悲しい想い 〜正妃は涙する〜
「私の知る、コドラグレンの反乱において、我が身に起きた出来事の全てを語ったつもりだ」
そう、トシェンが話しを締めくくった。
エリリーテは、身じろぎもせず、ただ、涙を流し続けていた。
エリリーテが憧れた「薔薇の騎士の物語」の、それは、あまりにも辛く悲しい真実だった。
トシェンとダリューシェンの物語は決して「めでたし、めでたし」で終わるような物語ではなかった。
そして、その悲しい物語はまだ終わらず、続いているのだ。
トシェンが真実ダリューシェンを愛しているのだということは、彼の語る言葉の端々から伝わってきた。
でも、吟遊詩人の歌う詩とは違い、彼の想いはダリューシェンには届かなかったのだ。
それでも、トシェンの心は、ダリューシェンを求めているのだ。
眠れる彼女の目覚めを、祈るような気持ちで待ち続けているのだろう。
叶わないからといって、届かないからといって、簡単に諦められないというのは、エリリーテにはよく分かる。自分がトシェンを想う気持ちも、また同じだからだ。
トシェンはそっとエリリーテに近づくと、エリリーテの頬を伝う涙を拭ってくれた。
「憧れの物語の真実を知って、がっかりしたか?」
エリリーテはトシェンの問いかけに、静かに首を横に振る。
トシェンは一つため息をついたあと、ためらいがちにエリリーテにこう切り出した。
「そなたは・・・エルーシアンと一緒に国に帰るか?」
エリリーテは驚いて、目を見開いてトシェンを見つめた。
「このような事情だ。そなたのような若くて美しい娘なら、これからいくらでも幸せになる道を選ぶことができるだろう」
エリリーテは、込み上げてくる涙を堪えながら、混乱する心を一生懸命宥める。
「いいえ・・・帰りません・・・」
そう、答える。
「何故だ?」
そう聞かれれば、想いが溢れてしまいそうになる。
あなたが好きだからです。
たとえ、想いが届かなくても、側に居たいのですと・・・あなたならその気持ちはおわかりでしょうと・・・。
だが、その想いを告げれば、トシェンには重荷になってしまうだろう。
「エルーシアンが、春に帰るのは・・・結婚するからなのです」
エリリーテは震える声でそう告げる。
嘘ではなかった。エルーシアンは春に帰郷し、準備をして、初夏には結婚式を挙げることになっているのだ。
「エルーシアンが結婚!・・・そなたは、それで良いのか?」
そう心配そうにエリリーテを見るトシェンは、エリリーテの想い人がエルーシアンであると思っているのだろう。
「エルーシアンは、私の騎士ですから・・・。しあわせになって欲しいと思います」
そう言って俯いたエリリーテの肩を、そっと包むように、トシェンが抱き寄せてくれた。
「すまない・・・うまい慰めの言葉一つも言えぬ・・・無骨者だな、私は・・・」
これでいいのだと、エリリーテは思う。トシェンの負担にはなりたくない。
それに、エリリーテには、生まれた国に帰るのを躊躇う事情もあったのだ。
「この国に、居させて下さい。決して、トシェン様とダリューシェン様のお邪魔はしませんから・・・」
そう、エリリーテが告げると、あやすようにポンポンとその背中を叩きながら、トシェンが答えてくれる。
「わかった。そなたの気の済むようにすれば良い。・・・エルーシアンが去っても、クリアージュがそなたの護衛騎士を務めるだろう」
「はい。ありがとうございます」
その日は、そのまま休んだ。
トシェンは、涙の乾かぬエリリーテを、そっと守るように抱きしめたまま、二人は眠りについたのだった。
朝、目覚めると、トシェンの姿は無かった。
エルーシアンが迎えに来てくれる。
「おはよう・・・昨日は、泣いたの?」
「ええ・・・」
目の周りが腫れぼったくて、酷い顔をしているのだろうなと思う。
「トシェン様は?」
「朝の会議のために王宮に戻られたよ。クリアージュはお供をして帰った。エリリーテは今日の予定はキャンセルして、ゆっくり戻るといいとおっしゃっていたよ。それから・・・」
エルーシアンは突然、エリリーテの鼻先を摘む。
「っ・・・」
「私が結婚するって、王に話したね」
エルーシアンは不機嫌そうにエリリーテの瞳を覗き込んだ。
「だって・・・本当の事だもの・・・」
「まぁね・・・本当の事だけどさ・・・妙に同情されて、居心地悪いったらないよ」
そう、困った顔でぼやくエルーシアンに、やっとエリリーテは笑顔になった。
「何があったか聞かないの?」
帰り道、エルーシアンの馬に乗せてもらっているエリリーテは、昨日のことを何も聞かないエルーシアンを振り返る。
「ん・・・聞きたいことはいっぱいあるけどさ、クリアージュから釘を刺されたんだよ」
「クリアージュ様が?」
渋い顔をしながら、エルーシアンが答える。
「大体の事情はかいつまんで教えてくれたけど、細かいことは王家の事情に関わることだから、教えられないし、エリリーテに聞いてもいけないと言われた。それはそうだと思うから聞かない」
クリアージュの気遣いが、エリリーテには嬉しかった。
門を出たとき、振り返ると、そこには灰色の大きな壁に守られた離宮の姿があった。
あの向こうに、ひっそりと眠り続けるダリューシェン。
その目覚めを待ち続け、通い続けるトシェン。
馬の背に揺られていると、涙が溢れてきた。
「誰のために泣くの?」
背後からそっと、エルーシアンが涙を拭ってくれる。
「そんな風に、一人で思い詰めて、寂しく泣かないで」
エリリーテは、とうとう両手で顔を覆って泣き出してしまう。
嗚咽が込み上げてくるのを止められない。
エルーシアンがその胸に、抱きしめてくれる。
「みんなが悲しくて、寂しくて、つらいのね・・・」
「私に出来ることは、こうやって抱きしめることだけだけど・・・」
エリリーテはそう言うエルーシアンの手にそっと手を重ねる。
「ううん。あなたが居てくれて良かった。一人じゃ私・・・」
きっと耐えられなかったという、エリリーテの言葉に出来ない思いは、エルーシアンの胸にこぼれた。
読んで下さってありがとうございます!
なんとか次話を無事にUP。
多忙と、風邪ひきのため、次回はいつになるか分かりませんが・・・、頑張ります!
この辺りから後半に突入します。
頑張って完結させますので、応援よろしくお願いします!
雨生




