昔語り・その2 〜女神の姿をした赤子〜
生まれてきた赤子は、神々の姿をしていた。
銀の髪は陽光に翳せば虹色に輝き、瞳は濃い紫。
エリンファリアは絶望した。
どうして、神々は残酷なことをなさるのだろうと。
どうして、私から愛する人を奪うのだろう。
あっと言う間に噂は広がるだろう。
女神降臨。
この娘は、神々に・・・王家に縁の者だと一目で分かってしまう。
平凡な容姿に生まれていれば、母娘二人でささやかに暮らしていけたかもしれなかったのに・・・。
王族以外で神々の容姿を持って生まれた者は、中央神殿に集められて教育され、神官になるのが習わしだった。
泣きながら娘の髪を撫でる。
陽光に煌めき、虹色に輝く銀の髪。
「あなたは・・・お父様にそっくりね・・・」
愛しい、恋人の姿を模した娘。
愛しくない訳がない。
たとえ・・・わずかの間でも、愛だけを与えたい。
どうか、どうか幸せになって欲しい。
エリンファリアは、女神に毎日祈りを捧げる。
エリンファリアが身ごもっていることに気が付いたのは、宮殿を後にしてから二ヶ月も経った頃だった。
この修道院に辿り着くまでの旅は、身重の身体にはきつかった。
でも、自分を不幸だと思ったことは一度もなかった。
彼に出会えなかったとしたら・・・そう考えると、その方が平和に生きられたかもしれないが、今ほど幸せにはなれなかっただろうと、そうエリンファリアには思えた。
正妻になれなくても、私を産んで愛して育てて下さったお母様。
あなたも・・・私と同じくらい幸せだったのでしょうか?
エリンファリアはいつも微笑んでいた、優しい母親を思い出していた。
王宮から遠からず来るであろう迎えに怯え、別れの日に怯え、それでも修道院の片隅で、母と娘はささやかに暮らしていた。
だが、出産前の無理な暮らしが出産の時に祟って、エリンファリアは寝込むことが多くなってしまっていた。
噂を聞いた正妃エメリリアが、まさかと思いながらも、お忍びで修道院を訪れた。
本当にその赤子が神々の姿をしているなら、王宮か中央の神殿で保護する義務があるからだ。
そこには、産後病に伏し窶れた妹と、神王に似た神々の姿を模した赤子。
全てを悟る正妃エメリリア。
「お姉様・・・」
「エリン・・・どうして・・・」
「ごめんなさい・・・」
違うのだ。エメリリアはエリンファリアを責めてはいなかった。
どうして、何の相談もなく、奥宮を去っていったのか。
こんなに悪くなるまで放っておいたのか、そのことでエメリリアは自分を責めた。
この娘を王宮に招いたのはエメリリアだった。実家に置いていたら、プライドの高い母が、エリンファリアを下女以下に扱うことは目に見えていたからだった。エメリリアは、この腹違いの妹を気に入っていたのだ。
医師の見立てでは、エリンファリアは持って半年とのことだった。
正妃エメリリアは離宮にエリンファリアと赤子を匿った。
たとえ僅かな命でも、エリンと娘を穏やかに過ごさせてやりたいと思ったからだ。
引き取ってから、僅か二週間ほどで、エリンファリアはその短い生涯を終えた。
息を引き取る間際、神王ルーファースルが駆けつけた。
正妃エメリリアが知らせたのだ。
「許してくれエリン・・・・」
正妃が見ているのも構わず、取り乱し、病床に伏すエリンファリアに駆け寄る神王ルーファースル。
「許す?どうして?あなたは私に、こんなに愛おしい者を与えて下さったのに・・・」
エリンファリアは自分の傍らに眠る小さな娘を見つめ、手を握る神王に穏やかに微笑んだ。
正妃エメリリアは思う。神王はこの娘の側で、やっと本当の安らぎを見つけられていたのだと。
「この娘は・・・姫として大切に育てて、必ず幸せにする」
そう泣きながら誓う神王。
「ありがとうございます」
そう微笑みながら答えるエリンファリア。
この方が泣くなんてと、正妃エメリリアは冷めた思いで見つめる。
妻として神王を愛していたが、生まれたときから正妃候補として育てられてきた自分には、こうやって神王の素の心に触れるなどといった事は出来そうにもなかった。この娘の素直な気質があったからこそ出来たことなのだろうと、少し寂しい思いで二人を見つめる。
奥宮には自分以外にも何人もの側室がいて、神王はその全てに平等な、素晴らしい王だった。
だが、この娘は違ったのだ。神王が、ただ一人、心から愛した存在なのだろう。
うらやましく思わないと言ったら嘘になるだろう。だが、エリンファリアの濁りのない純粋な気性は、エメリリアも大好きだったから、そこは少し、ルーファースルの気持ちも理解出来ない訳ではないと思った。
「エリン・・・愛している」
「・・・私も・・」
微笑みながら答えたエリンファリア。それが彼女の最後の言葉となった。
正妃エメリリアは、妹エリンファリアの娘、エリリーテを自分の娘として引き取った。
「この子は正妃の私の娘として育てます」
そう、宣言し、あっという間に手はずを整えた。
「そなたは・・・本当に素晴らしい、非の打ち所のない正妃だ」
そう、神王に評価されて、エメリリアは嬉しかったが、心の底に澱のように溜まる物があった。
それは、寂しさだったかもしれない。
この人は、きっと私のために涙を流したりはしないだろうと・・・。
それからというもの、以前にも増して、エメリリアは正妃としての仕事に没頭していくこととなる。
それは、空いてしまった心の隙間を埋めるためだったのかもしれなかった。
読んで下さった皆様ありがとうございます!
そして、お気に入り登録して下さったり、評価をして頂いた皆様、本当にありがとうございます!
主人公エリリーテの生い立ち、どうしてもこの物語に入れたくて、強引ですが挟んでしまいました。
次話は本編に戻ると思います。
エリリーテのハッピーエンドを祈っていて下さいね!
雨生
12/13 誤字訂正しました。




