「薔薇の騎士の物語」の真実・その3 〜姫君は祈りを捧ぐ〜
目覚めて、まず目に入ってきたのは、見慣れぬ光景だった。
天蓋付きの寝台の上。天使と女神が描かれている天井画。
「目が覚めたようだな」
声をかけて来た人物を見て、ダリューシェンはハッとする。
「エルンストル様・・・どうして?」
身を起こそうとしてみたが、後ろ手に縛られていて、ままならない。
頭の芯がズキリと痛む。
侍女達に午後のお茶を支度するように言いつけて、部屋に戻ったとき、何者かに襲われて、薬のような物を嗅がされて、気を失ったのだと思い出した。着衣は午後に着替えた青い、レースを幾つか重ねた飾りの美しいドレスのままだった。
そっと下腹部を伺うが、痛みは無い。無事のようで、ホッと安堵の息を付く。
手を結んでいる縄が緩まないかともがいていると、ギシッと寝台が軋む音がして、エルンストルが寝台に腰掛けて、ダリューシェンを覗き込むようにして顔を近づけて来た。
「そうしていても、そなたは美しいな、ダリューシェン」
エルンストルの指が、そっとダリューシェンの頬に触れる。
「さわらないで!」
身動きが取れ無いながらも、ダリューシェンは必死に身をよじり、エルンストルの手から、その身を遠ざけようと足掻く。顔を背けるが、顎を掴まれ、強引に正面を向かされて、目を合わせられる。
「この状況でも、まだ強気で我を拒むのか?」
エルンストルのその指先が首筋に触れる。
「何をなさるつもり?!私は王太子妃なのですよっ!」
エルンストルが自分に好意を持っていることは知っていた。時に度が過ぎるほどの執着心を見せて、つきまとわれたりして、怖い人だと警戒もしていた。
しかし、王太子妃となったその後は、王弟であるエルンストルがそんな暴挙に及ぶとは思ってもみなかったのである。
睨み付けるダリューシェンに、ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべるエルンストル。
エヴァンスやトシェンと同じ髪の色、同じ瞳の色で、血縁上は叔父と甥という関係だけあって、面差しは似ているが、心根が違うとこうも禍々しく映るのだと、ダリューシェンは吐き気がした。
その時、余裕の笑みを浮かべたエルンストルがダリューシェンの耳元に唇を寄せて、囁くように呟いた。
「そなたが我の言うことを聞かぬと、我は尊敬すべき王陛下である兄上と、可愛い甥を殺してしまうかもしれないよ」
ダリューシェンは驚愕に目を見張る。
「エルンストル様!何をっ!」
ダリューシェンを驚かすことか出来たことが嬉しくて仕方がないとでも言うように、エルンストルは微笑みを浮かべたまま答える。
「兄上は捕らえて、エヴァンスは抵抗したので我の手の者に切られて、いまだ玉座の間に転がっておるわ」
「そっ・・・そんなっ!・・・エヴァンス様っ・・・」
泣くまいと、弱みを見せるまいと、気丈に振る舞ってきたダリューシェンだが、思わぬ言葉に涙が溢れる。
女神ルルーシェ様っ!どうか嘘であって欲しい。私の命なんてここで差し上げますから、エヴァンス様を助けて!と、心の中で叫ぶ。自分の命よりも大切な存在が、今、このときも、命の危険にさらされているのかもしれないと思うと、ダリューシェンの鼓動は高鳴り、額には冷たい汗が滲んだ。
そんなダリューシェンの動揺した様子を見て、エルンストルは得意気に微笑んだ。
「そなたが我の言うことを大人しく聞くなら、エヴァンスを手当して生かしてやろう」
「えっ!・・・」
「二人を助けられるかは、そなた次第ということだよ。どうする?」
「・・・二人を・・・助けて下さい」
そう、絞り出すような声で、祈るように、ダリューシェンは告げた。
クックッと、嬉しそうに笑うエルンストルは、ダリューシェンに告げる。
「では、大人しく、我のモノになるのだな?」
「何をっ!」
「おや?嫌だと言えばすぐにでも、エヴァンスの首を刎ねてそなたにプレゼントしても良いのだぞ?」
あまりのことにダリューシェンは息を飲む。
この男は・・・狂っている・・・。
「やめてっ!何でも、言うとおりにするからっ!エヴァンス様を助けてっ!!」
「では、こう言うのだ。「今すぐ、私を抱いて下さい」と」
ダリューシェンは絶望で目の前が真っ暗になった。
「さあ、言うがよい」
貴公子然と振る舞っているが、この男はケダモノなのだ。人の心の痛みなど、分かるはずも無い・・・。
「その前に・・・エヴァンス様の手当をして下さい」
「我に従うと誓うのだな?」
「・・はい・・」
「では」
そう言うとエルンストルはサイドテーブルの上の呼び鈴を鳴らし、一人の騎士を呼び寄せた。そして、その者に何かを耳打ちすると下がらせた。
「エヴァンスの手当と、兄上への食事を運ぶように申しつけた。さあ、約束通り、我に従うのだ!」
ダリューシェンは、辱められるくらいなら、ここで死を選ぶべきなのかもしれないとチラッと思った。
しかし、その思いを読んだように、エルンストルが囁く。
「言っておくが、そなたが死を選べば、二人とも殺してやる!」
「!!」
エルンストルは、ダリューシェンに頬を寄せて囁いた。
「さあ、言うのだ、姫よ。私に懇願するがよい」
「っ・・・私を・・・抱いてください・・・」
「クックックッ・・そうか、では、望み通り可愛がってやろう」
そう言うと、エヴァンスはナイフを取り出し、ダリューシェンの腕の戒めを解いた。
エルンストルの唇が首筋に触れた時、ダリューシェンはその琥珀色の瞳をきつく閉じた。
許して下さい。エヴァンス様!この身は穢されても、私はあなたと我が子の命を守りたいのです!
エルンストルはダリューシェンを手に入れて、有頂天であった。
「ついに手に入れた。我が愛しの姫よ」
エルンストルは寝室に籠もりきりとなり、片時も彼女を手放さず、溺れていた。
だが、ダリューシェンの心は手に入れられはしないのだ。
ダリューシェンは、エルンストルの意のままに弄ばれながらも、ずっと夫のエヴァンスを心配し続けていた。
そして、王子が救いにやってきた。
「姉上っ!・・・ダリュー!!無事ですか?」
ダリューシェンが目を開けると、そこにいたのは、労るような紺色の瞳、紺色の髪の若者だった。
「・・・あなた?」
そっと腕を持ち上げて、髪に触れる。
「ダリューシェンっ・・・もう、大丈夫だよっ」
そう言って抱きしめてくれる優しい腕。
「エヴァ・・ンス様っ・・・ご無事で・・」
そう言うと、沈黙が流れ、
「すみませんっ・・・兄上はっ・・もうっ・・・」
目の前に居たのは、彼女の夫では無く、弟だった。
「もう・・・何?・・エヴァンス様・・・は・・?」
「間に合いませんでしたっ・・・すみませんっ・・」
「っ・・・嫌ぁっっ!!・・」
そのまま、ダリューシェンは気を失った。
彼女の身を捧げた祈りは届かなかった。
彼女の心は壊れてしまった・・・。
頑張っての連投〜(笑)
応援ありがとうございます!
読んで下さった全ての方に感謝!!
「薔薇の騎士の物語」の詩の中では語られていない、物語よりももっと悲しい真実を語らねば前に進めません・・・・。
早く続きをお届けできるよう、頑張ります!!!
雨生




