリリーテの胸がふんわりと暖かくなる。
「それから・・・、こちらがエルーシアン様で、こちらがクリアージュ様からですよ!」
えっ?と、思ってエリリーテが顔を上げると、寝室の入り口には薄いピンクの薔薇が、テーブルの上には月光のように薄い黄色の薔薇が飾られいる。
マーリンに聞いたところ、エルーシアンとクリアージュが今朝、競い合うように薔薇を持って現れたそうだった。
そして、通りがかりにそれを見たというトシェンが、最後に白い薔薇を持って現れたのだとか・・・。
「何故?」
エリリーテが不思議に思って首をかしげていると、マーリンが笑った。
「あら、ご存じないんですか?今日はこの国では水の女神様に感謝を捧げる日ですから、愛する人に日頃の感謝の気持ちを込めて、朝一番に花を贈るしきたりなんだそうですよ」
愛する人。その言葉にエリリーテは頬を染めた。
恋人役であるエルーシアンからは当然として・・・クリアージュ様まで。いつも戯れだと聞き流そうとしていたのだけど、もしかして本気なのかしら・・・まさかね・・・。エリリーテはそんな魅力が自分に有るはずがないと、首を振る。
そして、一番嬉しい白い薔薇をそっと一輪手に取る。
形だけの正妃だけど、あの方は決して私をないがしろにはなさらずに、こうやって気を遣って下さるのだと、胸がときめいてしまう。
「さて、エリリーテ様、どのお花にしますか?」
「えっ?」
「今日は頂いたお花を髪に飾るのがしきたりらしいので、選ばれたお花に合わせてドレスを選びますから」
お気に入りの花を髪に飾る。もちろん、一番飾りたいのは白い薔薇。しかし、エルーシアンやクリアージュが贈ってくれた薔薇をないがしろにも出来ず、エリリーテは悩んでしまう。
悩む主人を前にして、マーリンが笑顔でこう言い放った。
「では、いっそのこと、全て飾りましょうか?」
「えっ?マーリン?」
朝食の席には、朝からエルーシアンとクリアージュが座って待っていた。
いつもの青と白の騎士装束。一つだけ違うのは、今日は二人とも胸にそれぞれがエリリーテに送った薔薇を一輪飾っている。
花を贈った女性が、その花を髪に飾ってくれれば、今日のエスコート役はその男の物になるというしきたりがある。
扉が開いて、現れたエリリーテは、白と薄桃色の薄布を何枚も重ねたスカートがハイウエストの切り替えから流れるように広がっている、花びらのようなドレスを身に纏っていた。
そして、その頭には、三色の薔薇で編まれた花冠が乗せられていたのだった。
「おはようございます」
そう、はにかむように微笑むエリリーテ。
「おはよう、エリリーテ・・」
「おはようございます、エリリーテ様・・」
二人の騎士はその姿を凝視している。
「あの・・・やっぱり変かしら?花冠なんて子供みたい?」
頬を染めて俯くエリリーテの足下にすっと跪き、その手を取ると、クリアージュはその甲にそっと口づけた。
「なんと可憐な!花の妖精が現れたのかと思いましたよ!!」
そう熱っぽくエリリーテを見上げる琥珀色の瞳。
エリリーテが真っ赤になって固まっていると、ハイハイそこまで!というように、エルーシアンがエリリーテの手をクリアージュから取り上げて、仏頂面のままエスコートして朝食の席まで導いてくれる。
恥ずかしさで座ってからも固まったままのエリリーテの手を、エルーシアンが香油をしみこませてあるナプキンで丁寧に拭う。
「はい、消毒完了!」
そこでやっとにっこり笑うエルーシアン。
「消毒だなんて・・私はバイ菌ではありませんよ」
そう言って困ったように笑うクリアージュ。
三人で朝食を取っていると、トシェンの先触れとして小姓のキリクがやってきた。
朝食が終わる頃、トシェンがやってきた。
エリリーテ達はテラスで食後のお茶を楽しんでいた。
「二人とも、役目ご苦労」
そう、まず、騎士達を労うと、エリリーテの姿を見て、トシェンも固まった。
「あの・・・お花、ありがとうございます。その・・・やっぱり変ですか?花冠なんて・・・」
トシェンは慌てたように首を横に振る。
思わず見とれずにはいられないほど、今日のエリリーテは美しかった。
陽光に虹色に輝く白銀の髪に白、桃色、薄い黄色の三色の薔薇の花冠を被った彼女は本当に陽の光の中に見える妖精の幻のようだとトシェンも、二人の騎士達も思っていた。
エリリーテをより一層輝かせているのは、その内側からくる物だとは、誰も気が付いていなかった。
そう、エリリーテは少しずつ変わっていこうとしていたのだ。
運命を嘆くだけでなく、受け入れて、そして、流されるだけでなく、自分の意志で立ち向かっていく強さを得ようとしている。そのことが、エリリーテを内側から輝かせているのだと、その時はまだ誰も気づいてはいなかった。
堅かった蕾が、少しずつ、その花を咲かせようとしていた。
読んで下さっている方、本当にありがとうございます!
年内にハッピーエンドを目標に頑張って連投中です。
次のUPは明日の予定です。
頑張ります!
雨生




