姫君の悲しみ 〜正妃は回想する・2〜
エリリーテの生い立ち話、続きます。
次に目覚めた時、部屋の明かりは落とされており、寝台のサイドテーブルの上にあるランプが小さく灯っているだけだった。
寝台の側の椅子にはエルーシアンが座っていた。
「・・・エルーシアン?」
エリリーテが名を呼ぶと、ハッと顔を上げた。
「エリリーテ・・・大丈夫?お水飲む?」
エリリーテが頷くと、サイドテーブルの上にあった水差しからコップに水を注ぎ、一瞬迷ったあと、エリリーテの身体を少し抱き起こし、背にクッションを入れて支えてからコップを慎重に手渡してくれる。
寝台のサイドテーブルの上の香炉から、薄く立ち上る香りは「安眠香」。
エリリーテが怖い夢を見たと泣いたときに、エルーシアンがいつも炊いてくれる香だ。
エリリーテが水を飲み終わると、エルーシアンはそっと頭を撫でてくれた。
「知ってたのね?」
そう、言うとエルーシアンは渋い顔をした。
「なんとなくだけど・・・エリリーテと初めて会った時の事は覚えていたからね」
エルーシアンはエリリーテの手からコップを受け取ると、そのまま扉の方へ向かう。
「どこに行くの?」
そう、エリリーテが声をかけると、エルーシアンは振り向かないままで答えた。
「神王様と正妃様のお使いが待っていらっしゃるから、エリリーテが目覚めたことを伝えなきゃ」
そう言うと、エルーシアンは出て行ってしまう。
夢なら良かったのにと、エリリーテは目を閉じる。
目覚めたら、全ては夢だったら良かったのにと思わずには居られなかった。
私が、本当の娘だったら、お母様はもっと私と一緒に居て下さったかしら?もっと、愛して下さった?
そう思うと、涙が零れてしまう。
お母様が大好きだった。
例え、いつも一緒に居て下さらなくても、お母様の事を誇りに思っていたのに。
悲しかった。
大好きなお母様と血は繋がっている。
それは嬉しい真実だったが、でも、何故、お母様の妹がお父様の子を産むなんてことになったのかしら・・・。
裏切りという言葉が心を過ぎる。
本当のお母様はどんな人だったのかしら・・・。
扉が開き、誰かが部屋に入ってきた。
エルーシアンが戻って来たのかと思い、慌てて涙を拭い、目を向けて、エリリーテは驚いた。
微かな衣擦れの音をさせて、自分の寝台の横に立っていたのは、父、神王ルーファースルその人だった。
「お父様!」
思わず、そう言ってから気が付く。成人したのだから、もう、そのように呼んではいけなかったのだと。
「す、すみません・・・神王様・・」
すると神王ルーファースルはそっと微笑んで、頭を撫でてくれる。大きくて、暖かい手だった。結わずに長く伸ばされたエリリーテと同じ、不思議な輝きを持つ銀の髪が、ランプの明かりでも煌めいていた。
「エメリリアから、真実を聞いたということだったが」
「はい」
「私からも少し話しをしたいが、体調は大丈夫か?」
「はい」
エリリーテは混乱したまま頷く。
そもそも、神王である父が、子供の寝室にまで足を運ぶというのは異例のことだった。
親子とはいえ、神王はこの国の神に近い存在なのだ。
神王はそのまま椅子に座らずに、寝台に腰掛けると、そっとエリリーテの肩を抱き寄せた。
エリリーテが父の腕に抱かれた記憶は、うんと幼い時のものだけだった。
父が纏う衣からは涼やかな良い香りがする。
「何を話しても言い訳になるのかもしれないが・・・私はそなたを産んでくれたエリンファリアを本当に愛していたんだよ」
エリンファリア、それが産んでくれた母の名前。エリリーテは声に出さずに胸の中で呟いた。
神王はエリリーテの髪を優しく撫でながら、深い、低い声で、幼子に物語を聞かせるように語り出す。
「エリンファリアは私の側室ではなかった。彼女は、侍女見習いだった・・・私たちの出会いは偶然で、私は彼女が正妃エメリリアの腹違いの妹であるとは知らずに・・・恋に落ちた・・・」
読んで下さってありがとうございます!
ちょっと短めですが、続きはすぐにUPしますので、お待ち下さいませ。
雨生




