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正妃の偽り  作者: 雨生
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苦悩 〜王は安らぐ〜

 その夜は、遅くまで会議が開かれていた。

 議題は「グラードとの交渉」だった。


 リアルシャルンは国境を接する南の国グラードに逃げ込んでいる、トシェンの叔父、逆賊エルンストルを引き渡すように再三申し出ていたが、グラードはのらりくらりとその要求を聞き入れず、知らぬ存せぬを繰り返す。

 そして、「我がグラードの姫であった、王太后マリールが幽閉されているとは嘆かわしい。即刻彼女を解放して、祖国に戻すように」と、一方的な要求を突きつけてきている。

 いつ、争いが起きてもおかしくないくらい、国境付近では緊張が高まっているとの報告だった。



 その夜、ふと、トシェンは正妃の部屋へ足を向けた。しばらく正妃に会っていないことに気が付いたからだ。この間のティカーン王子の引っ越し以来だから、もう、十日ほど顔も見ていないことになる。あまり長い間放っておくと、不仲とウワサされてしまうかもしれない。正妃としての彼女が批判されることが無いように、自分はもっと気を遣ってやらなければならないのになと、ため息が出る。もう、眠っているかと思ったが、足をそちらに向けた。


 扉の前に夜番の警護の姿が無いのを不信に思いながら取り次ぎの間に入ると、そこには椅子に腰掛けて、優雅にお茶を飲むエルーシアンが控えていた。エルーシアンは優雅に立ち上がると礼をしてみせる。トシェンが構わぬという払うような仕草を手で示すと、一礼して再び椅子に腰掛ける。トシェンは思わず足を止め、その姿を眺める。

 エルーシアンはいつもの青い騎士服に略式の白い短いマントを付け、白いセパロウ(乗馬用のズボンのようなもの)に黒い編み上げのブーツの足を組んで優雅に椅子に腰掛けている。美しい金色に輝く髪は、青い飾り紐で一つにまとめられている。相変わらず、一分の隙もない貴公子ぶりだなと、こちらを見るエルーシアンの瞳に内心面白くない気がする。そう、この眼だ。いつも面白がっているようで、それでいて鋭く自分に向けられている挑むような瞳。


「こんな夜更けに、正妃の部屋に?」

 そう、トシェンが問いかけると、

「今夜の夜番は私ですので。夜の間は、この取り次ぎの間までは入室を許されております」

 そう、エルーシアンは余裕の笑みを浮かべて、優雅にお茶を楽しんでいる。

「ご苦労」

 そう短く労う。この先の正妃の寝室に入れる男はただ一人なのだ。エリリーテの寝室に繋がる扉に手を掛ける。すると、クスッとエルーシアンが笑った。

「なにがおかしい?」

 何故、笑われねばならないのだ?いささかムッとしたトシェンがそう聞くと、

「いえ・・・今夜は冷えますからね・・・」

 そう余裕ある微笑みを向けられ、トシェンは思わず眉をひそめる。

 この若造は、私とエリリーテが身体の関係の無い「清い結婚」であることを知っているのか?

「エリリーテ様は子供のように体温が高いですからね、良くお休みになれますよ」

 そう言われて、トシェンは、

「そんなことは知っている!」

と、思わず言葉を返していた。何なんだ!この若造は、まるで自分こそがエリリーテの体温を知っていますと言わんばかりのこの態度は!!もちろん、そのようなことはないはずだ。王の正妃に手を出すなど、死罪になっても文句は言えぬはずなのだから。

「・・・何が言いたいのだ?」

 そう、思わず尖った声になるのを意識しながら、トシェンはエルーシアンを見つめた。

「いえ。私はただ、エリリーテ様のおしあわせだけを考えております」

 エルーシアンは柔らかい口調でそう告げたが、口元に浮かべている笑みとは裏腹に、目は笑っていない。こうも面と向かって敵意をあらわにされるのも自分の王宮にいれば滅多にないことだ。トシェンは以前から聞いてみたかったことを口にする気になっていた。王の正妃に手出しは出来ぬ、だが、正妃になる前ならば・・・。

 

「そなたと正妃は乳兄妹だと聞いたが」

「はい。私とエリリーテ様は一つ違いで、私が一歳と半年くらいの時に我が母上が乳母の任を頂きまして、それ以来一緒に育てられたようなものです」

「一緒に育った幼なじみか・・・」

「ええ、一緒に遊び、学びました。恐れながら、彼女は大切な家族のようなものです」

 そう、挑むような眼差しを、ふっとゆるめてエルーシアンは微笑んだ。


 幼なじみ、その単語でトシェンの心を過ぎる光景がある。

 いつだったか、北の離宮で暮らすおじいさまの元に夏の間避暑に行った。その夏は王太后のマリール様は自国に里帰りされていて、いつもならマリール様の側を離れない歳が近かい叔父のエルンストルと、兄上と三人で遊んだことを思い出す。冒険したり、秘密基地を作ったり、あの頃は無邪気で、楽しいばかりだった。だが・・・いつしか大人になって、大きく道を違えてしまった。何を、どこで間違ったのだろう・・・。


