朝の風景 〜正妃は憂う〜
「エリリーテ様、おはようございます」
今日も侍女に声を掛けられて、エリリーテの一日は始まる。
「今朝も良いお天気でございますよ」
侍女のマーリンが天蓋を開けて、寝台に座ったエリリーテにガウンを羽織らせてくれる。
「おはようマーリン。トシェン様はもうおでかけになったのですね」
「はい。今日も朝早くに」
「そう・・・」
トシェンが朝までエリリーテと一緒に過ごしたのは、最初の一日だけだった。
周りの目もあるだろうからと、時々エリリーテの部屋を訪れて、一緒に眠ることはあったが、エリリーテが目覚める頃には、もうトシェンの姿は無かった。
トシェンが隣にいると思うと、いつもドキドキしてエリリーテは眠れなくなってしまう。そうして明け方に眠りに落ちる頃、トシェンが帰って行くので、いつも見送ることができない。
エリリーテが隣に眠った形跡の残る寝台をなんとなく眺めていると、マーリンが声をかけてくる。
「さあ、エルーシアン様が朝食をご一緒にとお待ちかねですよ」
「ええ。ありがとう。すぐに行きます」
夜着を簡単な室内着に着替えて、髪をとかし整えると、エリリーテは次の間に向かう。
「おはよう。エリリーテ」
今朝も輝かしい美貌の騎士が、エリリーテの目覚めを待っていてくれた。
「おはよう、エルーシアン。お待たせしてしまってごめんなさい」
「いや、たいして待っていないよ。今朝も美しいね。やはり髪を結わない方がエリリーテらしいよ」
そう言ってエルーシアンは立ち上がって、エリリーテの元に跪き、手を取って、そこに口づけを落とす。そうしてからその手を引いて、席までエリリーテを導くと、椅子を引いてエリリーテを座らせる。
「朝食をご一緒しても?」
「ええ。もちろんよ」
毎朝行われる、完璧なエスコートに、部屋付きの侍女達は毎回感嘆のため息を漏らす。最高の目の保養だわと。
今朝のメニューは薄く焼いたパンケーキに、フルーツやクリームを挟んであるものに、サワー系のドレッシングで和えたチュリスという少し苦みのある菜っ葉とクルミの実のサラダ、それにトリデアルダ産の香ばしいお茶が添えられている。
「今日は王は?」
「今朝早くお戻りになられたみたい。起きてお見送りもできないで恥ずかしいわ・・・」
エリリーテがうつむくと、エルーシアンがマーリン以外の侍女にさりげなくお茶のお代わりなど申しつけて、人払いをしてから言いにくそうに告げる。
「王の早起きなんだけどさ・・・あれは、毎朝、執務の前に必ず離宮に立ち寄るかららしいよ」
「そう・・・」
離宮には、静養中のダリューシェン妃がいる。トシェンは毎朝、ダリューシェン妃に会いに行っているのだ。
たぶん、毎日、薔薇の花を携えて。
あの「薔薇の騎士の物語」の中でしていたように、毎日、毎日・・・。
分かっていたはずなのに、覚悟は決めていたはずなのに、エリリーテの胸がズキリと痛む。
「トシェン様にも、ダリューシェン様にも笑顔で居て頂きたいのに・・・私に出来ることは何もないのね・・・」
エリリーテは無力感に目を潤ませた。
「あ〜〜、もう、だからさ、嫌だったんだよ。エリリーテがそんな顔しなくちゃいけないなんてさ・・・。君には誰よりも笑顔が似合うのに・・・」
そう言いながら、エルーシアンはガシガシとせっかく綺麗に整えられていた金の豪奢な髪をかき乱す。
「エルーシアン、ごめんなさい」
そうエリリーテが言うと、エルーシアンは黙ってエリリーテの肩をそっと抱きしめた。
トシェンは毎朝離宮を訪れる。
そして、眠るダリューシェン妃の枕元に薔薇を飾る。
そっと、触れることを許されない隔てられた銀の壁の向こうにダリューシェン妃を見つめて、話しかける。
「おはよう、ダリューシェン。今日も来たよ。今朝の空は晴れて美しいよ」
側に詰めている医術師達に目を向ける。
「本日もお変わりなく・・・」
「そうか・・・ご苦労」
毎日、変わらず交わされる会話。
いつ、いつ目覚める?
焦りから、苛立つこともあった。
「ダリュー、私は、本当にそなたを愛している」
そうつぶやく王を見守る医術師達も、痛々しい思いをしていたのだった。
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