宴 〜姫は側妃に出会う〜
その夜の晩餐会は正妃となるエリリーテのお披露目ということで盛大な宴となった。
エリリーテは光沢のある薄桃色の布地を何枚も重ねた、花びらのようなドレスを身に纏って、トシェンにエスコートされて席に着いた。
エリリーテが広間に姿を見せたとき、誰もがその美しい容姿に釘付けになった。
白磁のごとく滑らかに白い肌は、緊張のためかほんのりバラ色に染まり、その身を覆うばかりに解かれて背に流れている、不思議な光沢を帯びた癖のない白銀の髪には、真珠の髪飾りが似合っている。
そして、髪と同じように不思議な光沢を持つ白銀の長い睫毛の下に伏し目がちな瞳は大きく、美しいすみれ色に輝いていた。
エリリーテは実はとても疲れていた。
しかもこの宴は男女同席というのも、エリリーテには初めての体験だった。
でも、トシェンの側に少しでも居られるのならとがんばっていた。そう、彼女が現れるまでは・・・。
彼女は控えめに、ひっそりと現れた。
ダリューシェンを一目見て、この方が物語に語られた姫だとエリリーテにもわかった。
黄金を思わせる蜂蜜色の豊かな髪を結い上げて、そのうなじの白さは輝くばかり。琥珀の瞳は知性に輝き、深いグリーンのドレスのふくよかな胸元に、王族の証である黒髪の幼い王子を抱いている姿はまさに聖母子像のようだった。
現れたダリューシェンの姿に、居並ぶ人々の中からざわめきが起こる。
「おお!ダリューシェン様だ」
「こういう場においでになるのは久しぶりだな」
「王子を出産されてからは、体調を崩されていてあまり公の場には姿を見せられなかったからな」
「相変わらず、輝くばかりにお美しい」
「ああ、だが、美しすぎるが故に、あのような忌まわしいことに・・・」
「しっ!それは禁句ですぞ!」
トシェンはダリューシェンを出迎え、その腕から王子を抱き取ると、エリリーテの元へとやってきた。
「紹介しておこう。側妃のダリューシェンと王子のティカーンだ」
「初めましてエリリーテ様。遠き地からいらして不便な事もございましょうが、何かありましたらご遠慮なくおっしゃって下さいませ」
そう言って優雅に微笑んだ側妃ダリューシェンを見つめるトシェンの瞳は、本当に暖かで、二人の間に割って入ることなどとても出来ないとエリリーテは思った。
夢が、足下から崩れていくような、そんな心細さが、エリリーテを襲った。
やはり、私は招かれざる客であることに変わりはない。悲しいけれどそうなのだとエリリーテは思った。
私のように痩せっぽっちでつまらない娘が、このように素晴らしい方にかなうはずはない。
食事が終わると、この国のしきたりとして、男性はお酒を楽しむため、女性は食後のお茶とおしゃべりを楽しむために、別々の部屋へ別れた。
トシェンと離れたことで、エリリーテはますます不安になった。
他の貴族の奥方や令嬢の好奇の目は、今や遠慮することなくエリリーテ一人に注がれていたからだ。
「まぁ、確かに美しい髪をお持ちだけれど・・・・。」
とか
「神国の姫とおっしゃられても、六番目の姫でいらっしゃるのでしょう?」
「あんな小娘に頭を下げろとおっしゃられてもね〜」
などというひそひそ話が耳に入って、ますます萎縮したエリリーテの耳に
「しっかりして、胸を張っていらっしゃい!」
と言う声が聞こえた。
エリリーテは、はっとして、いつのまにか俯きかけていた姿勢をしゃんと伸ばした。
それは隣に来ていたダリューシェンの声だった。
「みなさま、改めてご紹介致します。こちらにいらっしゃるのが正妃となられるエリリーテ様ですわ。今日お着きになってすぐでとてもお疲れなのに、みなさまにご挨拶するために晩餐会に出席して下さいましたのよ」
そうすると場の雰囲気が少し和やかになったのをエリリーテは感じた。
「さ、エリリーテ様、みながお言葉を待っております」
エリリーテは緊張のあまりかさかさに乾いた唇をそっと開いた。どうか、声が震えたり、裏返ったりしませんように。
「みなさま、お初にお目にかかります。エリリーテと申します。このように美しき都に嫁いで来られて幸せです。まだこの国の作法など、よく分からないことがあるかと思いますが、以後よろしくお願い致します」
思ったより落ち着いた声を出せたと思う。
