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正妃の偽り  作者: 雨生
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騎士たちの朝 〜騎士は憂慮する〜

 早朝、まだ空がようやく夜明けの光を予兆のように纏い始めた頃、エルーシアンはいつものように訓練場の広場の片隅で弓を引く。


 この国に来てから、昼間はエリリーテの警備のために常に彼女と供に過ごすから、訓練するのはどうしても早朝と夜に少しずつになってしまう。


 カッ・・・タン!

 矢が弓弦を離れ、的に命中する。

「それたか・・・」

 中央からほんの少しずれた部分に矢が突き刺さっている。

 迷いがあるからかと、ため息が漏れる。



 エルーシアンは誰よりもエリリーテを大切に思ってきた。どんな辛いことからも遠ざけて、守って、幸せに笑っていてほしいと思っていた。


 そして彼女は、憧れの王子の后になった。

 けれど、おとぎ話のように「めでたし、めでたし」では終わらない。

 彼の心には別の女性が住んでいる・・・。


「エリリーテ・・・」

 そっと名前を呼んで、目を閉じる。どうすれば、今の君を幸せに出来る?


 いっそ、国に連れ帰ってしまおうかとも思う。

 理由なんていくらでもある。王が彼女を愛さない、いまだに「清い結婚」であると聞けば、きっとリアルシャルンの王と正妃は「戻ってこい」と言ってくれるだろう。二人は娘を愛している。そして彼女を溺愛している彼女の兄もきっとそうするように言うはずだ。


 だが・・・彼女は、トシェン王を愛しているのだ・・・。

 再び、矢をつがえて的と向き合う。

 カッ・・・タン!

 今度も少し中心をはずれる。

 彼女を国に連れ帰ったとしても、それで幸せになれるとは思えない・・・。


「やあ、見事な腕前だね」

 そう背後から声がして振り返ると、そこに居たのはクリアージュだった。

「・・・・」

 気配を感じなかったな・・・。エルーシアンが警戒心を抱きながらも無言で見つめていると、クリアージュは歩み寄ってきた。

「邪魔をしてしまったかな?」

 白い騎士服に身を包んだクリアージュのその姿を、エルーシアンは訝しげに見つめる。

「そのお姿は?」

「ああ、この格好ね・・・これは王の近衛の騎士団の服だよ」

「近衛騎士団・・・」

「私もこれでも一応近衛騎士団の末席に名を連ねている身なのでね」

 

 今の王の近衛騎士団は、先の「コドラグレンの反乱」の時に王と共に戦った騎士達で構成されているはずだと、エルーシアンは記憶していた。


「では、あなたもコドラグレンの・・・」

「ええ。王子だったトシェン様のお供をして、アストキアに騎士の訓練に出向いていたのでね」

 そう言って爽やかに微笑む貴公子の中の貴公子的な存在のクリアージュ。

「弓を、見せてもらってもいいかな?」

 そう言って手を差し出してくるから、エルーシアンは仕方なく手にしていた愛用の弓を渡す。

「ほう・・・軽いね・・・ひいてみてもいいか?」

 クリアージュは弓を軽く振って、軽さを確かめたあと、今度は弓弦をひいてみている。

「どうぞ・・・」

 クリアージュは矢を取ると、スッと構えた。

 カッ・・・タン。矢は的の中央に命中している。

「ありがとう。良い弓だ」

 そう言うと、エルーシアンに弓を差し出す。こいつは「デキるヤツ」なのかもしれないと思う。エルーシアンの弓は、普通のモノに比べてやや小さめに、軽めに作ってある。それを簡単に扱ってみせた。エルーシアンは無言で弓を受け取った。

 

 その時、すっと手首を捕らえられた。

 何故?

「何か?」

 エルーシアンが手を引くと、

「いや、思っていたより華奢なんですね。私も華奢な方だが、その私より細いとは」

 クリアージュはそう言って、笑いながら手を離す。

 エルーシアンはクリアージュに背を向ける。笑顔の裏で何を考えているのか、得体の知れない男だと警戒心が強くなる。

 その背中に、クリアージュが声を掛けた。

「あなたの滞在期間には期限があるのだと伺いました」

「それが何か?」

 エルーシアンは不機嫌さを隠そうともしないで振り返る。

「つまりは、ずっとエリリーテ様の護衛騎士ではいられないということですね」

「そうですが・・・」

 エルーシアンは来春までには帰国しなければならない事情がある。それは動かせないことで、ずっとこのままエリリーテの側にいることは不可能なのだった。


 クリアージュは相変わらずの美しい微笑を浮かべている。

「私が立候補しようかと思っているのですよ」

「はっ?」

 エルーシアンは一瞬何を言われているのかと、眉をひそめた。

 訓練場を囲む木々の間から、朝日が差し込んできて、クリアージュの蜂蜜色の金の髪を照らす。爽やかな一陣の風が二人の間を吹き抜けていく。


「我が剣を捧げるのに相応しい貴婦人にようやく巡り会えた、そんなところです」

「あなたはロマーノ公爵家の跡取りだと聞きましたが?」

 ふっとクリアージュは微笑みを深くする。

「良くご存じなのですね。ですが、うちにはあと二人、弟がいましてね。別に長男だからと言って私が継がないといけないわけでもない」


 この男、何を考えている?エルーシアンは肩越しに振り返っていた姿勢から、ちゃんと向き合うように体勢を立て直す。

「エリリーテ様は、トシェン様の妻で、王の正妃だ。それでもと?」

「ええ。もちろん、騎士道精神に基づいて、我が生涯を捧げても、エリリーテ様をお守りしたいと思っていますよ」

 エルーシアンはくらっと目眩がした。ニコニコと、虫も殺さぬような最上の微笑みを浮かべて、この男は何を言うのか。


「ですから、あなたに安心して頂くためにも、一度お手合わせをと思っているのですが、いかがです?」

「・・・いいでしょう。ただし、お互いに主の許可を得てからですが・・・」


 エルーシアンはじっとクリアージュの琥珀色の瞳を見つめる。この男、本気か?本気で生涯触れあうことが出来なくても「騎士と剣を捧げられた貴婦人」の関係を貫いていくと?それは「完全なる純愛」とされ、騎士道では最も尊ばれていることだが、難しく険しい道だ。


「本気で「完全なる純愛」を貫く覚悟がおありなのですか?」

「ええ。もちろんです。そうでなくてはあなたにこのような申し出はしませんから」

 そう言ったクリアージュの瞳が、笑みに細められた表情から一変して、挑発するような輝きを帯びた。


 エリリーテ様・・・あなたは厄介な御仁に気に入られたのかもしれませんよ。エルーシアンは、気迫負けしないようににらみ返しながら、エリリーテの将来を案じるのだった。

 また、ちょっと空いてしまいました。


 ここらあたりから、いよいよ色々な複線の謎解きに入るつもりなのですが、完全サブキャラの予定だったクリアージュくんが暴走しまして(苦笑)・・・。

 まぁ、落ち着くところに落ち着く予定ですが・・・。


 今週中は本当に多忙を極めておりまして、なかなか更新できません。7日に一山越えまして、10日にもう一山越えれば、何とか時間を作れるかと・・・。 


 お待たせして、すみません。

 もう少しお付き合い下さいませ。


 雨生あもう

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