戴冠式 〜正妃は幼子を抱く〜
その日の午後、戴冠式は厳かに行われた。
王冠をその頭上に頂き、王の正装である白に金糸の刺繍のあるエファーに身を包んだトシェンの傍らには、正妃である証の小さな金の冠をその虹色に輝く髪の上に乗せ、豪奢な白いドレスを纏ったエリリーテが寄り添っていた。
二人が即位の報告にと、城のバルコニーに現れると、城の前の広場に集まった国民達は熱狂した。
「王様〜!おめでとうございます!」
「万歳!」
「お后さま!おめでとうございます!」
皆、口々に祝いの言葉を叫んでいる。
ああ、トシェン様はこんなにも国民から愛されていらっしゃるのだと、エリリーテは胸が熱くなる。
「お后様の美しいこと!まるで本当に神様のようだよ」
「あの髪、見てごらんよ!髪粉で染めたわけじゃなくて、あんな虹色に輝いているなんて!」
初めて目にする正妃エリリーテの美しい姿にも、人々は熱狂していた。彼等がトリデアルダの神王族を目にしたのは、これが初めてだったはずなのだ。
王家の一員として、トシェンの息子であるティカーン王子もバルコニーに姿を現したが、彼を抱いてきたのはダリューシェン妃ではなかった。幼い彼を抱いているのは、ダリューシェン妃の母親で、ロマーノ公爵家のミサエラーシュ夫人だった。
「娘、ダリューシェンは病に伏せっておりますので、失礼させて頂いております。私が王子をお預かりしております」
そうにこやかに微笑んだミサエラーシュ夫人は、華やかな目元がダリューシェン妃に似ていた。
その傍らには、ダリューシェン妃によく似た面差しの青年が寄り添っていた。
「初めまして、エリリーテ様」
そう言って、優雅にお辞儀をして微笑んだ青年は、ダリューシェン妃の弟で、ロマーノ公爵家の跡取り息子クリアージュだった。
そのにこやかな微笑みは、本当にダリューシェン妃にそっくりだと、エリリーテは思った。
ダリューシェン妃は王子を生んでから身体をこわし、ほとんどを離宮で過ごしているのだと侍女達が話していた。あの晩餐会の日も、本当に久しぶりに王宮に姿を現したのだとか。そして、あの後、また寝込んでいるらしいと・・・。
本当は、誰よりも側でトシェン様の晴れ姿を見たかったでしょうにと、エリリーテの胸は痛んだ。
夫人からティカーン王子を抱き取ると、トシェンはしあわせそうに微笑み、話しかけた。
「元気にしていたか?」
「はい。おとうしゃま」
まだ幼くて、口がまわらないところが微笑ましい。ティカーン王子はまだ三歳だった。
「さあ、皆に手を振って答えなさい」
「はい」
その小さな手を賢明に振る姿が可愛くて、微笑ましくて、エリリーテも微笑んだ。
だが、その姿を見た国民からの反応は、少し違っていた。
「あれが、ティカーン様だよ」
「ダリューシェン様のお子様だね」
「確かに、王族の証の髪と目の色だけどねぇ・・・」
そんなざわめきが広がっていく。
手を振るのに飽きたのか、小さな王子は珍しげに手を伸ばし、エリリーテの髪に触れる。
「あらあら、ティカーン様ダメですよ。正妃様の御髪が乱れてしまいます」
止めようとした乳母にむずかりそうになるティカーン王子。
「いいのですよ」
と、エリリーテが微笑むと、幼い王子がエリリーテに手を差し伸べてきた。
思わずエリリーテも手を差し伸べると、王子はトシェンの腕を離れ、すんなりとエリリーテの腕の中に収まった。エリリーテには歳の離れた幼い弟がいたので、子供の相手はしたことがあったのだ。
「あれあれ、人見知りの激しいお子ですのに、正妃様にはこんなに懐かれて」
そう乳母は驚いているが、幼い王子はエリリーテの腕の中で、機嫌良く国民に手を振り始めた。
「おお、正妃様がティカーン王子をお抱きになっていらっしゃる」
「なんと、お心の広いお方だ」
「側妃の王子をお認めになっていらっしゃるのか」
「お姿だけでなく、お心もお美しいに違いない」
そんなざわめきが広がって再び、
「トシェン様万歳!エリリーテ様万歳!」
という祝福の声が広がっていくのを、トシェンは不思議な気持ちで見ていた。
エリリーテは王子と一緒に、微笑みながら国民に手を振って応えている。ふとエリリーテがトシェンを見上げて微笑んだ。
「その・・・重くはないか?」
「いえ、平気ですわ」
そう言って、再び国民に手を振り返すエリリーテ。眩しい物を見るかのように、トシェンはその姿を見つめたのだった。
最後にトシェンが国民への挨拶の言葉を終える時には、ティカーン王子はエリリーテの腕の中で眠ってしまっていた。
バルコニーから中に入り、王子を乳母に渡すと、エリリーテは名残惜しそうにその姿を見送っていた。
「そなたは幼子の扱いが上手いな」
「母国の奥宮に、幼い弟たちがおりましたので、いつも相手をしておりました」
「そうか」
それを聞いたトシェンはしばらく考え込んでいた。
そして意を決したように、エリリーテに告げる。
「あの子を、いずれは王太子にと考えている」
「はい」
それは、エリリーテも考えていたことだった。いずれそうなるだろうと。
「ダリューシェンは病床の身だし、いつまでも公爵家に預けておくわけにもいかない」
「そうですね・・・」
「そなた、母代わりにティカーンを育ててみないか?」
「えっ?」
「今すぐにとは言わないが、考えておいて欲しい」
「はい」
さっきまで腕の中にいた、愛しい温もりをエリリーテは思う。
もしもダリューシェン様に許して頂けるなら、トシェン様のお役に立ちたい。何よりあんなにティカーン王子を可愛がっているトシェン様だから、いつでも会えるように王宮で預かれればと思っていたのだった。
読んで下さってありがとうございます!
まだまだ続く物語ですが、おつきあい下さいませ。




