プロローグ 〜そして姫は荒野を越える〜
このお話は、ある物語の設定を作っている時に、生まれたサイドストーリーです。
一陣の風が、荒野を吹きすぎてゆく。わずかに、地面に張り付くように残る枯れ草を揺らして、黄色い砂塵を巻き上げ、低く吹きすぎてゆく。
隣国トリデアルダよりやってきた、旅の一行の前に広がる荒野を、輿の何層にもおろされた薄い紗幕の間から眺めていた娘は、ため息をついた。
ここから先、この荒野を越えれば、リアルシャルン。王都アスケアエラまではさらに数日の行程だ。
輿の傍らに騎馬で控えている侍従が声をかけてくる。
「姫様、もう少しで国境を越えます。その辺りで一度お休みになられますか?何も無い荒野ですが」
小さくうなずくと、故国からずっと付き添ってきてくれている侍女マーリンが
「姫様はそのようにされたいと申されています」
と、表に声をかける。
そうして降ろされた輿の中からかいま見た国境は、何の変哲もない荒野だった。
「国境だからって、目印があるわけでも、線が引いてあるわけでもありませんのね」
などと輿から降りて行ったマーリンが間の抜けたことを言っているのに、侍従や騎士達が笑っているのが聞こえてくる。
和やかな旅。
でも、私はもう二度と故国トリデアルダに戻ることはないのだろうか。これがただの物見遊山の旅だったとしたら、どんなに心躍るものだっただろうと、考えても仕方がないことを考えてしまう。
隣国とはいえ、輿に揺られて半月以上かかるリアルシャルンの正妃として嫁ぐ。
まだ、たったの16で。
相手の王は24歳。
まだ正式には王ではない。正妃を迎えて、婚姻の儀式の後に即位式が行われるのがリアルシャンのしきたりと聞いた。半年前の前王の崩御を受けて、王位に着くことになったのだ。
王には王太子であったころからすでに王太子妃としての后がいるというのは有名な話だった。すでに王子も生まれていると聞く。
王太子妃は20歳。リアルシャルンでは大物の貴族で、大臣の娘だということだった。
しかも、大恋愛の末に結ばれたと言うのは周知の事実として世間に知れ渡っている。
王子と王子妃の仲睦まじい様子は、年頃の乙女達の間では憧れとして伝えられてきていた。
エリリーテとて、その恋物語に憧れていたのは事実だ。
姉たちが吟遊詩人を呼んで歌わせていたバラッド「薔薇の騎士の物語」は、覚えてしまっているくらい、飽きることなく聴いていた。
まさか、その憧れの物語の中に自分が登場することになろうとは、夢にも思わなかったのだけれど・・・。
しかも、その仲睦まじい二人の間に割ってはいる、悪役になどなりたくはなかった。
王は王位を継ぐと決まったとき、もちろん王子妃を正妃にするつもりだっただろう。しかし大臣の娘とはいえ、家臣の娘を正妃にたてるより、より有力な大国の王家の姫を正妃に立てた方が国力の増強につながると、前王からの遺言で、王子妃は側妃にし、隣国トリデアルダより、正妃の3人目の姫でトリデアルダ神王の6番目の姫であったエリリーテが正妃として迎えられることになったのだった。
すでに嫁いだ姉姫や妹姫たちから「うらやましわ!」と、言われたが、エリリーテには少しもそんな風には思えなかった。
きっと私は招かれざる客に違いない。だから、どのように冷たくされようとも、耐えようと思っていた。
少しずつですが、書き進めていきますので、良かったら読んでやって下さい。