「王?」

 いつの間にか一人で考えに沈んでいたトシェンに、エルーシアンが眉をひそめて声を掛けた。

「いや、夜番ご苦労、休むとしよう」

 そう告げると、トシェンは正妃の眠る寝室へと入って行く。それを見送って、エルーシアンはため息を一つつくと、侍女部屋の扉をノックする。

「はい?」

 やや、寝ぼけたようなマーリンの返事が返ってきて、扉が開く。

「今夜は王がこちらでお休みのようだが、王の夜着などの用意は?」

「あ・・・はい、いつのも場所に」

 トシェンは騎士として訓練された人間だから、着替えなどもほとんど小姓や侍女の手を煩わせることはないという。

「では、明日の朝の着替えを準備するように、王付きの小姓キリクに伝言を」

「はい」


 エルーシアンはすっかり冷めてしまったお茶を、飲み干す。冷めたお茶は少し渋みが増しているような気がして、眉間にシワが寄ってしまう。

「本当に・・・王は・・・何を考えている?」

 


 寝室に入ると、ついたての後ろに着替えの夜着が置いてあるので、トシェンは自分で着替える。

 寝台の脇の小さなテーブルには、葡萄酒が用意してある。正妃は酒を飲まない。これはトシェンがいつ訪れても良いように準備されているということだ。

 杯に葡萄酒を満たし、トシェンは寝台に掛かかる天蓋の紗幕の向こうの気配に耳を澄ます。正妃は眠っているようだ。目を向けると、寝台の上の天窓から差し込む月の光が、その姿を照らしている。寝台に横たわっている小さな姿。広がった銀の美しい髪が、月光を受けて冴えざえと輝いている。安らかな寝息にふっと自分の口元に笑みが浮かぶのを感じる。葡萄酒を飲み干すと、強い疲労感に苛まれた目元がギュッと痛むような気がして、眉間に手をやる。


 進まぬ討論、緊張感がゆるまない国境の問題。この国を統べるのは骨が折れる・・・。

 兄ならば、もっと上手に切り抜けていたかもしれぬと、自嘲の笑みが込み上げる。   元々、騎士として生きようと決めていた身だった。自分は駆け引きや取引など、頭を使う政務には向いていないようだなと、トシェンはため息をつく。自分で考えて、判断しなければならないことが多すぎる。いつになったら、兄上が生きていた頃の、あの平和な世の中を取り戻せるのだろうか・・・。

 つくづく自分は王になど向いていないと、トシェンは葡萄酒を杯につぎ足しながら苦笑いを浮かべる。ティカーンに、あの子に王位を謙までには、平和を取り戻さなければならないなと、また一つ重いため息をついた。


 トシェンは残った葡萄酒を一気に喉に流し込む。風味を楽しむというより、頭が冴えて眠れない時に睡眠を促すための酒だ。

 杯を置き、紗幕の中に入り、寝台に腰掛ける。

「ん・・・」

 エリリーテが身じろぎをした。起こしてしまったか?

「ト・・・シェン様?」

「すまない。起こしてしまったか?」

 エリリーテが起きあがるような仕草を見せたので、

「そのままで良い」

と、トシェンは声を掛けた。

「今宵はここで休む」

「はい」

 トシェンが上掛けをめくり、寝台に横になろうとすると、エリリーテはトシェンに背を向けて、そっと寝台の端の方に身体をずらし丸くなる。その背を美しい銀の髪が滑り落ちる。気が付けば、トシェンはその小さな背中を抱きしめていた。

「えっ?トシェン様」

 腕の中に抱いたエリリーテは暖かく、髪からは香油なのだろうか、花のような優しい香りがした。眉間の間に凝ったように留まっていた気鬱が軽くなったようなような気がして、トシェンは自分がホッとしていることに気が付く。

「今宵は疲れた・・・眠りにつくまででいい。何もしないから、しばし、このままで・・・」

「・・はい・・・」

 そのままトシェンは眠りに落ちていく。


 驚いて眼を覚ましてしまったエリリーテは、頬の火照りを感じる。きっと、今の自分の顔を鏡で見たら、真っ赤だろう。時々一緒に眠ることはあっても、こんな風に触れられたのは初夜の夜だけだった。エリリーテは背後から抱きしめられたまま、しばらく動けずに固まっていると、背後から安らかな寝息が聞こえてきた。

「・・・・お疲れなのですね・・・」

 エリリーテも国の現状を学ぶため、教師から今の国政の問題は聞かされていた。トシェンはきっと色々と無理をしているに違いない。エリリーテは、せめてこの一時、トシェンの眠りが安らかであるようにと、自分の身体を抱いているトシェンの腕にそっと手を添えて祈るのだった。

 お待たせ致しました。


 すっかりご無沙汰してしまいました。

 十一月くらいまで、色々とバタバタしておりますので、更新に時間がかかるかもしれませんが、気長にお付き合い頂けたら嬉しいです。


 物語としては、ようやく半分くらいでしょうか。

 最後まで頑張って書きますので、もう少しお付き合い下さいませ。


 雨生あもう

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