贈り物 〜正妃は微笑む〜
身なりを整えて、次の間に移ると、もう着替えたトシェンが席についていてエリリーテを待っていた。
「朝食をご一緒にとトシェン様がおっしゃっておいでです」
と侍女が呼びに来た時も驚いた。
小姓の少年がトシェンの向かいの席の椅子を引いてくれた。
「お待たせしてしまってすみません」
エリリーテは慌てて向かいの席に着いた。
「さて、朝食の前にだ」
そう言うとトシェンはエリリーテの手を取った。そしてその手のひらに何かを握らせる。
「何ですの?」
そっと手を離して、トシェンが言う。
「私から新床を共にした后への贈り物だよ」
エリリーテは后という言葉の響きに胸がときめいて、夢の続きの中にいるようで、ぼうっとしながらトシェンを見つめた。
「見てもよろしいですか?」
「ああ」
そっと開いた手のひらに乗っていたのは、スグリの実ほどの大きさのある白い玉だった。その輝きは見事で、虹色の光をまとっているようだった。
「これは・・・?」
「見たこと無いか?海の宝石だ。漁師達は貝の子と呼んでいる」
「貝の子?」
「まれにそのような玉を生み出す貝があるのだそうだ」
「真珠ですね」
「そうとも言うな。そなたの髪のような光沢だろう?」
「このように玉になっているものは初めて見ました」
エリリーテの知る真珠は淡水の物で、色も形も様々だ。このような球体になっている物を見たのは初めてだった。
「何かめでたいことがあるたびに、一粒づつそなたに贈ろう。最初の一粒は指輪に、幾つか溜まれば連ねて腕に巻いたり、もっと連ねれば首を飾ることができるように」
そう言うとトシェンは優しく微笑んで、エリリーテを見つめた。
エリリーテは嬉しくて、ギュッと掌の真珠を握りしめて微笑んだ。
「トシェン様、ありがとうございます」
ついっとトシェンはエリリーテから目をそらし、コホンと小さく咳払いをした。
「このような事ぐらいしかしてはやれぬからな」
「いいえ、十分、身に余る幸せです」
もう、これで十分だとエリリーテは思った。
憧れの人の后と呼ばれ、腕の中で眠り、このように心を尽くした贈り物をもらえて、この上何を望む?
この上トシェンの心まで望んだら天罰が下りそうだ。
朝食が済むとトシェンは小姓の少年にせき立てられて帰っていった。
そう、午前から行われる戴冠式の支度のためだ。
戴冠式の前に、エリリーテも一緒に王家の墓所への墓参りが行われる。
エリリーテはそのための正装である象牙色のシンプルなドレスに身を包んだ。ストンと流れ落ちるシンプルでしなやかなラインは、身体の線を強調し、華奢なエリリーテをますます華奢に見せてしまう。
「もう少し、ボリュームがあればよろしいのですけど・・・。」
と、遠慮無く言ってくれるマーリンは胸元の辺りに詰め物をしようかと悩んでいた。
「いいよ。そのままで。これから咲く白バラのつぼみみたいで清楚だよ」
横から口を挟んで慰めてくれるのはエルーシアンだ。こちらも護衛官の正装である白い式服を着ている。
「まあ、エルーシアン、とっても似合うわ」
「式典用の儀礼服なんですが、華美で動きにくいですよ」
白いマントをさらりと後ろに払って、にっこり微笑んだエルーシアンを見て、エリリーテの支度を手伝っていた幾人かの侍女(エルーシアンの微笑みに免疫の無い者)が手にしていたブラシを取り落としたりしている。
「今度手合わせをしてみたいと、トシェン様がおっしゃっていたわ」
「へえ〜。王様だと言っても手加減出来ませんが、それでもよろしければとお伝え下さい」
髪をシンプルな形に結い上げてもらい、真珠の髪飾りで飾る。
「真珠はこちらでは神聖なものとされていて、だから式典用の衣装には必ず真珠の飾りを用いるのですってよ」
マーリンがエリリーテの髪を整えながら、エルーシアンに話しかける。
「そうか、だから私の衣装にも真珠があしらわれているんだね」
その話しを聞きながら、エリリーテの目は小さな箱に向いてしまう。
今朝、トシェンがくれた一粒目の真珠。指輪にしなさいとトシェンが言っていた。早速そのように申しつけなければね・・・。
トシェンはこれからも良いことがある度に、真珠を贈ってくれると言った。どんな時に?幾つくらい溜まるかしら。本当に首飾りが出来るくらい溜まるのかしら・・・。
「・・・と、言うわけでこのような段取りに・・・トシェン様?」
「ん?」
「もう、ちゃんと聞いておられないと!式典の段取りをお伝えしているのですから、聞かないでお困りになるのはトシェン様ですよ!」
「ああ、すまない」
宰相の息子でもあり、トシェンの政務補佐をしているルイレイが渋い顔をしてトシェンを見つめていた。
本当に、私はどうかしている。
だが、后の微笑みがあまりにも眩しくて・・・。
「トシェン様、ダリューシェン様は今回は欠席ということでよろしかったですか?」
「ああ・・・今回は戴冠式だから、あの方も公爵家の一員として参加されるのだ。そうそう無理は頼めない・・・」
「・・はい・・・」
ダリューシェン・・・君はいつまでそうやっているんだろうな・・・。
重いため息がトシェンの口から漏れたのだった。
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