「薔薇の騎士の物語」の真実・その4 〜王子は待ち続ける〜
トシェンたちの活躍により、コドラグレンの反乱は、わずか十日で鎮圧されることとなった。
王子は奪われた王と義姉を取り戻した。
だが・・・彼女の心は戻らなかった・・・。
彼の兄も永遠に失われてしまった。
トシェンはダリューシェンを森の中にある離宮に住まわせる。
トシェンは反乱の後かたづけや、反乱以来、すっかり弱ってしまった王に変わって政務を行わなければならず、気楽だったはずの第二王子の日常は激変した。
眠る間も無いくらいの日々。
しかし、彼は、毎日彼女に会いに行く。
彼女の好きな薔薇を携えて。
彼女はトシェンを見ると、優しく微笑む。
そして優しい声で愛しい名を呼ぶ。
「エヴァンス様」と・・・・。
それは亡き兄の名だった。
亡き兄に似ていると言われたことはあったが、二人の印象は静と動という風に、違っていたはずだった。
しかし、残酷な現実に心を砕かれてしまい、夢の国に逃げ込んでしまった彼女は、愛する人の不在を受け入れられなかったのだ。
エヴァンス様と呼びかけられ、微笑む彼女に会うのは辛かった。
「トシェンだよ。ダリューシェン・・・。兄上はもう居ないんだ!」
そう、叫び出しそうになることもあったが、トシェンは耐えた。
これ以上、ダリューシェンを辛い目に遭わせたくなかった。
自分が、エヴァンスを演じれば、彼女は幸せなままでいられるのだと・・・。
トシェンは、短くしていた髪を伸ばし始めた。
エヴァンスに・・・少しでも近づくために・・・。
そうしている内に、彼女の腹が膨らみだし、酷いウワサが飛び交った。
「あのお腹の子は、謀反人エルンストルの子に違いない!」
でも、トシェンは兄の言葉を聞いていた。
だから、信じて疑わなかった。
兄上の子に間違いないと。
もし、お腹の子が王子であれば、王太子にはその子が相応しいと。
生まれてきたのは王子だった。
亡き兄の忘れ形見。
次の王太子にはこの王子をと、トシェンは進言したが、誰も取り合わなかった。
弱った王。
内乱で疲弊した国。
立て直すために、トシェンは王太子になるしかなかった。
そして、兄の子を次の王太子に指名するために、ダリューシェンとの結婚を強く望んだ。
ずっと、昔、初めて会ったあの日から、トシェンもずっとダリューシェンを愛していたのだ。
周囲はもちろん反対した。
しかし、トシェンも譲らなかった。
トシェンとダリューシェンの婚儀は、離宮の小さな礼拝堂で、ひっそりと行われた。
ダリューシェンは、兄と同じように伸ばした髪を後ろに括ったトシェンの傍らで、嬉しそうに微笑んでいた。
あの反乱から、二年の月日が流れていた。
二人の初夜の夜。
トシェンは、愛するダリューシェンを初めて抱いた。
幸せだった。
例え、ダリューシェンの心が、自分に向けられていなくても、彼女だけを生涯愛し、守ろうと思った。
腕の中で眠る彼女を、抱きしめたまま眠りについた。
だが、次の日、目覚めると、青ざめた顔で自分を見つめるダリューシェンがいた。
「何故?どうして・・・こんなことに?」
ダリューシェンは、心を取り戻したのだ。
「ダリューシェン!」
トシェンはダリューシェンを抱きしめる。
「エヴァンス様っ・・・」
亡き夫の名を呼び、泣き続けるダリューシェン。
混乱する彼女に、トシェンは反乱の後からの出来事を語って聞かせる。
乳母に連れて来させた、小さな王子をその腕に抱かせる。
「この子は、エヴァンス様のお子です」
「分かっている」
トシェンがそう言うと、ホッとしたようにダリューシェンは小さな息子に頬ずりをする。
「この子を・・・エヴァンス様の忘れ形見を、王位に付けるために、私たちの婚姻は必要だったのですね・・・」
我が子をじっと見つめたまま、ダリューシェンが震える声でそう確かめる。
「そうだ」
トシェンはダリューシェンを見つめたまま答える。
「ありがとうございます、トシェン様。でも・・・今の私には辛すぎます。夫の命を救うためだったとはいえ、夫を裏切って、憎い敵に抱かれ、今度は・・・あなたとなんて・・・」
トシェンはそっとダリューシェンの肩を抱き寄せる。
「すまぬ・・・ダリューシェン。私は、ずっとそなたを愛していたのだ」
「トシェン様?!」
驚いてトシェンを見上げたダリューシェン。琥珀色の瞳の中に、トシェンの顔が映る。
「兄の妻となられた後も、私はあなたを・・・。だが、お二人の幸せを守る騎士として、ずっと生きていくつもりでした・・・。だが、今はこうして、あなたの夫となった。この命をかけても、あなたと王子を幸せにします。時間はかかるかもしれませんが、どうか、私を見て下さい。あなたの後に新たに誰かを娶ったりもしません。あなただけ愛し続けると誓います」
しかし、彼女は力なく首を横に振って泣くばかり・・・。
「あなたには、もっと相応しい方がきっといらっしゃいます。このように汚れた身の私は、正妃になど相応しくありません。それに、やはり、私はエヴァンス様を愛しているのです。たとえ、もう二度とお会いできないとしても・・・」
ある日、彼女は薬を飲んだ。
それは「思癒草」という遥か東の国から取り寄せられた妙薬。
心の傷を癒す薬という触れ込みであったが、軽いものならば一晩眠ってしまえばすっきり出来る。しかし、心の傷が深ければ傷が癒えるまで眠りっぱなしになってしまい、やがて衰弱して死に至るという、恐ろしい薬だった。
その薬を持っていたのは、庭師の年老いた母親で、嘆き悲しむダリューシェンの為に、良かれと思っての事だった。そんな副作用があるとは、思いもよらなかったということで」、老婆は罪には問われなかった。
解毒は不可能だった。
トシェンが連れてきた、テレリーアの医師団が、眠り続けても衰弱死に至らないように、不思議な銀の繭のような寝台の中に、ダリューシェンを寝かせた。
トシェンはダリューシェンを心から愛していた。
しかし、その想いは拒絶されてしまった。
苦しい恋。
彼女は銀の繭の中で眠り続け、トシェンは毎日彼女の元を訪れる。
彼女の好きな薔薇を携えて。
いつの日か、彼女が眠りから覚めるのを待ち続けている。
読んで下さって、ありがとうございます!
随分と、お待たせしてしまいました。
風邪を引いて、久々に寝込み、溜まったやるべき事に忙殺されそうになりながら、なんとか生きてます(泣)
おとぎ話なら、お姫様と王子様が結ばれて、めでたしめでたしなんでしょうが、「薔薇の騎士の物語」も、吟遊詩人が歌っているのは、二人が結ばれてめでたしめでたしの部分までなんですね。その裏にあった真実を書くために、ちょっと淡々とした書き方になっておりますが、史実を語るためですので、ご容赦くださいませ 。
ここから先、すぐに書きたいのですが、まだ風邪が完治しておりませんので、少しお待たせするかもしれません。
応援して下さっている皆様、本当にありがとうございます。
頑張って、続き、書きます!!
(その前に、風邪治します〜!)
雨生




