発熱 〜正妃は知恵熱を出す〜
「おはよう、よく眠れたかな?」
目覚めたエリリーテが寝室から着替えて居間に行くと、エルーシアンが待っていた。昨日は夜番だったのねと、エリリーテは眠い頭を軽く振りながら考える。
「王は、いつものように朝早くに帰られたよ」
「そう・・・」
また、執務の前に離宮に行かれるのだろうと、今頃、ダリューシェン様を見舞っておられるのだろうと、少しの寂しさがチクリとエリリーテの胸を刺す。
「また・・・そんな顔をして・・・」
エルーシアンがうつむくエリリーテの顎を掬い上げる。
「エルーシアン?」
「そんな、泣きそうな顔しないの!」
「ご、ごめんなさい・・・」
「それから、あやまらないこと!・・・辛いのは覚悟の上なんだよね?」
「うん・・・」
エルーシアンはそれ以上何も言わずに、そっとエリリーテの額に口づけを落とす。エルーシアンの無言の慰めに、エリリーテは暖かい気持ちになるのだった。
「で?王はいつものように隣で眠られただけなの?」
居間のテーブルにいつものように並べられた二人分の朝食を囲みながら、エルーシアンが聞いてきた。
エリリーテは、昨夜のことを思い出し、口にしていたパンをグッと喉に詰まらせた。
「んっ・・・・」
「あっ!エリリーテ!これ飲んで!!」
エルーシアンが慌ててクリョックという柑橘系の実を搾ったジュースを渡してくれて、エリリーテはなんとかパンを流し込む。
今朝の朝食は北のコドラグレン産のチーズを上に乗せてあぶって溶かしたパンと、南のケースルで取れるクリョックのフレッシュジュース、それにファミュという鳥の卵のオムレツ、プキアという豆のスープだった。
真っ赤になったエリリーテを見て、エルーシアンは眉をひそめる。
「何かあった?・・・君の「恋人」としては気になるところなんだけど?」
ジュースを注ごうとしていた侍女が、その発言を聞いて、赤くなって固まる。
「ああ、君、このチーズを乗せたパンをもう一枚もらえるように厨房に頼んできてくれないか?」
そう、エルーシアンから極上の笑みを向けられて、ぞの侍女は更に頬を染めながらうなずき、居間を出て行く。
「さて、お姫様、人払いはしたよ。何があったの?」
エルーシアンの笑っているけど目は笑ってない微笑みに、エリリーテは頬を染めてうつむく。
「まさか・・・抱かれた訳じゃないよね?」
そう、エルーシアンが問いかけると、エリリーテは弾かれたようにエルーシアンを見て、益々赤くなって俯く。
「えっと・・・」
「寝台に入ってこられた王はどうされた?」
エルーシアンはやや尖った声を掛ける。
「わ、私は・・・いつものように、王に背を向けて眠ろうとしたの、そしたら・・・」
「そしたら?」
「その、背中から抱きしめられて・・・」
エリリーテがおずおずとエルーシアンの顔を見上げながらそう言うと、エルーシアンの眉がピクリと跳ね上がった。これは、不機嫌な時の表情で・・・。
「で?」
「何もしないから、眠りにつくまでこのままでと・・・」
「それで?」
「そのまま・・・お休みになられたわ」
あのクソ王っ!!と、エルーシアンは心の中で、貴公子にあるまじき悪態を付く。
「でもね、エルーシアン」
「何?」
ビクリとエリリーテの肩が揺れるのを見て、エルーシアンは、ああ、エリリーテにあたっても仕方がないと、己に「冷静であれ」と言い聞かせる。
「初めての夜もだったのだけど・・・」
「・・・」
「トシェン様は「抱かない」とおっしゃったのに、何故私を抱きしめてお休みになられたのかしら?変よね?」
「!?」
エルーシアンは軽い目眩を覚える。
えっと・・・この姫君は、男女の間において「抱く」という言葉が本当に意味することをご存じで無い??
いきなり頭を抱えてしまうエルーシアンを不安げに見つめるエリリーテ。
「エリリーテ・・・」
「何?エルーシアン?」
「その・・・君は、男女の間にどうやって子供が出来るのか知っているのかな?」
キョトンとした顔で、エリリーテはしばらく考えて答えた。
「ええ、知っていると思うわ」
「では、答えて」
「それは・・・、夫婦になりますと神に誓いを立てて、同じ寝台で抱きあって眠ると、子を授かるのよね?寝台にいる間は、旦那様の言うとおりにすれば良いのよね?旦那様は「鍵」を持っていて私たちの持つ「神秘の鍵」を開けられるんでしょう?」
「はぁっ・・・・・」
エルーシアンは盛大にため息をついた。
どうして、誰も、この姫に真実を婉曲にしか伝えていないんだ?そして、真実を伝える、その役目をしなければいけないのは私なのか?
「エルーシアン?私、何か間違ったかしら?」
不安げに首をかしげたエリリーテ・・・。
「あのね・・・」
エルーシアンは覚悟を決めて話し始める。
「男と女の違い、分かるよね?」
「身体の大きさとか、強さ?」
「もっと、ハッキリしてること」
すると、エリリーテはパッと頬を染めて 口元を押さえる。
「答えて、エリリーテ。大切なことなんだ」
真剣な顔でエルーシアンがエリリーテにたたみかける。
「えっと、あの・・・男の子には付いてるモノが、女の子には無いとか、そういうことかしら?」
「うん、そうなんだ」
エルーシアンは覚悟を決める。
「エリリーテ、良く聞いて。君の言う通り、男は「鍵」を持って生まれて、女は「鍵穴」を持って生まれるんだ」
「そう・・・・えっ?!」
エリリーテの顔色が一瞬で真っ白になって、また真っ赤になる。
「分かった?男が女を「抱く」っていうのはね、ただ「抱きしめる」んじゃなくて、そういうことをするってことなんだよっ」
「嘘っ!!そ、そんな・・・」
「嘘じゃないさ、私たちだって、そうやって生まれて来たんだからね」
エリリーテは、それから二日間、原因不明の発熱で寝込んだ。
心配する侍女にエルーシアンは、
「まぁ、あれだ・・・知恵熱ってやつだろう」
と、言ったらしいとか・・・。
なんとか、更新!
お気に入り登録して下さっている読者様のためにも、頑張って書きます!
お気に入りが1200を越えそうな勢いで、本当にびっくりしています。
感謝、感謝です!!
まだまだ続く物語、最後までお付き合い下さいませ。
雨生




