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正妃の偽り  作者: 雨生
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キタルの旋律 〜王は回想する〜

 トシェンの回想です。

 今夜は月が美しい。


 エリリーテとのダンスの練習を終えて、供に食事をしたあと、久しぶりに、トシェンはキタル(ギターに似た弦楽器)を抱えてバルコニーに出た。

「それは?何という楽器ですか?」

 傍らに座るエリリーテが首を傾けて覗き込んでいる。

「キタルだ。こうやって音を出す」

 トシェンが少しつま弾いてみせると、エリリーテの瞳が輝いた。

 さっきのダンスの練習で、昔トシェンがキタルで練習した曲が入っていて、ついつい懐かしくなったのだ。 

「久しぶりだから、上手くは弾けないと思うが」

 そう前置きして、懐かしい曲をつま弾くと、トシェンの脳裏に懐かしい人たちの姿が過ぎっていく。

  




 王子妃だった母が、どういう考えで正妃になるのを拒んだのかずっと気になっていた。

 今聞かなければ、もう、聞けなくなるかもしれない。そんな思いに駆られてトシェンは病床にいた父王に聞いた。

「それがリュエマの望みだったのだ」

と、父王はぽつりと言い、語り始めた。


 父は王位を継ぐときに王子妃だったリュエマ妃を正妃にとのぞんだ。しかし、彼女はそれを良しとしなかった。彼女の身分が低かったから反対があったかといえば、王子の溺愛ぶりを知っている周囲の者は反対もしなかったし、何の障害もなかったはずなのだが、彼女が断固として拒否したのだという。

「正妃にはエルン皇国の皇女フリューレ姫がよろしいのでは?」

と、数ある縁談の中から、相手を選んだのもリュエマ妃だという話だった。


 正妃として嫁いできたフリューレ姫は、美しい栗毛色の巻き毛に水色の瞳を持った、とても可憐な姫君だった。

 リュエマ妃は、フリューレ妃を妹のように可愛がり、二人はとても仲良くしていたらしい。

「正妃様にお世継ぎがお生まれになるまでは、あなたと閨を供にするつもりはありませんから」

と、最愛の妻に拒絶された哀れな王は、なんとか成婚一年後に正妃に王子を生んでもらうことに成功した。それがトシェンの兄のエヴァンスだった。


 父王はトシェンの母親である側妃リュエマをとても愛していた。 

 リュエマ妃は、シャルア男爵家の姫だった。爵位はそれほどでもなかったが、この家からはこの国の歴史に名を残すような優秀な騎士が多く出ており、一目置かれる存在だった。

 リュエマ姫も姫とはいえ、騎士の家を誇りに思い、幼い頃から弓矢や剣術、馬術などの訓練を望んでやっていたようだった。

 当時王子であった父王との出会いも、王家主催の狩りの席で、王子の馬に向かって突進してきた大きな角を持つ男鹿を矢で見事に仕留め、その危機を救ったという、なかなか凛々しい話だった。

「私の一目惚れだった。リュエマは狩り場に燦然と現れた狩りの女神という感じだったのだ」

 そう言うと、父王は当時を思い出すかのように、遠い目をして微笑んだ。

「リュエマは、私を愛してくれておったからこそ、正妃にはならぬと言ったのだと、そう死に際に言ったのだよ」

 全ては父王を愛するがゆえにだというのも、なんだか母らしい潔さだとトシェンは思う。


 父王の部屋にあった肖像画に描かれている、若いリュエマ妃は長い黒髪を結いもせず後ろに流し、愛馬の白馬ディアラを従えている。まだ妃になる前の肖像画なのだという。その絵からは美しく、気高く、凛々しい。そんな印象を受ける。可憐でふんわりした印象を受ける、少女のように微笑む正妃フリューレ妃とは正反対の印象だった。

 実際のリュエマ妃もどちらかと言えば「姫らしい」ということからは遠い存在だったとトシェンは思う。

「あなたは王子とはいえ、いずれは家臣としてエヴァンス様をお守りする身。しっかり騎士の修行に励むのですよ」

と、幼い息子に自ら剣技や馬術をスパルタ教育でたたき込む。そんな母だった。


 騎士としての訓練は嫌いではなかったが、本当は学問も好きだった。もちろん、王子としての教育は受けてはいたのだけれど・・・。

 一方で王としての帝王学をたたき込まれていたエヴァンスも、時折剣技や馬術をトシェンと一緒に学ぶことがあった。

 いつも生傷やアザが絶えない弟を、兄のエヴァンスは心配していてくれた。  


 エヴァンスは王の教養の一つとして音楽を学んでいたが、実はトシェンはそれがうらやましかった。一度だけと母リュエマに頼んでその授業を見学に行ったトシェンだったが、エヴァンスは目を輝かせて授業を受ける弟の様子を見て、キタルという楽器を弟に与え、一緒に学ばせてもらえるようにリュエマ妃に頼んでくれた。


 いつもトシェンを気遣ってくれた、本当に優しい兄だった。

 命をかけて、この人を守りたい。そう、兄エヴァンスを守る騎士になろう。それがトシェンの夢になった。


 だが、今は、もう、誰もいない。

 トシェンの母のリュエマ妃も、前正妃フリューレ妃も、兄のエヴァンスも、父王もすでにこの世にはいない。

 切ない想いがトシェンの心を揺らす。せめて、懐かしい人たちとの思い出を、ダリューシェン、あなたと語り合うことが出来たなら・・・。 




 トシェンが一曲弾き終わると、エリリーテは拍手をして称えてくれた。

「トシェン様はなんでもお出来になるんですね」

 そう、笑顔を向けてくれる。 

 今は、この笑顔に救われていると、トシェンは自覚する。だが、私にはダリューシェンとの誓いがある。


「さあ、もう、夜も更けた。あまり夜露に濡れるのは身体に良くない。そなたはもうおやすみ」

「はい」

 側に控えていた騎士、エルーシアンに伴われてバルコニーから去っていくエリリーテの後ろ姿を、トシェンは見送る。

 そしてまた、懐かしい曲をつま弾く。


 立ち止まったエリリーテを、手を引いていたエルーシアンが振り返る。

「どうしたの?」

「ええ・・・何でもないの・・・でも・・・」

 さっきまで居たバルコニーからは、また哀切に満ちたメロディーが聞こえてくる。

「寂しい響きだなって思って」

 エリリーテがバルコニーに視線を向けたまま呟く。

「物悲しい曲だからじゃないの?」

 さあ、行こうと言うように、エルーシアンがエリリーテの肩を抱いて促す。

「そうなのかもしれないけど・・・なんだか聞いていてとても切なくなるわね」

 王は孤独なのかもしれないと、そうエルーシアンでさえ感じるのだから、彼を愛するエリリーテにはもっと、そういう風に感じられるのかもしれないなと、エルーシアンは思ったのだった。

 読んで下さってありがとうございます。

 

 今回はトシェンの回想という形で、トシェンを取り巻いていた環境を書きたいなと思って書きました。


 トシェンの母親であるリュエマ妃は、すごく魅力的な人物なので(ここに書かれていない、トシェンの知り得なかった裏設定が多数あります)、いつか、リュエマ妃の話もちょこっと書けたらなぁと思っておりますが、その前に、こちらの物語を無事に完結させなければですね。


 まだまだ先は長いですが、よろしければ最後までお付き合い下さいませ。


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