「では、お茶にいたしましょう」
ダリューシェンの合図で、お茶とお菓子が運ばれてきた。
エリリーテが一番の上座に、ダリューシェンがその隣に座った。
「何もお教えしないままに、このような席にご案内してしまいすみませんでした」
と、ダリューシェンが席に着くなり謝ってきた。
「晩餐会の後のこのお茶会の主人は今は私ですが、ご成婚の後はエリリーテ様になります。まず、主人の発言がなければ、招待された者からは話しができないという作法になっております」
「私が・・・」
エリリーテは不安になった。このように大勢の貴族達を迎えて仕切ることなど自分にはとうてい出来そうもない。
「大丈夫です、私はこのような席にはあまり同席はできませんが、エリリーテ様に使える者たちが全力で補佐いたしますから」
「よろしくお願いします」
その後は位が上のものから、奥方や令嬢が次々と挨拶にやってきて、ダリューシェンとゆっくり話すどころではなくなった。中には好意的な人もいたが、ほとんどが他国から来たよそ者という好奇の目や、中には敵意すら感じられるものもあった。
みなが好奇の目を向けるのは、やはりエリリーテの髪だった。
「不思議な色合いですこと。やはりトリデアルダの王族には神世の昔の神族の血が入っている証拠だとうかがいましたが本当ですの?」
とパーシュール公爵夫人と名乗った黒髪の女性が聞いてきた。
「そうですね、我が祖国の伝承ではそのように伝えられております」
エリリーテの髪は癖が無く、さらさらと絹糸のように流れ、今は未婚なのでまだ結われず、その長さも足下に届くほどだった。なにより珍しいのはその色だった。
銀の髪なのだが何より美しいのは、その髪が虹色の光彩をまとっていることだ。この光彩は太陽の光や月の光、人工的に点された灯火の下などで、様々な輝きを見せるのだ。
故国トリデアルダの王族にも、この髪を持つ者は稀だ。何人かに一人、このように先祖返りした髪を持つ者が生まれる。
エリリーテの場合は王である父と世継ぎの君である兄が同じ髪を持っていた。
挨拶も一通り済んで落ち着いた頃にようやくダリューシェンと話せるようになった。
「お疲れではありませんか?」
との問いかけに
「ええ、でも、大丈夫ですわ」
とエリリーテは答えた。
本当はとても疲れてしまっていた。
このように大勢の人々にジロジロと眺められていては、気が休まる時はなかった。
故国では本当に掌中の玉のように、世間から隔離された後宮で、家族以外とは直接言葉を交わすこともなく育てられた深層の姫なのだ。
夫以外の男性の目に触れることすら、きっと故国にいればなかったはずだ。嫁ぐと決まってからは、人目に慣れるようにと、お忍びで出かけたりもしていたが、緊張の連続だった。
だが、王族としてのプライドが、エリリーテを支えていた。
「みなが自分たちの主人となるエリリーテ様に興味を持つのは仕方ありませんわね。でも、胸を張っていて下さいね。あなたは正妃になられるのですから」
「はい」
約一時ほどで、ほろ酔いになった晩餐会の主人がお茶会の場にそれぞれのパートナーを迎えに来てお開きになるというのがルールらしく、トシェンがにぎやかに他の男性陣を引き連れてやってきて、解散となった。
「あなた」
と、ダリューシェンが自分の手を取ったトシェンに呼びかけた。
「今日はエリリーテ様をお送りしてね。とてもお疲れのようだから」
「解っているよ。今日はありがとう」
「いいえ」
トシェンがその手の甲に軽く口づけて離した。
物語の中の二人が今まさに目の前で繰り広げた美しい光景に、エリリーテの胸は痛んだ。入り込む余地なんて無い・・・そんなこと、分かっていたはずなのに・・・。
「さて、エリリーテ。部屋まで送ろう」
そう言って自分の手を取ったトシェンの瞳が、反対側の出口から出て行くダリューシェンを見送っているのがわかって、本当に辛くなった。
「あの・・・」
「ん?」
「私、一人でも帰れます。侍女もおりますから」
「ああ、気を遣わなくてもいいんだよ。ダリューなら一人でも大丈夫だ」
そう言うとトシェンはエリリーテの手を引いて歩き出した。
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