決心 〜王は心を決める〜
走る馬の背に揺られながら、エリリーテはとまどいを隠せないでいた。
ギュッと握りしめて、しがみついているのは、トシェンのエファーの胸元。
手綱を握る両腕の中にすっぽりとかくまわれているようで、ドキドキしてしまう。
庭でいつものようにティカーン王子と話をしていた。
ベンチに腰掛けて、覚えた花の名前をそらんじて見せるティカーン王子。
今日は少し早く眠くなってしまったような、その小さな身体を膝の上に抱いて寝かしつけようとしていた時だった。
植え込みの向こうから、トシェンが現れた。
「話しがある」
常になく堅い表情のトシェンにそう告げられた。
ティカーンをエリリーテの膝から抱き上げると、そのまま居間のテラスに向かって歩き出す。
テラスで向かい合い、「盤上の騎馬戦」というゲームに興じていたエルーシアンとクリアージュは、突然現れたトシェンに驚きながらも、臣下の礼の姿勢を取る。
「よい。ご苦労」
そう短い労いの言葉をかけると、二人の側をすり抜け、ティカーン王子を向かえに来ていた乳母の手に預けた。
「エリリーテ、出かけるから支度を。馬で行くから暖かくして」
そう、エリリーテの方を振り向かず、背を向けたままのトシェンが告げる。
「トシェン様?」
そう戸惑って呼びかけるエリリーテの肩に、テラスから付き従って来たエルーシアンが手を置く。
「失礼ですが、どちらまでおいでになりますか?馬で行くとは?」
そう、エルーシアンが問いかける。エルーシアンも、側にいるクリアージュも、王の予定に無い行動に戸惑っているようだった。
「確かエリリーテ様は乗馬は・・・」
クリアージュも戸惑ったように声を掛ける。それにもまた、振り向かずにトシェンは背を向けたまま答える。
「私の馬に乗せていく。行き先は・・・離宮だ」
「トシェン様っ!!」
クリアージュが驚いたように声を荒げた。
「もう、決めたんだ」
トシェンはそう呟いた。
「では、供を」
そういうエルーシアンをクリアージュが手で制した。
「エルーシアン殿!今回の供は私が!」
「クリアージュ殿?」
それを制したのはトシェンだった。
「二人とも、供を許す。ただし、離宮の外までだ」
戸惑うエルーシアン。エリリーテもまた戸惑っていた。
様子をうかがっていた侍女のマーリンがエリリーテの手を引く。
「外出用のお支度をしますので、こちらへ」
そう言われて、エリリーテはマーリンに寝室へと連れていかれる。
結った髪を一度解かれる感覚に戸惑って鏡越しにマーリンを見つめると、彼女は笑顔でこう言った。
「いよいよですね、エリリーテ様。ダリューシェン様をお見舞いに行かれるのなら、正妃として恥ずかしくないお姿で会われなければなりませんから!」
マーリンのいつになく気合いの入った様子に、エリリーテは苦笑いを浮かべた。
髪を結い直し、「お見舞いに行くのに華美で無い程度で、でも、正妃らしい装い」と、マーリンが選んだ、深い紫色のビロードのドレス(馬に乗るのだからとスカート部分の膨らみは押さえた)を身に纏い、外出用の黒い外套を纏ったエリリーテにトシェンは、
「馬車が通れぬ道を使うので、馬に相乗りする。冷えると思うから」
と、外套を更に厚手のフード付きの物に変えさせて、奥宮の入り口の階段の所まで、手を引いてエスコートしてくれた。その指先はいつもより冷たく、表情は硬かった。ひょっとして、酷く緊張していらっしゃるのかしら?エリリーテは戸惑うばかりだった。
奥宮の入り口の階段の下に、馬を引いたエルーシアンと、クリアージュが待っていた。
エルーシアンは困惑した表情を浮かべ、クリアージュは酷く思い詰めた表情をしていた。
トシェンはエリリーテに問いかけた。
「馬に乗るのは初めてか?」
「はい」
先に馬上の人となったトシェンは、クリアージュの手を借りて、自分の前に横座りに乗ったエリリーテの腰をぎゅっと抱いた。
「では、しっかり私に掴まって。私のフレイアは良い馬だからあなたを落としたりはしない」
思ったより高い!エリリーテの胸は不安で一杯だったが、トシェンに促されて、遠慮無くトシェンの胸元にギュッとしがみつき、額をその広い胸に押しつけた。
「では、行くぞ!」
そう言うと、トシェンの足が馬の腹を蹴り、一声嘶いた馬は、矢のような早さで駆け始めたのだった。
ご愛読頂いている皆様、今回初めて読んで、ここまで読んで下さった皆様。本当にありがとうございます。
いつの間にかお気に入り登録が1400件を越えており・・・「目指せ!お気に入り登録100件!」だった私は戸惑うばかりです。
お気に入り登録下さった方、評価して下さった方、お気に入りユーザー登録して下さった方、そしてここまで読んで下さった方、本当にありがとうございます!!
ようく大きな山を一つ越せたので、ご褒美(自分への)で更新。
まだまだ現実世界で越えなければならない山が今週末にかけて二つほどありまして、それを片づけたら、次話更新となる予定です。
物語はいよいよ核心へ。
もう少し続きそうなこの物語、応援よろしくお願いします!
雨生




